第2話 ババアと言っていいのは自分だけ






「大人向けラブ?私がするんですか?」


 持っていたノートパソコンをデスクの上に置き、編集長の元へ向かうと私に気づいた彼は申し訳なさそうな顔でTL案件の企画書を渡してきた。


 うっそでしょ。私に大人向けラブなんてできっこないんだけど。



「ほら今度やるサイトの短編コンテスト。担当だった木下、今度産休でいなくなるだろ?その穴を埋められるの、今んとこ桐島くらいなんだよね」

「でも私!恋愛もの嫌っていったじゃないですか!!私は少年誌とか青年誌とか、なんならホラーものとか!今なら転生系も流行ってますし!ライトノベルのがまだまだやりやすいです!!」

「そこを抑えて頼むよ!もう回せるのお前くらいしか残ってないんだよ!な?少しの辛抱だから。半年もすれば異動もあるし、お前がずっと言ってた文芸誌の方にも声かけとくからさ?な?な??」

「………」

「それにさ?桐島からしたら等身大じゃん?もしかしたら新しいきっかけづくりになるかもしれないじゃん?」

「聞きたくないですけど。一体何の、〝きっかけづくり〟ですかね?」

「……さて、僕はお昼でも行こうかなっ」


 そそくさと言い捨てる編集長を横目に私は自分のデスクに戻る。


 すみませんね、見るからに恋愛ごとに縁遠そうで!


 「はあ……」という大きなため息は止まらないし、なんなら舌打ちまで出てくる。



 私、桐島心は頭のおかしい記事を書くネタブロガー……よりもまず先に、このしがない出版社でライトノベルを中心に編集業を行っている二十八歳の独身女である。ついでに言えば明日は誕生日だ。


 今までずっと二十代から三十代前半までの男性層をターゲットにしたものをメイン展開していたのに、なんとか避けてきたTL作品を今後やることになるなんてほんっとうに最悪だ。もうマジで憂鬱すぎて禿げそう。


 何が楽しくて大人の女がイチャコラしている作品の編集をしなきゃいけないんだよ。冒頭を読んだだけで、表紙に描かれた美男美女が愛し合う未来がもう見えてるんだよ。勘弁してくれ。


 とにかく性に合わない。たとえこれがTLじゃなく少女向けであっても私にはもう胸キュンとか胸が滾る萌えとかわからない年になってしまったんだから。



「あ、桐島さん。今日何時に上がります?よかったらラズマガの人らと飲みに行くんだけど」

「あー…いやいいです。わた……」

「今度のTL短編のコンテストやるんでしょ?話、多少聞いてた方がやりやすいんじゃない?」


 向かいのデスクに座っていた岸部さんが声をかけてきた。


 彼女は先月産休から戻ってきたばかりの、私の二つ上の先輩だ。


 というかなんで岸部さん、何故私がそれを任されたの知ってんだ。


「ああでも、何か用事ある?あったら……」

「……ないですよ。わかりました……行きます」


 用事なんて、あるように見えなかったんでしょうよ。きっと。ええ、そうとも。


 私なんていつも家に帰ったら趣味のネタブログを書いて酒飲みながら寝るっていうどうしようもない日々を過ごすしかない行き遅れ女なんですよ。



「ほ、本当に?無理言わせてたらごめんね……?」

「いえ、別に。ダイジョウブです」

「ならよかった。ほら、桐島さんっていつも忙しそうにしてるから」

「……アハハ」


 ああ、ダメだ。嫌味にしか聞こえない。それほど私の性根は腐りきっている。

 別に他意はない。そう恐らく。私を卑下しているわけでもないんだ。だから落ち着け。



「ダイジョウブです、イソガシクありませんから」


 よし普通に返せている筈だ。ちょっと片言になってしまったけどそれは置いておこう。うん、大丈夫。自然に……そうあくまで自然に。


「よかった。じゃあ、仕事終わったら声かけてね」

「ハイ」


 心を無にして頷きながらパソコンの電源を入れると、タイミングよくポケットに入れていたスマホのバイブが鳴った。



 ≪――――新着コメントが届いています。≫



『ほら、桐島さんっていつも忙しそうにしてるから』


 まあ、あながち間違ってはいないんだけど。溜息を吐きながら、パソコンが立ち上がるまでの間、スマホでまたブログサイトを開いていた。








【週間ランキング】


☆1位☆ 『りある逆はーれむ!?JKリアラのゆめゆめ♡ゆめにっき☆~運命のヒトに出会うまで~』


☆2位☆ 『十十 元ホストが教える一晩で1000万稼ぐ方法 十十』


☆3位☆ 『ほんとにあった怖い整形実話ブログ。~ダウンタイム編~』


          ・

          ・

          ・





 今日も一位だ。安泰安泰。


 なんだかランキングを見るのももはや確認作業になっている。昔はランキングが一つ上がるだけでテンションが上がったのに、今は何も心躍らない。


 最初はただのおふざけで「こんな女子高生いるわけねーだろ!」って笑いながら酒片手に書いていたけど、一位が続くようになってから〝リアル〟だと思っている人も結構増えたんだよな。


 まあ私も、アクセス数伸ばしたくて、実在する物や地名を出したり写真とアップしたりしてまるで〝本当に存在するかのように〟振る舞っているのもいけないんだけど。






015名無しさん

 痛すぎ。嘘ばっか。しね


016名無しさん

 ≫015

 お前ブログ作家の誰かだろ?嫉妬乙wwwww


017ファンです!

 リアラちゃんの日常本当に好きです!いつも楽しみにしてます(^^)学校生活楽しんでくださいね


018 名無しさん

 ≫017

 おいおいガチじゃないよな?こんな虚妄ブログにww


019 名無しさん

 ≫018

 本当じゃないの?この前、写真制服あげてなかった?






 このブログはフィクションです。って初めに注意書きしとけばよかったのに、見てネタってわかるだろうと思って何も書かなかったのがいけなかった。


 最近はコメントが〝嘘派〟と〝本当派〟の言い合いで荒れている。




 一年は続けているこのブログに今更そんな注意書きなんて書きづらいし、万が一そんな注意書きで閲覧数が減って書く意欲が失せたらたまったもんじゃない。


 このブログはストレスの捌け口なんだから。誰にも反応もらえずに細々と運営なんて、私のメンタルが折れちゃうっての。


 それに嘘で塗り固めた自分だとしても、誰かからちやほやされんのって悪くないし……こういう場なら若返りだって自由自在だし、仮想人物も作りたい放題。


 こんな素敵な現実逃避、今更やめられっこない。


 自分を思うように作り変えられる、いわば小説の中で主人公にでもなった気分を味わえるんだ。


 世界で唯一の癒し。ランキング一位もどうしても落としたくない。


 だから私はこのブログのネタ作りと、記事投稿で毎日忙しいっていうのは確かに事実ではあるんだよ……、





020名無しさん

 このブログどうせいい歳したババアの妄想だろ。嘘つき行き遅れおばさんきしょいw



ね。



「ぷっちーん……ぷりん……」

「え?どうした桐島?プリンが食べたいのか?」


 忘れ物を取りに来たのか。後ろを通った編集長が声をかけてきた。


 私はそのまま持っていたスマホを叩きつけるようにデスクに置いた。


「……いえ、キレただけです」

「ひっ!?」


 年を重ねた女の面倒なところを一つだけ言っておくなら、自分で言う「おばさん」や「ババア」はいいとしても他人に言われるそれはマジで本気で殺したいほど許せなくなる、ってところだろう。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る