第3話 アーセナル

「──すまないが、少し時間を頂けないだろうか?」


 俺は目の前を歩く二人に声を掛けた。

 今回のダンジョン遠征は予定外のことだったので、足りないものを思い出したのだ。


「なんだオッサン。ダンジョンに入る前に怖じ気づいたのか?」

「いやそうではない、今回の話が突然でな? 俺はダンジョンに潜る準備を終えてないんだよ」


 自分の持ち物であるハンドバックを見せつける。

 何があってもいいように、最低限の荷物は持ち運んでいる……。しかし、ダンジョンに潜る上では──最小限では足りない。

 油断や満身は、死へと直結しかねないからな。


「食料も日帰り程度しか携帯していない。このままだと足手まといになる自信もある」


 そんな言葉に【ロキ】と呼ばれた坊主は、苦虫を噛み潰したような表情を向けてきた。

 それを見て隣の“祈る者”の少女が「ロキさん、落ち着いて下さい」と、なだめているようだ。


 先ほどサクラと話していたことが余程気に入らなかったのか? ギルドに居たときよりも態度に棘がある気がする。


「チッ……さっさと準備しろよ」

「あぁ、もちろんそのつもりだ。俺の家はそれだ、立ち寄らせてもらうぞ」


 第三の箱庭に続くとされているダンジョンの、比較的近くにある建物を指差した。

 入り口備え付けられている看板には、剣と盾の模様が描かれている。


「マサムネさんは、武器屋さんなんですかぁ」

「まぁな、なんなら時間潰しに覗いてもらっても構わない。必要なものが見つかれば、買ってもらってもいいぞ?」


 ただし、武器は安いものではないがな? 


 ダンジョンから取れる素材は“戦う者”と“祈る者”が、主に採取してギルドに卸す。

 その為、材料の値段は彼等が掌握していると言っても過言ではない。

 ギルドもそれには随分手を焼いているようだが、解決には至ってはいないようだ。

 材料が高ければ、それを使って作ったものも値上がる。それが道理だろ?


「少し待っていてくれ」


 彼等の荷物をテーブルに置き、俺は移動した。

 関係者のみ入ることを許された隣の部屋……。


 扉を開くと、硝子のケースに飾られた、黒ずみ……折れた大剣、それが異彩を放っている。

 しかし、それに負けない存在感のものがその隣にはあった。


 そこには人が扱うには不釣り合いな程の、巨大なリュックタイプのバックが置かれていた。

 そしてその外観には、無数の剣や短剣。二枚の盾までくくりつけてある。


「……久しいな、またこれを背負うことになるとは。世話になる、『武器庫アーセナル』!」


 その、人が背負う事を想定されていないようなバックを担いだ。それなのに、不思議と肩に馴染む……。


 長年連れ添った相棒と共に、元の部屋へと戻った。


「待たせたな?」

「おいおい! なんだよその──バカでかいバックは!」


 どうやら俺が背負っているバックを指しているようだ。

 アーセナルを床に置き、先程の荷物をひとまとめに詰めていく。

 これで持ちやすく……歩きやすい。


「君達は優秀なんだろ? これぐらいの大きさでも無いと、素材が回収しきれないと思ってな」


 っと、言うのは建前だ。本音を言うと、若い彼等を信じていないだけだ。

 何れだけ強かろうが彼等は若い。圧倒的に経験が足りない……それが危機に陥るきっかけになることを、俺は知っている。

 しかしアーセナルがあれば、有事の際にもよっぽど対応する事が出来るからな。これはその為の──装備だ。


「……流石“作る者”だな? この金の亡者め!」

「……誉め言葉と受け取っておこう」


 しかし素直に話しても、彼等は自身の未熟を認めないだろうな。

 めんどくさいのでそう言うことにしておこう。


「着いてこれなければ、例えダンジョンの中だろうと置いていくからな?」

「君らの荷物を持ってるのは俺だけどな? それでもいいのなら、勝手にしてくれ」


 俺の態度が気に食わなかったのだろう、坊主は乱暴にドアを開け外へと出ていった。それを追うように、少女二人も……。


 自分から挑発をしておいて……やはりまだまだ若いな。

 三人の後をついて外に出た俺は『しばらく休業しますと』と、入り口のドアに張り紙を残したのだった。

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