第3話 リアルイケメンはお断り
「ねえ、かささぎ文庫ってさ。今なんかやってるっけ?」
「児童文学小説大賞U18。選考中」
「そっか。いいのあった?」
「ばらけて読んでるけど、俺が読んだのでも何本か当たりあったなぁ。今年は豊作かも」
長テーブルの出入り口の近く。そこで静かに枝豆を食べながら、私はみんなの会話に耳を傾けていた。早く帰れるようにここを陣取ったけど、落ち着けない。大人しく隅に座ればよかった。失敗した。
ブーブーとポケットの中のスマホが鳴っている。きっとまた新着コメントが来ているんだろう。早く読みたい。
というか仕事はとっくに終わってるのに、みんな仕事の話ばっかりだな。
「桐島さんってそう言えば今度、大人女子向けやるらしいですね?」
「え?あ……はい」
目の前に座っていた違う部署の男の人に声をかけられる。持っていた枝豆を落としそうになりつつ私は遅れて頷いた。名前は確か、えっと。ああ遠藤さんだ。
「どんな感じなんですか?大人女子って。まだオフィスラブとか需要あるんですかね?」
「まあ…一定数はあるみたいですが」
「大人はねえ、案外ジャケ買いジャンル買いしてくれるし、ハマれば安定感あるよねえ」
頷いているその人の隣に座っていた岸部さんが「あ、そうそう」と私の左隣に座っていた女の人に声をかける。
「佐々木さん、ラズマガやってるでしょ?どう?最近の大人向け」
「どうって?」
「売れる傾向っての?あるでしょ?安定路線というか、ここは確実に押さえといた方がいいとか」
「んー…それわかったら私達も苦労しませんよ。でもまあ最近は大人〝女子〟とも言いますし、それなりの胸キュンはやっぱり求められますね」
「胸キュン……」
顔を引きつらせる私に、岸部さんは慌ててフォローに入った。ちなみにラズマガとはラズベリーマガジンという大人女子向けの電子小説を主に取り扱ってるレーベルだ。
「あ、で、でもほら、最近はファンタジーものとか増えてるし!あやかしとかお料理ものとか、ご当地ネタ……あ!ミステリーものとかほら!!」
「何言ってるんですか!その辺のネタはもう出尽くしてますよ!今はそれに全世界全範囲の女子からの胸キュンを誘えて特出したネタを肉付け出来るかが鍵なんです!!TL系は今頭打ちなんです……BLという性別の垣根を超える尊い恋愛ジャンルにはもはや勝てないんですよ……くっ」
「……おい、佐々木さん酔っ払ってる?これ」
遠藤さんがぼそっと隣に座っている岸部さんに告げていた。間違いなく酔っ払ってるだろ。だって私の手から枝豆奪ったぞこの人。
「で、でもほら最近、ドラマとかでもよくやってるじゃん?大人の女と高校生男子の組み合わせとか!結局、胸キュンって学園ものに戻るんじゃないの?違う?」
「大人女子と高校生?まあ最近は漫画やドラマでよく見かけるなあ、流行?」
岸部さんが必死にフォローしている隣で遠藤さんがそう言いながら「枝豆いいな、俺も頼もう」とメニューを見ていた。
「えぇ?まあ若い頃に青春出来なかった世代が一周まわって青春時代を味わいたいとかそういうのじゃないですか?」
枝豆の皮を皿の上に捨てて、佐々木さんは熱燗を呷る。それを眺めながら遠藤さんは「あー」と頷いた。
「そう思うと最近ラノベで流行りの転生ものにも当てはめられるなぁ。結局は自己投影して人生やり直したい。みたいな?」
その言葉を聞いて、ぎくりとしてしまう。急に、自分のブログのことを思い出したからだ。
「結局は今の人生変えたいヤツばっかなのかもなぁ。世の中……」
「すみません、遅れました」
遠藤さんがそう言い終えた後、私の右隣の出入り口から、またどこかの部署の人がやって来た。チャンス。この人と入れ替わりで帰るか。と、思っていたのに周りの人達はその人の登場で異様な盛り上がりを見せ始めた。
「片瀬くん!遅かったじゃない!!」
さっきまで酔っ払い全開だった佐々木さんが彼の登場に明らかテンションが上がっていた。は、え……なんだなんだ。
「すみません、ちょっと今日中に印刷所に送りたい原稿があってそれの校閲してたら遅れちゃって」
って待て。なんで隣に座るんだ。っていうかお前はだ……。
「あ、ごめんなさい。隣、座らせてください」
れだよ……って。
「いえ、お構いなく…」
なんだこのイケメンは。
会社的には自由だけど社会人的にはギリギリオッケーな明るい茶髪に、ダークグレーのお洒落なスーツ。スタイルまで良いとはどういうことだよ。
うっわーマジで現実にいるんだな、こんな人。普通に生きてたら絶対に関わらなさそう。
無意識にじーっと見ていたら目が合ったので、慌てて顔を逸らした。ひっ!
至近距離で目が合ったら確実に死ぬ。
ぶっちゃけ私はイケメンどころか異性に免疫耐性がない。
イケメンは好きだけど、リアルはごめんだ。
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