熱い風

 くすぐられたような感覚が、汗に混じって文字に落ちる。

 乗り気ではなかったが、コウタは友人に連れられて本屋に入った。整理されたように見えて乱雑な本の並びが、コウタは嫌いだった。背中が凸凹としていて、ちっとも美しくない。世界的に規格を統一するべきだ、とコウタは常々思っていた。

「このデコボコが美しいのだよ」

「解り合える日は遠い」

「また一時間後にな」

 面倒だが心地良いやり取りを終えて、コウタは〈趣味〉とかいう棚の前で立ち止まる。この棚はいったい誰の趣味を基準にして作ったのだろうか。本屋という人間がいたとしたら、きっといつまでも解り合うことはないだろう。嫌いな部分を見つけさせるのが上手だ。

 これ一冊で十分だの、初心者でも出来るプロのなんとかだの、この棚が丸ごと金儲けのバイブルになっている。見事だ、とコウタは思った。どこかの誰かがメシを食うために、僕らの時間は奪われている。

 気づくと、コウタは一冊の本に目を奪われていた。〈美しいデザイン〉と書かれたページが、華奢な指にそっと掴まれ、丁寧にめくられる。

「地味だ」

 慌てて口を塞いだが、彼女には全く聞こえていないようだった。危ないところだった、と安心した矢先、〈思わず目を止める配色〉のページがめくられ、コウタは吹き出してしまいそうになった。「地味すぎてね」

 目が合った。

「地味すぎて、皆から愛されているバンドだ」勢い良く棚から引っ張り出した雑誌の表紙は、ド派手なバンドの、ド派手なポーズで飾られていた。

 少々の間を置いてから目をやると、彼女は〈空間の美しさ〉に目を落としていた。複雑だった。彼女とコウタがいるこの空間は、決して美しいものではない。

 彼女がページをめくる度に、コウタの頬は涼しくなった。家族で共有した扇風機のように、夏の満員電車のように、とてつもなく長い時間、コウタは風を待っていた。

 友人と再会するまでの一時間は、とてつもなく短かった。

「どうしたんだ? すごい汗だ」

「美しい空間だった」

「ふむ。解り合える日は遠いな」

「解らなくていい」

「それより明日、バーベキューやるだろ?」

 熱心だった。きっと明日も、その次の日もあの本屋に来るのだろう。

「おい、聞いてるか?」

「うん、聞こえていなかったと思う。聞こえていたら明日謝ったほうがいいかな」

「今、謝るべきだと思うな」

「そういえば、解り合えそうだ。デコボコは美しい」

 誰かがメシを食っている間に、与えられた自由な時間を満喫する。今に見てろミセスハピネス。昔、時間を奪われることに腹を立てていた若者がいたな、とコウタは思い出し笑いをこらえた。

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