第162話 ボコボコ

「おのれっ!! 糞餓鬼が!!」


「糞はお前だって……」


 顔面を殴られた痛みから、怒りで顔を赤くする重蔵。

 その鼻からは血が流れている。

 怒りにより抑えられなくなっているらしく、濃密な殺気が限へと向けらえる。

 常人ならその殺気だけで気を失うところだが、限は涼しい顔で受け流した。


「死ねーっ!!」


「殺せるもんなら殺してみろよ!」


 先程同様、操作できるギリギリまで身体強化をおこない、重蔵は限へと斬りかかる。

 しかし、同じ魔力量を纏った限は、迫りくる重蔵の攻撃を躱したり刀で弾いたりすることで回避する。

 魔力操作にも意識を向けているため、必死な表情な重蔵に対し、限は余裕があるのかうっすらと笑みを浮かべている。


「くそっ! くそっ!」


 繰り出す攻撃がことごとく回避される。

 そして、限から余裕を感じることが、さらに重蔵を焦らせる。

 先程の攻撃もそうだが、まるで限はいつでも自分を殺せると言っているように感じるからだろう。


「このっ!!」


 攻撃を躱され続けることによる焦りからか、重蔵の攻撃は次第に大降りになる。

 そして、力んだ重蔵は、振り上げた刀を振り下ろした。


「おらっ!」


「うごっ!?」


 大降りになったことで、隙が大きくなる。

 その隙を狙い、限は左拳でリバーブローを放つ。

 その直撃を受け、重蔵はうめき声をあげ、腹を抑えてたたらを踏んで後退した。


「うぅっ、き、貴様……」


 口から涎を垂らしつつ、重蔵は限のことを睨みつける。


「何故刀で斬りかかってこない!? 俺を舐めているのか!?」


 隙ができたところを攻撃してくるのは分かる。

 しかし、その攻撃が刀でないことが、重蔵にとっては気に入らない。 

 別に斬られたいというわけではない。

 攻撃をしながらも、限の刀には警戒していた。

 それなのに、一向に攻撃に使用してこない。

 まるで手を抜いているように感じ、自分が舐められていると判断した重蔵は怒り心頭といったようだ。


「舐めているわけではない。一刀のもとに斬り捨てるだけでは俺の気持ちが治まらないだけだ」


「何っ!?」


 血のつながった父と子ではあっても、研究所に自分の身を受け渡した時点で、その関係は断ち切られている。

 断ち切ったのは重蔵の方だ。

 それによって、自分は地獄の苦しみを幾度も幾度も味わうことになった。

 ありとあらゆる薬物・毒物による人体実験による苦痛。

 重蔵やオリアーナへの怒りと憎しみの力でそれに耐えても、肉体までは耐えきれず、見るも無残な醜い姿に変化し、ごみのように捨て去られた。

 その恨みを晴らすには、重蔵を殺すことは確定している。

 しかし、刀によってあっという間に斬り殺すというのでは完全にすっきりしない。

 自分が受けた苦しみを、少しでも多く・長く味わわせたうえで殺さなくては気が済まない。

 たしかに、ここまでの攻防で殺せる機会はあったが、殺したい気持ちを抑えて打撃による攻撃をおこなっているのだ。

 そう言った意味で決して舐めているわけではない。


「ふざけるなー!!」


 どう言おうが、いつでも殺せるにもかかわらず殺そうとしないのは、舐めているということに変わらない。

 無能として切り捨てた息子にコケにされて、重蔵は怒り狂ったように限へ刀を振り回し始めた。


「うるせえよ!」


「がっ!?」


 大降りにならないようにと意識しつつ刀を振り回す重蔵だが、雑になっているため、僅かな隙を狙って限は殴りつける。

 スピードを重視したジャブにより、重蔵顔が弾かれる。


「てめえは死ぬまで痛めつけてやるよ!」


「く…そっ!!」


 殴られた場所が赤く腫れ、口から血を流す重蔵。

 それを見た限は、獰猛な笑みを浮かべる。

 その表情を不快に思いながらも自分の攻撃が通用しないため、重蔵は歯を食いしばりながら再度攻撃を開始する。


「オラオラオラッ!!」


「フグッ!? ゴッ!? ウグッ!?」


 重蔵の攻撃に対し、限は間隙を縫って拳を打ち込んでいく。

 その攻撃が当たり、重蔵はそのたびに顔を腫らしていった。


『刀を使わないのならっ!!』


 先程も言ったように、限は刀を使わずに攻撃してくる。

 そのことから、重蔵は考えを変えたようだ。

 限が手にする刀への意識を下げ、どうやって自分の攻撃を当てるかという考えにだ。

 大振りで斬りつけようとする重蔵の攻撃。

 それを躱し、できた隙を逃すわけもなく、限が攻撃をしかける。


「ガッ、アァーッ!? 」


『なるほど……』


 限が重蔵の顔面を殴る瞬間、重蔵は反撃に出る

 刀ではなく拳で攻撃をしてくる。

 それが分かっているのなら、殴られる瞬間に斬りつければ、限に攻撃が加えられるはずと重蔵は考えたのだろう。

 まさに肉を切らせて骨を断つといった攻撃に、限は頭の中で納得の声を上げていた。


“ガキンッ!!”


「そんなことさせるかよ」


「っ!?」


 確かに刀は攻撃には使用しないが、防御には使用する。

 殴った瞬間に迫りくる重蔵の攻撃を、限は刀で受け止めた。

 苦肉の策として放った攻撃が防がれ、重蔵は驚愕の表情に変わる。

 殴られるのを覚悟で放った攻撃。

 これが防がれてしまうとなると、もう自分が限に攻撃を当てる手段が思いつかなかったからだ。


「ハーッ!!」


「ガッ!?」


 攻撃を防がれて足が止まった重蔵に対し、限は情け容赦なく拳を振るう。

 その強力な一撃を食らい、重蔵は吹き飛んだ。


「ぐっ、ぐうぅ……」


 玉座の間の床を何度も跳ねるようにして転がった後、重蔵の勢いはようやく止まる。

 顔の数か所を腫らし、床に打ち付けたことで体中に痛みが走る。

 その痛みに耐えるようにして、重蔵はヨロヨロと体を起き上がらせる。


「ハハッ! 敷斉王国の王ともあろうものが、ボロボロじゃないか」


 敷島の中でも最強ともいえる存在だった父の重蔵。

 それが、自分の手によって痛めつけられ、ボロボロといった状態だ。

 その姿は限の心を軽くしてくれる。

 復讐心が満たされているからだろう。

 しかし、それで完全に治まるわけではない。

 そのため、限は馬鹿にするように重蔵のことを嘲笑った。


「お、おの…れ……」


 魔力を持たない魔無しの無能。

 そんなのが自分の息子だと思うと耐えきれず、重蔵は切り捨てるために限を研究所へ売り渡した。

 そして、研究所で死んだはずの限が生きて目の前に現れ、自分を好き勝手に痛めつけている。

 その屈辱に耐え、何としてでも仕留めることを決意した重蔵は、ようやく床から立ち上がった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る