第12話 絶対零度の“氷”

 受け渡した直後、俺はすれ違い様に盾を構え、サクラに向かい振るわれたゴーレムの左薙ぎの一撃を受け止めた……。


 ──っと言えば聞こえは言いかもしれない……。


 結局の所、重い一撃に耐えきれず飛ばされてしまったのだが──。


「マサムネさん大丈夫ですか! ……ありがとうございます!」


 しかし──彼女を守るには十分効果があったようだ。

 振り返った彼女は体をひるがえし、自身のショートソードを、坊主が傷つけた首筋目掛めがけ、力任せに左手で振り抜く! 


 しかしそれを、ゴーレムはいとも容易く、剣を持たぬ左手で止めて見せたのだ。


「突き立てれば──良かったのよね!?」


 何食わぬ顔でショートソード手放したサクラは、左手で覆い作られた、ゴーレムの死角に入り込む。

 そして、シャルが先ほどの魔法で吹き飛ばした甲冑の一部、その隙間を見て目を光らせた──。


「──これで……どうかしら!!」

 

 彼女は渾身の突きをゴーレムに向かい放つ。それはさながら──青いいかずちの様にも見えた……。

 瞬く間に、それでいて隙間へ正確に、ゴーレムの体にアルマスを突き立てたのだ。


 ──決まった!!


 この一撃で、すべてが終わった……そう思った時だ。

 あろうことか、彼女は──突き立てたアルマスをさらに奥に刺そうと、力を加えていたのだ!


「サクラ──離せ! 早く剣を離すんだ!!」


 サクラは俺の指示を聞かず、押すのを止めようとしない。いや、様子がおかしい……聞こえていない?


「マモルマモルマモル! ワタシガフタリヲマモル!!」


 まるで何かに取り付かれたかの様に、アルマスを、奥へ、奥へと突き立てようとするサクラ。その瞳は狂気に魅せられている……そんな印象を受けた。


 このままでは、あの時の二の舞だ! 

 思い出すだけで、心臓を握りつぶされる程の、苦しみ恐怖が俺を支配する。


 しかしあの時のとは違う……今は動けるじゃないか!


 俺は痛みを堪えながらも、必死にサクラに向かい飛び付いた。

 その際、彼女手からアルマスが離れ、目に光が戻る。


「──マ、マサムネさん!」


 どうやら正気に戻ったようだ。

 俺はその勢いのまま、彼女の頭を抱え地面に押し倒した……。


 ゴーレム動きが気になり振り返ると、刺した部分からは霜が広がっていく……。

 奴は刺されたレイピアを引き抜こうと、自身の剣を捨て、アルマスに触れる。そして、引っ張り上げようと試みているようだ──しかし。


「す、凄い……なんなの、あの剣は……」


 剣を掴むゴーレムの手に、氷が張っていく。

 そして、レイピアに触れている部分から、氷は瞬く間に全身に広がり、奴を氷の彫像に変えてしまったのだ。


 氷付けになったゴーレムからは、視角化された冷気が広がり、それは辺りを冷やしていく……。


 そして、剣の持ち手だけを残し、ゴーレムと凍れる魔剣は、音を立て木っ端微塵に砕けてしまった。


「自分で生み出してなんだが……相変わらず物騒なものだ……」


 しかし、今回もこれに助けられてしまった……。

 ただ、誰も犠牲にならなかった。前回とは違い、そこだけは誇ってもいいかもしれないな。


 俺は起き上がろうと手を着き直す──


「──きゃっ!」


 俺は慌てて叫び声の声の方に目をやった! そして、予想だにしない問題にぶつかってしまったのだ──!?


 ──な、なんと、俺が不意に置いた右手は、サクラの胸部に触れてしまっている訳で……。

 

 目の前の少女は顔を赤めつつも、お怒りの為だろう……小刻みに、体震わせていた。


「──べ、別に触れる気は無かったんだが!」


 俺は慌ててサクラの上から降り、お互いが向き合う形で座ることに。

 周囲の空気が冷えている。これは、先ほどの魔剣の効果に違いない……。きっとそうだ。


「マサムネさん……何か、私に言うこと無いですか……?」


 背筋まで冷えている筈なのだが、額には不思議と汗が浮かぶ。

 俺も良い年齢だ……次の発言がキーポイントなのは、重々理解している。


「そ……そうだな。中にしっかりとしたチェーンメイルを着込んでいるみたいだが……冒険者として、その判断は正しい!」


 俺の発言を聞き、サクラはにこやかに微笑んで見せた……目、以外はだが──どうやら俺は、選択肢を誤った様だ。


「思い残すことはないかしら?」

「あぁ……一思いに頼む」


 ──バチンッ!!


 言うまでもなく、サクラの平手は俺の頬に痛烈な打撃を与えた。

 多少なり手加減されていたと思うが、勢いの余り俺は地面を転がることとなった……。


 どうやら俺は、デリカシーが欠落していたらしい。どれだけ年を重ねても、日々勉強だな……。


 それにしても、何とか皆無事に生き延びることが出来た。

 空は青く、砂埃も舞っていない……。まさかダンジョンの中で見た空が、一番美しく思えるとは、皮肉なものだ……。


 止まっていた時が動き出したかのようだ。こんなにも、心は晴れやかになるものだとはな?

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