第37話 オッサンの美学

「……フラミーの奴、中々居ないではないか」


 探索から半日は経とうとしているだろうか?


 入り組んでいる……っと言うほど複雑な作りのダンジョンではない。

 それでも魔物の退治や、人との接触を避けるため気を使い、探索の足は遅くなる。


「マサムネさん、あそこに別のパーティーが居ますよ?」

「あぁ、彼方もこちらに気づいた様だな」


 ハンドシグナルを使い、お互いに情報のやり取りをする。

 ふむ。どうやら向こうのパーティーは一仕事を終え、こちらに引き返したいようだ。


「一旦、先程の分岐点まで戻ろう。あそこならすれ違えるだけの距離は確保出来る」

「ったく……毎度毎度のことやけど、本当めんどくさい話やな──」


 ダンジョン内では、五名以上の人が同じ場所に居てならない……。

 過去の記録では、十メートル前後に三十秒程だっただろうか?

 命を張ってまで検証するものは居なく、明確には調べは成されていない。


 ただその為か、保険を掛け多くの制約が存在する。

 ハンドシグナルを覚えるのもその一つだ。


 別のパーティーは、お礼をハンドシグナルで伝え、俺達が来た道を戻っていく。


「──仕方がないさ、死にたくないのなら持ちつ持たれずで行かないとな?」


 すれ違い程度であれば大事はないはずだ……。

 しかし念には念を入れ、このような方法を取ることは少なくない。


「まったく、攻略が済んでないダンジョンにわざわざ足を運ぶとか……本当がめついやつらやな」

「レオナ……それを俺達が言うのはいかがなものか?」


 レオナはぼやきながらも、歩みを進めた。俺もサクラも、遅れまいと後を着いていく。


 俺達は、攻略されていないダンジョンに入り込む筆ー頭だったのだが、レオナのやつ他人事の様に良く言えるな……。

 彼女がわずらわしく、苛立つ気持ちも分からなくもないが。


 そんなやり取りを見てなのか、サクラから「ふっふっふ」っと笑みがこぼれた。


「なんや嬢ちゃん……急に笑いだして」

「いえ、すみません。なんか二人のやり取りが自然で……それが嬉しくなっちゃって」


 彼女の言葉の意味が汲み取れなかった。

 自然に話す、それが普通だと思うが?


「嬉しい……どうしてそんな風に思うんだ?」


 俺は、疑問をサクラに聞いた。深い意味はないが、単純に気になったのだ。


「想像とは違っていましたが、御二方は憧れる歴戦の英雄なのに、お話しの内容は小難しくなく、気取っていなくて……私達と一緒なんだなって」


 憧れる歴戦の英雄って……レオナならともかく、俺もか?


 サクラの純粋な憧れに顔が熱くなり、自分でも少し照れているのが分かる。

 “作る者”の俺は、蔑まれる事はあっても誰かに憧れるなどと言われたことがない……。

 これは中々に、気恥ずかしいものなのだな。


「まったく、恥ずかしげもなく良く本人達に憧れるとか言えるな?」


 照れ隠しに、茶化すような事を口走る。

 しかし彼女は首を振り、俺の発言に否定的な態度を見せた。


「憧れてた英雄とは、確かに少し違いますが。でも二人は想像以上に素敵で、それでいてとても強い……ただの憧れだった時より、親しみを感じています。そんな二人に憧れる事が、恥ずべきはず無いじゃないですか」


 真っ直ぐなサクラの気持ちに、つい目を背けてしまう。

 自分は彼女が言うほど、大層な人物じゃない。

 情けなく、臆病で、意気地無しで……それでいて、無力だ。

 彼女の目には、それでも俺は憧れの人物として映っているのだろう。 


 彼女に、自分はそんな大層なものではないと伝えたい。


 しかし、そんな人間ではないっと否定するのは簡単だ……ただ俺も良い歳だ。

 彼女の夢や憧れを壊すのではなく、それに相応しい人物を演じる。

 若者の希望になる、それがオッサンの役目ではないだろうか?


「そうか、それではあまり恥ずかしい真似は出来ないな?」


 俺は、前を歩くレオナの顔覗き込む。

 彼女はサクラの発言に対して、どの様な反応をみせるのだろうか……っと。


「ふん、嬢ちゃん……中々に見る目があるやないか」

 

 決して振り向きはせず、腕で口元を隠す。

 レオナが、真剣に照れているときの癖だ……。

 

 や、やるな、サクラ……。この短期間で、一度でもレオナを陥落するとは。


 そんなやり取りをしていると、いつしか一層のマップは一部を覗き端から端まで全て埋まってしまう。

 残すは二層へと繋がる、あの巨大な門がそびえ立つ道のみだった。


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