人造少女、メカを着る(仮)

樅垂木 白牛

序の1 少女、目覚める・1

 ……とりあえず、現状を認識しよう。

 私の名前は絽紡埜伊。ろぼう・のい、と読む。由来は知らない。でもたぶん、時事ネタが元のキラネームとかだと思う。少し訂正しよう。知らない、ではなく、知りたくない。真実は時に残酷だから。ただ、自分の本名を漢字で書けるようになってからの将来の希望に、『大人になったら絶対、役所に改名申請をだしてやる』というのはあった。そんな想い出はまだ憶えている。

 しかしそれは果たせなかった。理由は……まぁ、単に大人になれなかったからだ。たった15年と少しの生涯。運が良ければ百年は生きるようになった人の生涯において、人生と呼ぶにはやや少なすぎる年月だと思う。


 しかし、そんな想い出を語れる意識があるように、今の私は生きている。

 というか、活動している。もしくは稼働している? さて、自己認識だとそのあたりが少し曖昧。理由は……、新しい生涯が始まった時点で私以外の私の記憶が混ざっているせいかな? 何というか、今の自分自身の経歴の記録とかスペックのチェック項目とか、ちょっと生物が自覚するのとは違う思考パターンが混在してて、混乱してるっていうのが正解なんだと思う。


 とりあえず、状況を自覚しよう。

 今の、私の名はCEL-50T。しーいーえる・ごじゅう・てぃー、と発音される。意味はCEL型人造有機体ホムンクルス50機めの試作体。人類型集合無意識格納領域次元へと常設接続するために、アクセス権の強い思考個体をサルベージしてホムンクルス体の表層意識に転写したものだ。

 サルベージ対象が生前の個体一つだけだと『生き返りと誤認』する問題が起きるため、複数体の対象を同時に引き上げ、知識、記憶、意識自体を融合して新しい人格に再構成する。それをホムンクルス体に定着させることで、再構成時の特徴である存在の平均化の結果、本能と感情の薄いロボトミー人格へと安定化する。

 ……そういった経歴の、存在だったはずだ。


 ふむ、となると、自分は失敗作だろうか?


 己の意識の深い部分を探ってみると、確かに複数体の誰某の意識を感じないでもない。けども、どうもこの意識の基本は、ロボウ・ノイなる無知で素朴な少女の意識が大部分を占めているのだと自覚する。あえてこの結果を肯定するとした場合は……もともとの人格が意志薄弱過ぎたせいだろうか? あまりに個が薄かったせいで、人格の平均化に際し、他の人格よりも削る部分が圧倒的に少なかった。そのために表層意識としての纏まりが欠損しづらくて、運良く、表層意識の座を賭けた生存競争に生き残ってしまった……とか?


『まぁ、結果論としては正解に近いかもしれんわな』


 っは!?

 自問自答モードのはずなのに突然の乱入。しかもやっぱり意識の状態で。となると、私以外の別人格もまた、この妙な生存競争に勝ち残ってたのだろうか。となると頂上決戦?


『いやいや、違う違う。別にCEL-50Tの人格を作るのに意識の蠱毒とかやったわけでもねーから。ちゃんと外側から管理し、調整し、組み立てた製造技師がいるわけだ。オレはそれ、な』


 ……ああ、なるほど。

 確かに人格を製造するにも、その方法が確立していないと目的にあった人格など作れないか。そして意識や人格を作るなど、機械的な技術でどうこうって感じでもないよね。こうして精神感応じみた風に作るなら、それはそれで納得できないでもない……感じ?


『まー、それで納得するならそうしとけや。この技法に関してはCEL-50Tが理解する必要性は欠片も無いのは確かだ。それにCEL-50T、お前は自分でも自覚してるように試作品だ。別に結果が成功に結ばなくても良い存在だ。強いてその存在に、建設的な理由を付けるとしたら、お前がお前という存在を定義できたらそれで勝ちって程度の代物だ』


 おおうっ、いきなりの放任宣言。というか放逐宣言? 内容的には良いことに聞こえなくもないけれど、なんか背中がムズムズするくらいなセリフだけど、伝わる口調が非情に棒読みなので台無しだ。もう、既に私なんか廃棄処分したくて仕方無いってしか感じれないよ。

 やっぱり、実は失敗作?


『ちげーよ。単にオレみてぇな天才様は、解りきった内容を理解できんやつに理解できるよう内容を噛み砕くのが凄く苦痛ってだけのことだ。しかし、業務連絡な内容は伝え漏らすと後の問題とかマジにヤバいからな。簡易表現への変換で脳が痛むところを頑張ってるからこうなんだわ』


 なるほど。なるほど。

 口調はもの凄く頭悪そうな部分はその弊害と。まぁそうだよね、体調悪い時に平静装って日常過ごすのとか、地味にきついし。私も重いくちだったから気持ちはわかる。


『……いや、この口調は自前な。というかモロの思春期女子の心情で共感されても正直困るぞ。下手に相鎚打つだけで通報案件じゃねーか、つかマジに引くわー』


 えー。だって仕方がないでしょう。当方CEL-50Tの基本思考はロボウ・ノイのそれで固定してるし。そうなると意識の表層に浮かぶ記録も彼女のものが多くなる。特に最近は下半身まわりの問題が顕著で、こうやって語彙の傾向を十代女子らしからぬ平均化にしてるからこそ、他の記録を表層化しやすくして……

 ……んん、『最近の……問題』?


『おっと、そのあたりはまだ思い出さないでいい』


 ……はっ。

 あれ、なんか意識が跳んだっぽい。あれ、やっぱり私って不良品なんで御座いましょうか、お代官様。


『誰がお代官か。つかその記録は別に当時の時代の人格ってもんでも無かろうよ。せいぜい主人格から三代遡った程度の、時代劇好きのボケ反応か。ふーぅむ、まだ固まったばかりで人格の固定がならんのはしょうがないとしても、完全放置が無理そうなのはちょい問題か。しかしオレ様もそう暇でもねーしなぁ、付きっきりの管理は無理だし』


 あららぁ、やはり何かトラブルが。

 でも、そうね。思春期の女子といったら見る人が見たら発狂してるのかってくらい異質だろうし。実際、サンプル提供主のロボウ・ノイ自身も己の感情を御しきれてなかったような心象も残っているし。主人格に据えるには不適合と思うのが正しいのかもしれないなぁ。


『おお、そうか。放置観察での完全自立まで放らんで、多少は新人格への方向性の設定をしてやれば安定する切っ掛けにはなるかもな』


 ……は?


『さし当たって、基本の人格は残しつつも別個の個性を強調してやろうか。感性を引き摺るロボウ・ノイの個体名を先ずは削除。同じ年代の精神構造のまま、別の誰かにすればいい』


 えーと、はい?


『ということで、CEL-50Tに固有名称を設定する。内容は面倒なんで個体番号からの語呂合わせだ。“シェルフィ”、それをお前の名前とする』


 ええーーー。


 ともあれ、こうして私、シェルフィは新たな生を受けたらしいのでした。



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