ディスク管理社会 chapter2
目を開けると、私は知らないグループの円陣の中に組み込まれていた。
「よっしゃあ! 行くぞー!」
真正面にいる男が声を張り上げる。
というか、状況がまったくつかめなかった。
私を含め、六人の男女が輪になって腕を組み、上半身を折り曲げて円陣になっている。
なんで私、いきなり他人のスクラムに加わってんの?
「お――――って誰だお前!?」
さっき仕切っていた男がやっと私という闖入者に気づく。他の四人も異変を察し、いったん円陣はほどかれた。
「お前、いつの間に俺たちの中に入ってきた!?」
いち早く私を見つけたリーダーっぽい男が代表して訊ねる。赤いシャツを着て、髪を短く刈り上げた少年だ。私と同い年くらいに見える。
「え、えっと、
答えになってないって自覚はある。
でも、それしか言いようがない。
いつの間にか円陣の一員になってました、なんて正直に言っても、ますます怪しまれるだけだ。
「まさか博物館の警備員か? 俺たちを捕まえるつもりか?」
「いいえ、そんなまさかぁ」
男は疑いの視線を寄越してくる。
それよりも、全然面識のないグループの中に放り込まれるというのは、私にとっては苦行以外のなにものでもない。人見知りをなめるなよ。
「なら、お前も博物館に用があるのか?」
「あ、はい、そーですね」
こういうときはてきとうに話を合わせておくに限る。
「そっかあ。じゃあ仲間だな。疑って悪かった。俺はタクマ。よろしくな」
さっきまでの態度が一変、タクマは人懐っこい笑顔を浮かべ、馴れ馴れしく肩を叩いてきた。
う。こういうノリの人はどうも苦手だ。
「俺はエイジだ」
タクマの隣にいる、青いシャツに眼鏡をかけた少年が名乗る。タクマとは違い、まだ私を信用していないのか、その目つきは鋭い。
「ショーコです。よろしくね」
黄色いシャツの、ショートカットの髪型が活発そうな印象を与える少女は手を差し出す。しかたなく、私は握手に応じた。
「僕は、ヨースケっていうんだ」
緑のシャツを着た、小柄な男の子は小さな声で言う。前髪で少し目が隠れている、気の弱そうな人だ。ちょっとだけ親近感が湧いた。
「サキだよ」
ピンクのシャツに、長い髪の女の子はお辞儀をする。ぴったり九十度だった。真面目な子だ。
私もつられて頭を下げた。
赤がタクマ、青がエイジ、黄色いショーコ、緑のヨースケ、ピンクのサキ。
人の名前と顔を覚えるのは得意な方じゃないけど、色と結び付けたら割と簡単に覚えることができた。
カラフルなシャツを着た、年の近いの五人の少年少女。戦隊でも作れそうだ。
にしても、これだけいたら誰が夢見人かわからない。
「私はみほろです。それで、どうしてこんな夜中に集まっているんですか?」
私たちは真っ暗な外にいた。星と月がはっきりとよく見える。暗くても、夢の中だから五人の服の色と顔はなぜかわかる。空気は湿っていて、風も生温かった。
「ここに忍び込むんだよ」
タクマは親指で後ろを差す。
彼の後ろ、私の正面には、淡いベージュ色の大きな建物があった。四角形だけをくっつけて造られたようで、およそ丸みと呼べるものがまったく見当たらない。近未来のイメージに紹介されそうな建物だ。
「ここは?」
「博物館に決まってるだろ?」
タクマが眉を寄せる。そういえば、さっきそんなことを言ってたな。
「夜中に博物館に忍び込んでなにするの?」
夜の建物に入るのは、なんだか勇気がいる。感情の見えない怪獣の口の中へ自分から食べられていくみたいだ。真っ暗な博物館は、私たちを拒んでいるようだった。
「ディスクを書き換えるんだ」
エイジが答えた。彼は眼鏡のつるをつまむ。
「博物館というのは通称で、正式名称はディスク管理センターだ。その名の通り、ここには国民全員のディスクが保管されている」
「ディスクって、なんです?」
私のその一言で、場は白けた。
「本当に知らないの?」
ショーコが呆れたように言う。両手を腰に当てていた。
