第4話 イケメンとはすなわち天使でもある
「そういえば片瀬くんとこって、今はあれでしょ?他社との共同小説の。すんごいビックな案件の」
「あ、よくご存じですね。岸部さん」
岸部さんが何気なく声をかければ隣のイケメンはさらっと言葉を返す。無駄な間など作らないところを見るに、人付き合いもかなり上手いだろう。
「え、私の名前知ってるの?」
「はい、もちろんです。秋猫シリーズ、岸部さんがご担当されてたって聞いてますよ」
「えっ!本当に?やだぁ~」
「おいおい片瀬王子。岸部さんは人妻だぞ、わかってんのか?」
「え?…あっ、いえ、俺はそんなつもりは全然ないですよ!ってその片瀬〝王子〟ってのやめてくれません?」
「やだもう遠藤さん!!」
あっははと笑う岸部さんに笑えない冗談を言う遠藤さん。そしてそれに、当たり障りのない笑顔で返すこの人。片瀬って名前だけは聞いたことがある。
めちゃくちゃイケメンだって前にエミリーが話してたっけ。
「あの、初めまして…ですよね?」
「………へ、」
気づくのが遅れて間の抜けた声が出る。
いやだって、何故この流れで私に話しかけるんだ。今し方岸部さんたちと盛り上がっていたはずなのに…!
「俺、
「え……なんで」
「えと、寿そらんさんの二作目からご担当されてるって聞いてて…」
「間違ってたらすみません」と少し申し訳なさそうな顔をするその人は、誰がどう見てもリアル王子と言いたくなる甘めの顔をしていた。
「………………。ええ、まあ」
どぇええええええ!?リアルイケメンの殺傷能力やばくないか。今にも吐血しそうなんですがーーー!!!
大分間を空けたというのに返せたのは、ええ、まあ。の一言だけ。
畜生!ええ、まあ。ってなんやねん!!!
心の小窓を開けながら叫び声を上げる私はあくまで平静を装ったまま、塩キャベツをバリボリと食べた。
「片瀬王子~!桐島さんはダメダメ、絶対落とせないよ」
「え?あ、いや…だから俺はそういうつもりでは……」
「桐島さん恋愛系苦手だから!」
あはは!と笑いながら「あ、店員さん。枝豆ください。あとビール。…ほら片瀬王子もなんか頼んだら?」と遠藤さんは丁度来てくれた店員さんにそれを頼んでいた。
うっわ最悪かよ、この無神経野郎。なんでそんな話題をわざわざ振るんだよ。
「桐島さん恋愛系苦手なんですか?え、じゃあなんで編集やってるんですか?」
酔っ払い継続中の佐々木さんまで私に向かって頬杖をつく。くっそこの女も。酔っ払ってたらなんでも聞いていいと思ってんのか。つうかなんでアンタにそんな話をしなきゃならないんだ。
「えっと、桐島さんは確か文芸誌に行きたいんだよね!」
岸部さんフォローになってないし、バラさないでよ。
「えーそしたら尚更恋愛系は避けて通れなくないですか?恋愛ものって絶対どの作品も絡んでくるし、それで作品としての幅も大分変ってくるしい」
「違う違う、佐々木さん。そういうことじゃないんでしょ?桐島さんはさぁ」
遠藤さんが情けなさそうな顔でこちらを見ている。
『見ての通り、男っ気一つもなさそうだもん。そんなんで恋愛ごととか〝リアル〟で興味あるわけないじゃん』
とでも今すぐにでも言ってきそうだった。なんだこの男、腹立つ顔しやがって。奥さんに逃げられてこの前コンビニ飯してたくせに。
「あの、用事を思い出したので失礼します」
「えっ」
「ちょ、桐島さん?」
「お金は、ここに置いておきます」
鞄から財布を出して、手際よくお金を出す。もともと帰るつもりだったけど今がいいタイミングだ。
こんな胸糞な時間過ごしている暇があったらさっさと帰ってブログを書いた方がまだマシだ。
「マジで言ってんの?ごめん、なんか気に障ったなら……」
「では、失礼します」
上辺だけの謝罪なんて聞きたくもない。時間の無駄だ。軽く頭を下げて、私が出て行く際、がやがやとしていたテーブルは端の方まで「なんだなんだ?」と不思議そうにこちらを見ていた。面倒臭い。
出入り口に向かう際、どうしても片瀬さんの背中側を通らないといけなかったので、嫌でも目が合う。「すみません」と軽く頭を下げながら私はその後ろを通った。
もう二度と行くもんか飲み会なんて。〝片瀬さん〟という人物はいい収穫だったけど。
ブログに新しいキャラとして出そう。最近ネタに困ってたから丁度よかった。
いじめにあっていた私を助けてくれた王子様。という設定で完璧なのでは?絶対人気キャラでしょこんなの。裏表設定とかベタだけどつけるのもアリだし。
まあ帰ったらじっくりネタを考えよう。
「んー!……ふぅ」
店の外へ出て、軽く伸びをして息を吐いた。季節はそろそろ梅雨である。
そして明日は私の29回目の誕生日だった。そういえば。
29回目なのに特に祝う相手もいないって……マジで笑えねー……。
とぼとぼと繁華街を歩きながら、交差点の前に差し掛かる。すると向かい側の道路に妙ちきりんな大きなシルクハットをかぶった男が立っていた。
何だあれ、コスプレ?
なんだか不思議の国のアリスに出てくるマッドハッターのような男は、溶け込むような形で群衆の中に佇んでいるけど……どこか違和感しかない。だって今はハロウィンではないし。
けれど違和感を感じているのは私だけなのか、彼のことをじっと見ているのは私以外に誰もいなかった。そしてそんな彼も何故だか私の方をじっと見ているような気がした。え、怖……。
変な人……だよね。あれは。どう見てもあんな変な恰好をしているんだから。
マジであれを私服として着ているのであれば、もはやそういった仕事着か、新進気鋭のデザイナーかすんごいセンスを持った変な人としか思えない。
なんだか本気で怖くなったので顔を逸らし、さりげなく方向転換をしようとした。ら。
「桐島さん!!」
「え……え!?あなた……あ、か、片瀬さん?!」
そこには店から走ってきた様子の片瀬さんがいた。ナニコレどういう状況?
「よかったぁ、追いついて。忘れてましたよ、スマホ」
「え?…あ、ホントだ」
ズボンのポケットを叩いて確認するとそこにはスマホがなかった。今日のポケット浅いから座ってたところに落としたんだ。
「すみませんっ、私ったら全然気づかず!!!ご迷惑をおかけしました……」
「いえ、こちらこそ。先ほどは空気を変えられず……すみませんでした」
「え……?あ、いえ!あれは、その、事実ですし…会ったばかりの片瀬さんにむしろ気を遣わせてすみません…スマホまで届けてもらって」
「いいんですよ、このぐらい」
本当に大したことをしていないような顔で笑う片瀬さん。なんて優しいんだ、この人。よもや王子通り越して天使に見えるんですが。
「本当にありがとうございました。では、また会社でお会いすることがあれば……」
「あっ、桐島さん!」
「え、はい……?」
「……」
振り返った私に、彼は何かを言いたげだったけれどそのまま首を振り、「いえ、ではまた」と軽く頭を下げていた。
私もつられて頭を下げて、青色になった交差点を渡って駅へと向かう。その際、交差点の向かい側を確認したけれど、あのマッドハッター男はいなくなっていた。
なんだったんだ、あの男は。
うーん、と考えている私の後ろで片瀬さんが、
「新着コメント、か」
と、小さく呟いていたことにはこの喧騒の中ではさすがに気づかなかった。
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