序の3 少女、目覚める・3
イシス先輩に連れられ、直ぐ隣の部屋へと移動。そこは普通に、現代風のユニット様式なデザインのバスルームだった。
「だいぶん乾いてますが、貴女の全身はグリセリンベースの保護溶液まみれです。そのままですと、今度は発汗で濡れた時の塩素系化学反応で肌荒れなどの影響もでますので、念っ入りに洗浄を。髪に関しては手伝いますよ。その他、敏感な部分に関しては、要援助要請次第です」
「じっ自分でしますっ、可能な……かぎり」
当たり前だが、製造というか生誕直後の私は全裸であった。ただし、特に全身の何処にもパーツ分け的な分割線などは走っていない。全身が写る鏡で確認した限り、完全に人間の姿のそれだ。
自分を指して言うのも変だが、中々の美少女っぷりだ。尾骨付近まで真っ直ぐ伸びた長髪や日本人に近い容貌のせいか、作りの印象はイシス先輩とよく似ている。彼女を五年程度幼くしたのが私って感じだろうか。ただし、私の場合は全体的に色素が薄いせいか他人に与える印象はぜんぜん違うと思う。
「これって、アルビノ体質?」
厳密には違うと思う。白髪ではなく銀髪だし、瞳は血の赤ではなく赤みの強いバイオレット調だし。ただし肌はもう白人にも負けないどころか死人のように白いけど。
「それはホムンクルス体の基本色調です。素体色とも言います。ある程度後から変更も可能なので、多少は時間を使いますが、お望みなら貴女好みの色調へ変えましょうか」
「あ、お手間を増やすなら特には……」
「そのあたりの自己主張をちゃんとしないと、ご主人様判断で調整されますよ。具体的には、牧畜牛の個体識別に習って耳にタグピアスや背中にバーコードの入れ墨が――」
「この後、直ぐにお願いしますっ」
因みに、イシス先輩の外見も後付けの変更処置によるものだった。コンセプトは名前繋がりでエジプト神話のイシス神から。なるほど、第一印象で感じたとおりと納得する。
シャワーを浴びる同時に。乾いていた保護溶液が元の性質をとりもどして、全身が非情に粘つき、ヌルヌルとする。この溶液は劣化する前ならホムンクルス体へと肌から栄養供給するための触媒として機能する。しかし劣化した現在はただの水溶性粘液だ。むしろ肌との親和性が高いので放置すると本当に肌荒れの原因になる。基礎耐性の高いホムンクルス体を侵食するほどなのだから、実は素の人間が触れたらヤバ過ぎるくらいの劇薬とのこと。
速やかに全身を擦る。白濁化した溶液の髪へのこびり付きは肌以上に酷いので、洗い落とすのに案外手間取った。
「んんぅん、この白濁粘液、粘りつきが凄いです」
「……このちょっと無防備すぎる個性は……、後で少し情操教育が必要そうですね」
「はい?」
「いえ、今は気にせずに」
「はぁ?」
シャワー後は早速、私の外見の調整だ。
今私のいる施設内にはイシス先輩以外の他人はいないそうなので、調整室へはバスタオルを巻いただけでの移動になる。服に関しては現在、別室でご主人様なる者が制作中らしい。
「因みに、今の人格においてインナー構成への趣向はありますか?」
「いんなー? ああ、下着ですか。……えーと特には」
「ではまぁ、そのあたりはご主人様任せで諦めてください。ちなみにデフォルト仕様はおそらく“こう”になります」
そう言って徐ろに自身のスカートをたくし上げるイシス先輩。
「おおぅっ、大胆な肌色配分の黒のレース」
「あの御方は、無駄に手の込んだ小物がお好みなので。ただし、その時の気分次第で女児用キャラ物になったりもしますので、その時はちゃんと自己主張を」
「命に代えましてもっ」
さすがに、この精神年齢で光る“プリ○ュア”パンツは勘弁願う。
地味に伸縮性があるもんだから、生地が傷まない限り長年結構使ってしまうのは黒歴史。正直、動物系プリントとかが露見するよりも被害が甚大。
私の元となった人格の少女。記録封印の処置で、もう彼女の名前は思い出せなくなっているが、外見が日本人の特徴だった部分は憶えている。それをそのまま再現するのは可能だろう。しかし、敢えてその個性を薄れさせる処置をとってるのにそれでは良い結果が出るとも思えない。
イシス先輩と似た印象への誘惑はあるが、ここは真逆の方向性の方が良いのかな?
「ああ、言い忘れました。外見の色調は使用機体の属性にも影響しますから、そのあたりでの制限はでますので」
「……はい?」
「この世界の特徴の一つですね。火の属性なら赤の系統と、属性色なる基準があります。ホムンクルス自体は無属性になりますが、使用兵器には内蔵武装に関する属性が付随します。搭乗者もその属性を無視する色調では、機体の性能低下に繋がる影響が確認されているのですよ」
「はぁ、なるほど」
因みに、私の使用する機体は砲撃仕様なるものだった。そのデータを適応した色調は赤紫から白に近い黄色まで。姿見サイズのモニターでサンプル画像的な配色の確認はできたのでいろいろと試しつつ、最終的に朱色気味の黄色調にまとめて終わる。
髪は素の光沢のせいで見る角度によっては金髪っぽい印象に変わり、毛端だけは赤みの強いグラデのメッシュ、瞳も明るい赤みが増した感じに。ただ肌色の変化は少ない、間接部が多少桃色っぽくなった程度だ。やや派手な感じだが、最初に試した全身真っ赤なものよりは遙かにまし。属性的には火力よりも貫通性能への影響が高めになるらしい。
「火力特化のタイプは既に何体か存在しますが、彼女らと色調で被るものは少ないでしょう。少なくともご主人様に誤認される懸念も無いと思います」
「そこは一安心ですね」
下手に触れたら危ない相手への誤情報は、可能なかぎり避けたいのが本心。
「キャラ付けに関しては薄い気もしますが、それは後々盛っていけば良いでしょう」
やや意味不明な語彙で悩むイシス先輩。そういった部分への事前情報が私の中に皆無なのが、ちょっと気になるのは気のせいなのだろうか?
「ああ、貴女の懸念は当然ですが諦めてください。おそらく、ご主人様が楽しむための仕様ですので」
「ええっと、その心を読んだかのような対応に凄く困ります」
「多少は。補佐用として私と貴女の間に思考リンクが構築済みですので。貴女の健全な成長への処置なので、機能の使用は最低限ですので問題はありません。ですがこれ、意外と便利ですよ。特に外見が女性体の場合は、公然の場での発声連絡を避けたい内容もままありますし」
「……同意の部分は確かにありますが、ちょっと内心、複雑です」
ううん、思春期の精神には、実に微妙な機能のような?
「まぁ、元々は微妙な乙女心への対応で地雷を踏みやすいご主人様が自衛で設置した安全対策なんですけどね」
「うわぁ、それ絶対、盗聴目的のやつだぁ」
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