第161話 父

「ハッハッー!! どうした!? 防戦一方ではないか!?」


「……チッ!」


 父の重蔵との戦闘を開始した限。

 重蔵が言うように、ここまで限は防戦一方だった。

 そのため、上機嫌な重蔵の態度に、限は思わず舌打ちをする。


「所詮魔無しの貴様など、そこまでが限界なのだ!」


「…………」


 距離を詰めての右薙ぎ。

 その攻撃を、限は刀を弾いて防ぐ。


「フンッ!!」


「…………」


 防がれても気にすることなく、重倉は攻撃を続ける。

 手首を返しての左斬り上げ。

 その攻撃を、限はバックステップをすることで回避する。


「逃げてばかりいないで、反撃してみろ! この雑魚が!」


「…………」


 距離を取った限に対し、またも距離を詰めてくる重蔵。

 流れるようなその剣技は、さすがと言わざるを得ない。

 無理やりとはいえ、敷島の頭領になるだけの実力は伊達ではないということだろう。


『……じゃあ、そろそろ……』


 攻撃をしてみろという重倉の言葉を聞き、限は心の中でこう呟く。

 これまで防戦一方だったのは確かだが、これまで傷1つ付けられていない。

 つまり、


「シッ!!」


「うぐっ!」


 振り上げた刀で袈裟斬りを放つ重蔵の攻撃を左に躱すとともに、限は一歩前に出て左拳を横っ腹に打ち込む。

 その攻撃を受けた重蔵は、追撃を警戒して距離を取った。


「チッ! 少し大振りになったところを狙われたか……」


 軽く腹をさすってダメージを確認した重蔵は、思わず舌打ちをする。

 大したダメージではないが、限から攻撃を受けたことが気に入らないようだ。


「まぐれはこれっきりだ。もう次はない」


 先程までの重蔵の笑みを消し、重蔵は刀を構える。


「ハッ!!」


「っ!?」


 床を蹴り、限との距離を詰めてくる重蔵。

 先程までより動きのキレが増したように思える。

 その違いに、限は僅かに目を見開く。


「シッ!」


 距離を詰めるとともに、突きを放ってくる。

 それはフェイントで、重蔵は左にステップするとともに逆袈裟斬りを放ってきた。


「フッ!」


「っ!? がっ!!」


 逆袈裟斬りを放ってきた刀を、受け流すように軌道をずらす。

 そして、限は重蔵の鳩尾に前蹴りを放った。

 攻撃後の隙ができたところへの攻撃により、限の前蹴りは深々と刺さった。


「…………」


「くっ! このガキッ!!」


 攻撃が入っても特に嬉しそうにするわけもなく、限はただ無言で重蔵を見つめる。

 またしても攻撃を受けたことに意外そうな表情をしていた重蔵だったが、限の態度が癪に障ったらしく、こめかみに血管を浮き上がらせた。


「……それが全力か?」


「何っ!?」


 はっきり言って、防戦一方だったのは限が意図したものだ。

 重蔵の刀捌きは確かにすごい。

 その技術を見てみたいという思いから、ただ受けに回っていたというだけだ。

 一通り見たことで、勉強できた。

 もう、これ以上受けに回る必要はないと攻撃を開始したのだが、重蔵から盗める技術は全て手に入れたい。

 そう考えて話しかけるが、それを重蔵は挑発と捉えたらしく、さらに怒気を強めた。


「……良いだろう。全力でいってやる!」


 これ以上限を調子付かせるのは不愉快でしかない。

 その思いから、重蔵は身体強化の魔力を増やす。

 これまでの倍近い魔力量による身体強化から、単純に考えるなら速度も力も倍になっていることだろう。


「ハァッ!!」


「っ!!」


 右に左に高速移動をし、限を翻弄するように接近する重蔵。

 その移動速度によって限の死角に入ると、力を貯めて床を蹴る。

 さらに加速度を増した移動速度を利用して、重蔵は限の心臓目掛けて突きを放ってきた。

 その攻撃を、限は体を横にずらすことで回避する。

 しかし、完全に回避することはできず、限の左の肩から血が舞った。


「っ!! ほぉ、よく躱したな」


 重蔵からしたら、この攻撃で限を殺すつもりだった。

 それが、肩口を僅かに斬っただけで、仕留めることができなかった。

 見えているわけでもないのに回避したことに、重蔵は感心したように限を褒めた。

 勘で避けたのだと判断したようだ。


「この程度の傷で喜ぶなよ」


「っ!? 回復が使えるのか……」


 限の肩口の傷がすぐに消える。

 回復魔法によって治したからだ。

 魔力が使えるようになったことは分かるが、まさか回復魔法まで使えるようになっていたとは思わなかったため、重蔵は驚きの声を上げた。


「それで? 今のが全力か?」


「……だったらなんだというのだ?」


 回復した限は、先程と同じ問いを投げかける。

 その真意が分からず、重蔵は訝し気に問い返した。


「ハァ~……。だったら残念だ……」


「……何!?」


 ため息を吐きつつ呟く限。

 その態度と内容なだけに、理解するまでに時間がかかったのか、重蔵は一瞬固まったのち、段々と怒りの表情へと変わっていった。


「薬を使ってもその程度でしかないのが残念だ、と言っているんだ」


「……殺す!!」


 戦闘に特化した民族である敷島の中で現在最強の重蔵が、新型の強化薬を使用した。

 どれだけ強いのかと思って対峙していたが、いつまで経っても自分に死の恐怖を与えるまで至らない。

 まだ本気を出していないのではないかと思って何度か問いかけてみたが、ここまでが限界のようだ。

 そのことが本気で残念に思った限は、それをそのまま口にした。

 それに対し、完全に舐めた言葉を吐く限に、重蔵は他人から見ても堪忍袋が切れたといった表情で限に刀を向けた。


「死ねっ!!」


 魔力を足に貯める重蔵。

 自分が制御できるギリギリまで身体強化することで、これまで以上の速度で限に襲い掛かるつもりのようだ。


「遅い!」


「っっっ!?」


 重蔵がまさに床を蹴る瞬間、目の前には限が迫っていた。

 自分がやろうとしていたことを、限の方が速く行ったということだ。

 刀で斬りつけられれば、その時点で自分は殺される。

 その時、重蔵の頭の中では走馬灯のように色々なことが巡った。

 しかし、目の前の限は左拳で自分の顔面を殴りかかってきている。

 つまり、限からするといつでも殺せるということだ。

 そのことが分かり、一気に恐怖が襲い掛かってきた重蔵は、全く動くことができずに迫りくる限の拳を顔面に食らうことになった。


「ふべっ!!」


「おぉ! 最高に気持ちいい感触だ!」


 研究所に送られてから、いつか必ず重蔵の顔面を殴りつけたいと考えていた。

 人体実験によって普通の人間よりも色々な感覚が鈍くなっているとはいえ、その念願がかなった限は、沸き上がる歓喜に笑みが抑えきれなかった。


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