「こりゃ重症だ」
やれやれ、とエイジが腕を組む。
「あのね、みほろちゃん」
サキが苦笑しながら口を開いた。
「ディスクっていうのは、丸くてドーナツみたいに穴の開いた、平べったい銀色のものなんだけど……」
「いや、それは知ってる」
私は手を肩の位置まで上げる。
「だけど、それがここではどういう役割を持っているのかが、わからないの」
ここがどういう世界なのか、どんなルールに基づいているのか。そこを理解するのが第一だ。味噌汁の世界のときも、まずそこで苦労したもんだ。
「そのディスクには、なにが入ってるの?」
ようやく、核心に迫る質問にたどり着けた。
ディスクの中身が重要なんだ。映像か、音声か。ディスクというからには、なにかしらを収録しているはずだ。
「履歴だよ」
自己紹介のとき以来、口をつぐんでいたヨースケがぽつりと言った。
「履歴?」
「善行とか、徳とか、その人がどんなことをしてきたか、どういう人物なのかを判断する材料が、ディスクの中には詰まってるんだ。入試や就職のときなんかに、ディスクを見て採用するかどうかが決められるようになってる」
だから「履歴」か。なるほどね。やっと少し飲み込めてきた。
「えーと、でも、そのディスクを書き換えるって、言ってませんでした?」
「そうだ」
タクマがうなずく。
「俺たちは自分のディスクの中身を『いい人』になるように書き換えて、人生を有利にするのさ」
彼の太い眉毛が、ぴんとつり上がっていた。
ここでは、ディスクの中身で人柄が判断される。だから、ディスクを自分の都合のいいように上書きする。そういうことか。
でもそれって――――ずるじゃん。
「お前もそのために来たんじゃないのか?」
違いますけど。
でもとりあえず首は縦に振っておく。
「なら、俺たちは仲間だ! 絶対に自分のディスクを改造して、楽に生きるぞ!」
おーっ、と五人は声の色を合わせる。
楽して生きたい。その気持ちはよくわかる。
でも。
頑張る方向が、致命的に間違っている気がした。
気の進まないままに、私は博物館に入る五色の後ろをついていく。生温い風が、私の背中をねっとりと押した。
博物館の中は、ひんやりと冷たい空気で満たされていた。電気は点いておらず、無機質な廊下が、一直線に暗闇の中に伸びている。
先導するタクマの懐中電灯の光のあとを、私たちは続いていた。丸い光が廊下を切り取る。落とし穴があるわけじゃないだろうけど、どうしても歩調は慎重になった。
「この博物館は完全な昼型なんだ。夜には職員も用務員も誰一人いなくなる」
タクマは小声でわざわざ解説してくれた。
大事そうなものを保管している割には、ずいぶん雑な警備だな。
まあ、夢だし、楽だからいいけどさ。
「ただし、生きた人間がいない代わりにスキュラがうろついている。やつらに気をつけなきゃいけない」
「スキュラって」
なに? と訊ねるのをやめて、私は前方を指差した。
「もしかして、あれ?」
ちらりと懐中電灯の光がよぎる廊下の奥には、一つの人影があった。
いや、その正体は人じゃない。
二十メートルほど前では、人型の上半身とシャコのような下半身を持つ不気味なロボットが、何本もの細い足を動かして歩いていた。ぶっ飛んだ芸術家の作品に通じる、独特な気持ち悪さを備えている。開発者は絶対に頭がおかしい。
「出た! スキュラだ!」
「ちょっとタクマ、声でかいって!」
ショーコが注意するも、もう遅い。スキュラと呼ばれた警備ロボットは私たち即席戦隊に気づき、しゃかしゃかと走り寄ってきた。その顔面は、鏡のようにつるつるしていて、自分の顔ではなく私たちの顔を表面に映している。スキュラに反射している私たちの姿は、まさに獲物そのものだった。
「逃げろ!」
タクマたちがUターンする。私も回れ右をして全力で走った。
「みんな、待っ、て」
ヨースケが足をもつれさせている。そのすぐ背後にはスキュラの姿が。
「急げ!」
