第2話 “戦う者”サクラ

 見上げれば、空に雲はない。雲はないのだが……風が吹く度に砂塵さじんが舞い、酷いときにはそれが太陽すら覆い隠す。

 建物は土壁の物が多い、鮮やかな色とは程遠く、地面は砂地で歩く度に足をとられる……荷物持ちには、辛いところだ。


「えっと……荷物、重くはないですかぁ?」


 大荷物を持っている俺を、“戦う者”の少女がその美しく輝く、淡い赤の瞳で覗き込む。

 顔に幼さは残るものの……その容姿は控えめに言っても可憐に思う。


「あぁ、重い。だが仕事である以上、仕方がないだろ?」


 ギルドを後にした俺達は、早速ダンジョンに向け出発をしていた。

 

 俺達人類が住まう世界、名を箱庭……それは二つのダンジョンを中心として存在し、人類が唯一生きることを許された巨大都市。

 そこでしか生きられない人々は……かごの鳥の様なものかもしれないな?


 都市の外は見渡す限り砂漠の大地しかなく、大型の魔物【サンドワーム】達の生息地だ。

 人が奴等のテリトリーに足を踏み入れようものなら、無数のサンドワームに襲われ、その命は一分としてもたないだろう……。


「なぁ君、あの時どうして俺を……“作る者”を拒まなかった?」


 疑問に思うのも当然だろう。ダンジョンとは命をチップに素材を手にいれることが出来る……言わば戦場の様な場所だ。

 足手まといがいると言うことは、そのまま死に直結しかねない。事実、ダンジョンに潜り帰ってこない冒険者は後を絶たない。


「君じゃありませんよ、私の名前はサクラです。拒まなかった理由ですよね? んーどうしてでしょう」

「そうか……話したくないなら別に聞くつもりはない」


 アゴに指を当て、惚けるような姿を見せるサクラを放って先へと進む。

 遅れようものなら、目の前を歩く坊主に何を言われるか分からないしな?


「──嘘です嘘! 話ます、話しますから聞いてください!」


 パタパタと走り、置いて歩いた俺を彼女が追いかける。人懐っこい犬のようだ……。

 何て言うか、サクラは俺の知っている“戦う者”とはイメージが違うな。変わり者か?


 追い付いた彼女が「えい!」っと言いながら俺の腕に抱きつく。

 彼女の鎧の胸当てが、俺の肘に音を立て当たる……地味に痛い。


「へっへっへ。もちろんご存知だとは思いますが、今現在人類は箱庭を二ヶ所有しているのは知っていますよね?」


 俺の考えを知ってか知らずか、ペロッっと舌を出した後、愛想笑いを浮かべながらもサクラは話を始めた。

 戦う者を良くは思わないが、俺からしたら彼女達はだ。別に無下にすることもない。


「あぁ、五年程前だったか? 物好きな冒険者が危険をかえりみず、わざわざダンジョンの奥へと進み、ダンジョンコアを破壊した……って言うヤツだろ?」

「その言い方はちょっと……まぁ、間違ってはいませんけどね?」


 ダンジョンは上層から下層に進めば進むほど魔物が強力に……そして凶悪になっていく。

 それは最下層でピークとなり、ソコにはダンジョンコアと呼ばれる宝石を身に付けた、最悪の魔物が鎮座しているのだ。

 ダンジョンコアを破壊しなければ、その先へは進むことが出来ない……。


 生活をする分の素材なら、上層でも十分集まる。下層に向かうものは……物好きか命知らずと言われても仕方がないだろう。


「これは噂なんですが……その時のパーティー編成も四人一組で、その中に一人“作る者”が居たって話なんですよ」

「……へぇー。あまり興味がないがそうなのか、よく調べたな?」

「そうでしょうそうでしょう! もっと誉めてもいいんですよ?」


 別に誉められた内容でも無いだろう。そもそも、そんなことを調べてどうするつもりなんだ?


「実はですね。私、その伝説のパーティーに憧れているんです! その中でも特に、リーダーである剣士の少女に!」

「へぇー……」


 端から見ても、素っ気ない返事だろう。言った本人がそう思っているんだ、間違いない。

 だが、目の前の少女は怒りでもなく、悲しむのでもなく……ただただ驚いた顔を俺に向けたのだ。


「どうかしたか?」

「いえ……笑わないんですね?」

「……ん。笑われたかったのか?」

 

 相も変わらず、大きな目を丸くしている。

 それは徐々に喜びの物へと代わり、クスクスと笑い声をあげた。


「いえ、この話をすると皆さん決まって。『噂を鵜呑みにして』っと、愛想笑いをされていたので」

「少女の事はともかく、伝説は本当さ。今居る、第二の箱庭が存在してるのが事実だと物語ってるだろ? その前ここは、未開の地だったからな」


 荷物を担ぎ直し、指を地面に向けた。


 第一と第二の箱庭を繋ぐダンジョンと、第二の箱庭とまだ見ぬ世界を繋ぐと思われるダンジョン以外は、何もない大地だった……その時の事を俺はよく知っている。


「まったく……たった五年でよくここま大きくなったものだ」


 俺は、歩きながらも周囲を見回した。

 昔を懐かしく思うのは……歳を重ねた為だろうか? いや、きっと老いたのは歳のせいでは無いだろう、夢を見失ったから……。


「えっと、貴方は……一体?」

「別に対した事はない。俺は第二の箱庭ここに最初に足を踏み入れた、“作る者”の一人さ。それより」


 目の前に歩く二人のうち、左側を歩く坊主を指差した。


「荷物持ちに構ってていいのか? あの坊主、さっきからやたらとこっちを気にしてるようだぞ?」

「ロキ君ですか? いいんですよ。あの人、女性と見ると、ところ構わずいい顔をしようとするんです。ほら? 特に私、可愛いですし」


 悪戯っぽく微笑み、自分を可愛いと言う少女……それを否定するつもりは無いが、俺には関係の無いことだ。


「そうか。頼むから、痴話喧嘩に巻き込まないでくれよ?」

「じょ、冗談ですから、そんなに冷たくあしらわないでくださいよぉー!」


 まったく、とんだ仕事になったものだ……。

 しかし、子供の面倒を見るのは大人の役目か。


 前途多難だが、それが杞憂きゆうに終わることを祈るしかないな。


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