序の2 少女、目覚める・2

 CEL-50T、固有名称シェルフィ。思考人格モードから有機駆体動作管理モードにシフト。意識は虚空に浮かぶ総合知覚から人体に不随する五感へと移行します。

 一度視界的にはブラックアウトし、その闇が目蓋の裏ごしに外界の明かりを感じる肉眼特有のそれに変化する。

 眼を開ければ、何処かの外科用手術台を照らす感じのライトを確認。しかし薄緑の手術着の医師の姿は一人も居らず、私が横たわっていたのも普通に無効性な仕様のベッドだった。


「お早うございます」

「あ、おはようございます」


 ライトといっても眩し過ぎず。ついつい、ぼうっと明かりを見つめていたら挨拶をもらった。反射的に返事はしたが、はて、この声は誰だろう。

 少なくとも、意識の中で聞いたそれとは全く違う。あっちはもう、ヤクザか狂犬チンピラかってくらいに粗野丸出しのもので、感じる印象はオッサンだったし。対して今聞いた声は確実に女性。それも自分より多少は年上な感じって程度の。あまり感情の感じれない口調ではあったが、拒絶の気持ちは少なくとも無かったと思える。


「まだ視界や五感の同調が完了していないと思われますので、無理に動作なさらずに。私は貴女の初期調整の補佐役として派遣された者です。固有名称はイシス。貴女の先輩とでも認識してもらえば問題ありません」


 首を動かそうとしたら凄い負荷で無理だった。えーと、システム同調中か。もう少ししないと身体の制御は無理らしい。

 イシスと名乗った女性……女性だよね? 彼女の姿も今は確認できない。ただ彼女の居る理由は判った。私という試作品の動作記録をとる役目なんだろう。

 とすると、直ぐに浮かんだのは一つの疑問。


「あ、そうですか。じゃあ……さっきまで私の意識に居た人は」


 最初に対面するなら、と思っていたので。


「おや、彼は名乗ってなかったのですか」

「ええ、はい。自称天才と宣言されたくらいです」

「…………」


 あ、なんか凄い呆れた雰囲気。


「まぁ、天才なのは確かですが、正確には“天災”の方が近い表現の御方ですね」

「あ、なんかその感じには同意ですです」

「本人は常識人を自称しますが。まぁ、では概要程度を。彼の名はジョージニアス・カリスマン、公的には四ヶ国にそれぞれの貴族位をもつ魔侯爵であり、社会には魔鍛冶士の名で通る凶人で御座います」

「……まこうしゃく……まかじし? 凶人?」


 とにかく、物騒な人っぽいのは理解できました。


 その後もいろいろと話を聞いた。

 まずはこの世界。私の感覚では見事に異世界なのだが、それはその通りでもあり違うとも言えた。なんせ、この世界の大地を示す言葉も地球らしいし。また大陸図も非常に見覚えがある。細部は違うし存在する国々に至っては共通性が皆無だが、土地土地の文化様式には共通点も多かった。

 そして、散々に“魔”を冠する言葉が出たように、この世界には魔法が存在する。それに加えて、魔物なんかも自然の驚異として存在したりした。


 私やイシス先輩という存在は、基本的に対魔物用の戦力として存在するらしい。なんでも、魔物の脅威は人が鍛錬してどうこうってなるレベルじゃないのだそうで。

 人が戦争で様々な兵器を作ったように、その役割を私のような人造の存在が対応するのが、この世界の一般的な感覚なんだそう。

 そして、そういった対魔物の兵器を製造する者が、魔鍛冶士という存在なのだとか。


「とはいえ、ご主人様の立ち位置は一般的な魔鍛冶士とはかなりズレています。そうですねぇ、一言で言うなら、未開の国では手に負えない飛び抜けた才能で好き勝手する暴君、ですか。各国の貴族位も情やパトロンでの縁故で降りかかる災難の規模を下げようとする苦肉の策といいますか。実際、なんの枷にもなっていないのが実情ですが」

「おおぅ……」


 どうやら彼の人の正体は、災害規模のチンピラだったようです。なんていう、プライベートじゃ絶対に会いたくない類いの人だ。


「さて、では本題になりますが。まずは貴女や私のようなモノは、此方の世界では城塞人形ビスマスクドーラと呼ばれる戦闘兵器になります――-」


 城塞人形。その存在を簡単に言うと、巨大ロボット兵器の操縦用生体コンピューターみたいなものになる。人が乗り込む兵器群にありがちな、搭乗者の耐久性が兵器の性能限界にならないよう対策した強化人間という扱いのものだ。基本的なところでは耐振動性、耐G機動性、異常環境耐性、機体制御用、戦闘系操縦用の知識の本能化など。

 身体能力自体は外見どおりに準じるが、五感の反応速度や頑丈性に関しては、とにかく人間以上をというコンセプトのものになる。


「素の性能に関し、ホムンクルス体の最大の欠点は魔法的素養が皆無といったところです。魔力は身体機能の強化管理と機体管理に全作用する弊害で、いわゆる攻撃魔術に類する放出系能力は仕様的に封印されておりますので」

「なるほど。それでも、対ダメージバリアなものが常時展開されてることでの生存性は大きいと思います」

「そうですね。確か眼前で10ギガトン規模の衝撃と熱が発生しても生体機能に障害を残すことは無いはずです。ご主人様曰く、“ギャグ体質なのでそうそう死なない”、もしくは“レーティングG仕様体質”とも。伝え聞きで申し訳ないですが、核爆発の中心に居ても、被害はせいぜいアフロ髪で顔中真っ黒といった感じのようです。私も、さすがにそこまでの経験はありませんが」

「……ええ、判ります。というかそれ未満な経験はある発言ですね、たぶん」

「ええ、戦闘兵器ですから」

「さいでございますか……」


 何というか、内心では呆れつつもその仕様を自覚している自分がいるのが、なんとも。

 この部分は少女のメンタルをもつ弊害だろうか、精神的に非情に疲れた。全身からいきなり脱力感を感じて、それで、自分の身体が動くようになっていたのだと自覚する。


「基礎調整も終わったようですね。では身支度をしましょうか。製造時に出た汚れの洗浄もありますし」

「あ、はい」


 今度は意思どおりに動く視線で、ようやくイシス先輩の姿をとらえる。

 実に綺麗な、真っ直ぐの黒髪の長髪が映える日本人形のような印象の女性だった。日本人のような顔でいて、何故かアイラインきつめの化粧のせいでエキゾチックというか。なんとなくクレオパトラとかの第一印象がパッと浮かぶ。

 この際、モノクロ色調で大人しめな、メイド喫茶風の衣装は見なかったことにして。


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