エイジが叫ぶが、スキュラは容赦なく迫ってくる。ヨースケの足は遅い。私たちとヨースケの距離が、徐々に遠くなる。対照的に、ヨースケとスキュラの間隔は狭まってきていた。
「いやだああああ!」
やがて、ヨースケに追いついたスキュラの体の中心に、縦に一本の線が走る。その線を境にスキュラの体は左右に開き、緑の少年を取り込んだ。
ヨースケは右手を私たちに伸ばす。しかし、その手は空を切るだけで、機械の体の中へ吸い込まれていった。ロボットが体を閉じると、ヨースケの断末魔の声が途絶えた。
スキュラは私たちを深追いせずに、背中を向けて廊下の奥へ消えていく。閉じた体の隙間から、緑色の布がはみ出ている。人を食べる、生きた棺桶のようだった。
「ヨースケ!」
タクマの声が無機質な廊下に反響する。けれど、返事はなかった。
「ちくしょう!」
タクマは膝をつき、床を叩く。
「ヨースケはいいやつだった。人一倍気は弱かったが、人一倍優しかった。遠足の日に弁当を忘れた俺に、チーズ入りハンバーグをくれるようなやつだった。それが最後のおかずで、まだ白米も残ってたってのに、あいつ、無茶しやがって……!」
それはだいぶ優しいな。
「体育祭で弁当を忘れたときはエビフライをくれたし、文化祭に忘れたときは唐揚げだった。あの味は一生忘れねえ……!」
弁当忘れすぎだろ。作ってくれたお母さんに恨みでもあるのか。あと、弁当のおかずじゃなくてヨースケくん本人のことを覚えててあげようよ。
呆れながらも、私は声をかける。
「ヨースケくんを、助けに行かないの?」
エイジがゆっくりと首を振った。
「スキュラに取り込まれたらもうおしまいだ。戻ってきたやつはいない」
そう言って、眼鏡のフレームを顔に押し付ける。
「ヨースケくん、手を取ってあげればよかった」
サキは両手で顔を覆っている。
それからおもむろに立ち上がったタクマは、拳を握った。
「みんな! くよくよしてばかりじゃいられねえ! ヨースケの分までいい人になろうぜ!」
上がる号令と士気。再び吹き込まれる熱気。
けれども私の心は逆に冷えていた。
なんで、誰もヨースケくんのことを諦めてるの?
いい人って、なんだろう。
納得できないままに、一人減ったメンバーで、博物館内を突き進む。
私と四人の距離は、少し空いていた。
「この向こうに、ディスクがあるはずだ」
タクマが照らした先には、映画館で見かけるような両開きの扉があった。
あれから私たちは廊下をずっと進み、一回だけ右に曲がってここに着いた。途中、スキュラを見かけたら口を閉じ、(おもにタクマが)声を出すのをこらえて端の壁に張り付いてやり過ごしていた。ここに来るまでに計三体、スキュラを見かけた。
抜き足差し足忍び足で、私たちは扉に近づく。
右側の扉にタクマが、左側にエイジがそれぞれ寄りかかり、取っ手をつかむ。
その後、二人はこくんとうなずき合って、ゆっくりとドアを押していく。
傾く角度が大きくなる扉の向こうから、光の筋が差し込んできた。最初は一筋だった光が、何条にも枝分かれする。完全に扉を開き切った頃には、暗闇を切り裂くかのようにまばゆい光が私たちを温かく包み込んでいた。
光の正体は、扉の向こうの部屋の壁一面に並べられている無数のディスクだった。銀色の円盤が幾重にも光を反射して、巨大な光源になっているんだ。
部屋は円形をしていて、壁が緩やかなカーブを描いていた。直径は百メートルにもなるだろうか。部屋というより、ドームといった方がしっくりくる。
「きれい……」
ショーコが私と同じことを思っていた。
三百六十度に私たちを囲む、ディスクの大群。ダイヤモンドを思わせる銀色の光に包まれたこの光景は、確かに圧巻だった。私たちは思い思いに散って、大量のディスクを眺める。
「この中に、あたしたちの人生が……」
ショーコがディスクの一枚に手を伸ばす。
そのとき、部屋中のディスクが真っ赤に光った。
耳障りなブザーがけたたましく鳴り響く。
