第2話 という訳だから

「あれー?気付いてなかったの?」


 その子、龍潭寺りょうたんじ綾香あやかちゃんはニコッと微笑みながら僕に右手を差し出したから、僕はその手を右手で握って10年ぶりの再会の握手をしたけど、マジで目の前にいるのがという思いで一杯だ。

「・・・いやー、正直に言うけど『どこかで見た事があるなあ』というのは分かったけど、名前が全然出てこなくて、昔懐かしい『ユーちゃん』という響きを聞いて、ようやく思い出したよ」

「あー、それはひっどーい!は君の事をこれっぽっちも忘れた事は無かったよー」

「!!!!!」

 おい!ちょっと待てどころの騒ぎではないぞ!!

 僕が知ってる綾香ちゃんは、幼稚園の頃からクラスで、というより学年で一番背が低くて、しかも泣き虫で、輝くような栗色の髪の毛は腰まであるストレートのロングヘアー、なにより自分の事を『わたし』と呼んでいた!だけど、今、僕の目の前にいる綾香ちゃんはメンズの服を颯爽と着こなし、しかも『ボク』などと言ってる!!

 僕は正直、頭がクラクラしてきたけど、綾香ちゃんの両親の顔は10年経ったから少し老けたのは否めないが間違いなく本物だ。それに、綾香ちゃんの左目の下の小さなホクロは昔のままだ。僕は10年前の綾香ちゃんのイメージを全部書き換えなければならなくなった自分に混乱しかかっているが、そんな事を口に出して言うのは失礼だと思って辛うじて堪えた。

「・・・そう言えばさあ、おじさんがスズイ自動車の札幌支店に転勤した時に一緒に行ったのは僕も覚えてるけど、10年間札幌にいたの?」

「いや、違うよー。札幌に4年いたけど、その後はLondonロンドンに6年かな」

「という事は日本人学校に通ってたの?」

「うん。小中一貫校だけどね。でも、日本人学校に高等部は無いから、Londonロンドンでは日本の私立高校が運営する学校に行ってた。だけど、お父さんが4月から浜砂はますなの本社に戻る事になったからボクも日本に戻る事にしたんだ。あの学校の系列校に編入しても良かったけど、そうなると下宿か寮生活になるから、見ず知らずの土地で一人で暮らすよりは、お父さんやお母さんと一緒に浜砂にいる方がいいと思ってね」

「ふーん」

「という訳だから、明日からヨロシク!」

「へ?」

 僕は再び綾香ちゃんの言葉に固まった。


 僕は『という訳だから、明日からヨロシク!』という言葉の意味を必死になって考えた。

 ただ単に近所に引っ越してきたなら「今後もよろしくお願いします」とか、あるいは「これからもヨロシク」で済む筈だ。となると、明日の出来事に何か関係があるとしか思えない!

 今日は4月6日の日曜日。明日は4月7日の月曜日で僕たちの学校、私立桜岡さくらおか高校では午前に入学式、午後に始業式がある・・・

「おいおい、まさかとは思うけど・・・うちの学校に転入したのかあ?」

「「ピンポーン、その通り!!」」

「マジかよー!!」

 姉さんと綾香ちゃんがハモッた事で僕も絶叫してしまった程だ。まさかこんな展開が待ってるとは1時間前には想像すら出来なかったのだから。

「ユーちゃん、そんなに驚かなくてもいいだろー?」

「そうだよー、アヤちゃんに失礼だよー」

「あー、いや、ゴメンゴメン」

 いやー、ホントに驚いたなあ。まさか10年ぶりに再会した幼馴染が、明日から同じ学校へ通うとはなあ。

 しかも10年前と変わらず「ユーちゃん」などと言ってくれてるし、もしかして『美少女転校生、僕の隣の席に座る』などというラブコメ小説にありがちな展開になるのかな!?

 まあ、そんな夢みたいな展開は絶対に無理ですね。うちの学校は各学年8クラスだから僕のクラスと同じになる確率は8分の1だ。仮に僕と綾香ちゃんが同じクラスだったとしても、新学期からの転入だから最初は間違いなく出席番号順に座る。僕の姓は平山だから『ひ』で、綾香ちゃんの姓は龍潭寺りょうたんじだから『り』だから、僕より後ろの出席番号なのは確実だけど僕の隣に座る可能性は限りなく低い。だいたいが普通に起こるなら、日本中の男子高校生は全員がラブラブハッピーな連中ばかりになるぞ!

 本音は一緒のクラスで隣の席になってくれる事を願わずにはいられないけど、そんな夢物語を本気で妄想するようなアホな事はしないでおきましょう。だいたい、綾香ちゃんに失礼です!

 そんな事を考えながら僕と姉さん、綾香ちゃんは10年間の空白を埋めるかのように1時間くらい3人で昔話をしていたし、北海道やロンドンの出来事をあれこれ聞いて楽しんだ。僕と姉さんは綾香ちゃんのケータイの番号とアドレスを教えてもらって登録したところで帰る時間になったので、綾香ちゃんの両親と綾香ちゃんは席を立った。


 僕たちは車のところまで見送りに行った。

 綾香ちゃんは後部座席に乗り込んだけど、乗り込んでから車の窓を開けた。

「・・・それじゃあ、明日、学校で会おうね」

 そう言って綾香ちゃんは右手を軽く上げたから、僕も姉さんも右手を軽く上げた。

「そうだね」

「私もアヤちゃんと同じクラスだったら嬉しいけど、さすがにそれは厳しいかなあ」

「ボクもユーちゃんやメグと同じだったら嬉しいけど、さすがに無理だろうね」

「僕は今でも綾香ちゃんがうちの学校のブレザーとスカートを着て登校する姿が想像できないんだけどー」

「あー!それ、ひっどーい。ボクはたしかに普段はこういう服を着てるのは事実だけど、日本の学校の制服に憧れてたんだぞー」

「「へえー、意外だなあ」」

「ボクの制服姿を見て見て驚くなよ!」

「「はいはい、腰を抜かさないように気をつけますよ」」

「じゃあ、また明日」

 その言葉を最後に車は動き出し、僕と姉さんは綾香ちゃんを見送った。

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