第6話 最大の理解者にして最大の協力者にして最高の友(?)

 姉さんは僕の右を歩いてるけど、その顔はご機嫌そのものだ。

 僕が登校する時には、必ず横に姉さんがいる。これは小学生の時からの変わらない風景だ。僕が一人で登校するのは姉さんがインフルエンザとかでダウンした時だけで、恐らく僕の両手両足の指を使えば足りるんじゃあないかな。

 学校へ近付くにつれて桜岡高校のブレザーを着た連中の割合が多くなってくる。1年生は午前の入学式だけだから、今は水色ネクタイ・リボンの3年生と赤色ネクタイ・リボンの2年生しかいない。


「・・・おーい、ゆーすけー」


 僕たちが正門に入った時、後ろから僕に大声で呼び掛けた奴がいたから、僕は足を止めて声の方を向いた。姉さんも僕が足を止めたから足を止めて声の方を向いたけど、表情はさっきまでニコニコしていたのに「はーーー・・・」とため息をついて肩をすぼめた。

 そいつは僕たちが足を止めたのを確認したら速足で駆け寄ってきた。『そいつ』という表現をするからには男だ。それも1人だ。

「おーっす!」

翔真しょうまかよ!?」

「おいおいー、3日ぶりの再会なのに、それは無いだろー」

「僕はお前の顔を見ると運勢が下がるぞー」

「おー、俺はお前の顔を見ると運勢が上がるから、これ以上の幸せはないぞ、心の友よ!」

「僕はお前の事を心の友だと思った事は一度もないぞ」

「冷たい事を言うなよー。俺はお前の最大の理解者にして最大の協力者にして最高の友だ」

「へいへい、君の言ってる事の前2つは正しいが、最後の1つは『最悪の友』に訂正しておくぞー」

「まあ、固い事を言う暇があったら2年生になって最初の再会を祝おうぜー」

 そいつは僕の肩をバシバシ叩きながら話し掛けてきてるけど、ホント、今でもこいつは僕の友なのかどうかよく分らんのだ。

 こいつの名前は平山ひらやま翔真。僕と同じ平山姓だけど親戚でも何でもない。昨年は1年H組だったから僕とは別のクラスだ。その超がつくほどの軽い言動から『1年生最大の馬鹿にして天才』と言われた奴だ。

 えっ?『馬鹿』と『天才』は相反するから矛盾してる?おかしいってかあ?あー、それはですねえ・・・別に機会に。

「・・・それはそうと、相変わらず仲の良い姉弟きょうだいで俺はお前が羨ましいぞー」

「へいへい、そりゃどーも」

愛美めぐみさんもお久しぶりですー」

「はいはい、君も元気そうで何よりですー」

 姉さんは翔真が来てからはハッキリ言うけど無表情のままだ。いや、まったく表情を変えないから逆に不気味に思えるほどで、さっきまで僕の横でニコニコしながら歩いていた時と比べたら別人のようだ。だけど、翔真と話をする時はだいたいこの表情だ。

「愛美さーん、折角の美しい顔が台無しですよー。女の子ならもっとニコッとして下さいよー」

「はいはい、ホントはニコッとしたいけどねー」

「でも、その表情もいいですねー。俺、マジで惚れちゃいますよー」

「はいはーい、翔真君、どうもありがとー」

 姉さんの声は全然抑揚がなくて、まるで棒読みだ。いや、翔真と話をする時はほぼ間違いなく棒読みなのだ。

「そういう訳ですから愛美さん、今度デート・・・あーたたたたたたた!」

 翔真がいきなり絶叫したから翔真の話はそこで終わった。そう、誰かが後ろか翔真の右の耳を思いっきり引っ張ったからだ!

「・・・はいはーい、あんたも相変わらずねー」

「な、南城なんじょうかよ!頼むから手を離してくれ!マジで痛いぞ!」

「ま、春になると、こういう連中が増えるから気をつけないとねー」

 そう言うと翔真の右耳を引っ張っていた手を離したから、翔真も「おー、痛かったー」とか言って右耳をさすってるけど、翔真の右耳を引っ張った相手は翔真を無視して姉さんに右手を軽く上げた。

 翔真の耳を引っ張ったのは女子だ。それも姉さんと同じ赤色リボンをしている女子だ。

「おーい、メグミーン、おっはー!」

「ヨシノン、昼過ぎに『おっはー』は無いでしょー。しかも中学の時の流行語だよ」

「まあ、気にしない気にしない。あんたもあんなに好かれて大変ねー」

「はーーー・・・憎めない奴だけど迷惑なんだよねー」

「ホント、男子の考えてる事は分からないよねー。メグミン以外にもいい女は大勢いるのにさあ、いい加減に諦めたらー」

 そう言うとヨシノンと呼ばれた女子は翔真に「ニッ!」とばかりに軽蔑けいべつの眼を向けたけど、翔真も翔真でお返しとばかりにヨシノンと呼ばれた女子に「ニッ!」と軽蔑の眼を向けた。

 ヨシノンとは姉さんが言ってるあだ名で、フルネームは南城なんじょう佳乃よしの、昨年はG組、つまり姉さんのクラスのクラス委員だ。学園の人気者の姉さんのところにはいつも何人かの女の子が集まっているけど、南城さんと姉さんは妙にウマが合うらしく、常に隣にいると言っても過言ではないほどの子で「メグミン」「ヨシノン」と呼び合う程の仲だ。

 だが、翔真と南城さんはというと・・・

「出たなー!愛美さんにまとわりつくの分際で俺の耳を引っ張るとは言語道断だあ!」

「わたしが金魚のフンなら、あんたははえと言ったところかしら?お邪魔虫じゃまむしさん」

「お邪魔虫とは何だあ!」

「冬眠していたお邪魔虫が春になったからノコノコと表に出てきたと言った所かしらねえ」

「人を蝿や虫呼ばわりするなあ!」

「蝿が何か喋ってますよー」

「フン!ちょっとばかり愛美さんに気に入られてるからと言って、いい気になるなよ!」

「蝿に説教されてたくないわよ!」

「はいはーい、それじゃあ、蝿だからお前に止まっちゃいまーす」

「うわっ!バッチィから近寄るなー」

「蝿だからシツコイぞー、えぞー」

「こんなところで親父ギャグかましてるんじゃあないわよ!このアホ!」

「きっさまー!学年ナンバー1の俺様に向かってアホ呼ばわりとは何事だあ!1年G組の最下位、学年ブービーだったお前こそ、俺に敬意を払え!」

「学年ナンバー1ならナンバー1らしくしろ!このバカたれ!」

「あー!また俺の事をバカ呼ばわりしたなあ!」

「バカだからバカと言ってどこが悪い!」

 はーーーー・・・ホントにこいつら、暇さえあれば実にクダラナイ事で長々と口論してるからなあ。まさか新学期早々、いや、正しくは2年生の始業式前から口論するのは勘弁してくれ!周りがドン引いてる事に気付けよ、ったくー


「はいはい、二人とも、そのあたりでお開きねー」

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