「ショーコ! 手を離せ!」
タクマが必死で怒鳴る。
「え」
ショーコが慌てて手を引っ込めると、彼女の触れていたディスクがぱたんと裏返り、赤い光線を放つ。赤光はスポットライトのようにショーコの足元を照らす。丸く縁どられた床が開いて、その中から、人間の上半身とシャコの下半身を持つロボットが這い上がってきた。
スキュラだ。
明滅する光を浴びて、真っ赤に染まった体で近づいてくる。怒っているようにも見えた。
その鏡面のように磨かれた顔には、ショーコがばっちりと映されている。
「逃げろ!」
エイジが指示を出すが、ショーコはスキュラに手足をつかまれた。手は上半身の人型の腕に、足は下半身のシャコの部分のハサミに、がっちりと捕らえられている。
「え、やだよ……」
ようやく事態を察したのか、ショーコは首を振る。彼女を迎え入れんと、スキュラの体が左右に割れて、大きく口を開けた。
スキュラの中に沈み込みながら、ショーコは首を回して私たちの方を見た。
「助けて」
それが、ショーコの最後の言葉だった。闇の中へ溶けていく彼女の眼尻には、涙が浮かんでいた。スキュラがショーコの髪の毛の先まで一本残らず飲み込み、勢いよく口を閉じると、彼女の流した涙が一滴、床にこぼれ落ちる。雫がきらりと光って床に染み込むのが見えた。
「ショーコ――!」
ブザーは止み、赤い光も大人しくなる。ドーム内に銀色の沈黙が帰ってきた。
もう役目は果たしたと言わんばかりに、そそくさと床の穴の中へ戻っていくスキュラ。扇形に広がるシャコの尻尾を見ながら、タクマはがっくりと崩れ落ちた。その後、ぽつりぽつりと思い出すように言葉を吐き出していく。
「ショーコはいいやつだった。俺たちの中で誰よりも正義感が強くて、誰よりも喧嘩っ早かった。みんなで協力して花の種を植えた花壇に足を踏み入れたやつをぼこぼこにぶん殴り、制裁が終わったあとに、気づけば誰よりも花壇を踏み荒らしていたような女だった……」
正義感が空回りしてたんだね。
え、なに? これって、誰かが退場するたびに言っていくの? そういう決まりでもあんの?
エイジもサキも、しみじみと目を閉じて思いにふけっていた。まるで追悼だ。
タクマはかっと目を見開いた。
「お前ら、ヨースケとショーコの犠牲を無駄にしちゃだめだ。絶対にいい人になってやろうぜ」
まただ。口ではよさげなことを言ってるけど、二人を見捨てて、助けることをはなから考えちゃいない。
その果てに待っている「いい人」って、本当にいい人なんだろうか。
メンバー二人を失ったあと、私たちはドームの中央に集まって作戦会議をしていた。壁際だと、展示してあるディスクにうっかり触りかねない。
「不用意にディスクに触れると、さっきみたいにスキュラが駆けつけてくる。でも、ディスクに触らないことには書き換えようがない」
場を仕切っているのは、やはりタクマだ。この人が
「スキュラ対策のために俺たちが用意したものも、残念ながらどれも効果はなさそうだ」
「なに用意したの?」
私の問いに、タクマはリュックを漁る。
「十字架、ニンニク、聖水、銀、白木の杭などだな」
吸血鬼でも倒すつもりだったのかよ。相手はオカルトじゃなくてテクノロジーの産物だぞ。
いや、待てよ?
私の中にある考えが芽吹く。
もしかして……
私は訊ねる。
「鏡って、ある?」
「ああ、あるぜ」
タクマは首肯し、手鏡を取り出した。
「吸血鬼は鏡に映らないからな」
ついに吸血鬼対策だと認めたな!? 対策を講じるべきはドラキュラじゃなくてスキュラだろ!
でも、ひょっとしたら、いけるかもしれない。私はタクマから受け取った手鏡を手にして、思案にふける。
「あのさ」
私は思いついたアイデアを口にした。
「考えが、あるんだけど」
上手くいくかどうかはわからないけど、作戦開始だ。
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