第160話 想起

『あと少し……』


 アデマス王国時代からと思われる、王城の地下通路。

 恐らくは、王族を王都から脱出させるために作られたのだろう。

 その通路を通り、脱出を図るオリアーナ。

 外への出口となる、遠くに見えた光が差し込む場所が近づいてくる。

 まずは王都からの脱出ができると、オリアーナは心の中で若干の喜びと共に呟いた。


「敵がいたら、殺さない程度に痛めつけて」


「「「「了解しました!」」」」


 強化薬の開発に当たり、作用・副作用を調べるための験体の敷島兵たち。

 彼らを奴隷化して脱出のための護衛に利用したが、4人しかいない。

 どんなに強くても、数には勝てない可能性がある。

 それならば、こちらも数を増やすしかない。

 そう考えたオリアーナは、出口の先にアデマス軍の兵が待ち受けていた場合、その者たちを生きて捕え、奴隷化し、自分の駒として利用することにした。

 その指示を受けた護衛の4人は、奴隷化されていることもあって、何の反論もすることなく了承した。


「「「「っっっ!?」」」」


「っ!? 何っ!? どうしたの!?」


 急に護衛たちが足を止めて後方に視線を向ける。

 その反応に、オリアーナは戸惑いの声を上げた。


“ヒュンッ!!”


「くっ!!」


 高い音と共に、バスケットボール大の魔力球が飛んできた。

 オリアーナに向かってきたその魔力球を、護衛の1人が彼女の前に立ちはだかるようにして受け止めた。


「ぐうぅ……」


 魔力で強化した両腕をクロスすることで防ぐことに成功した護衛の男だが、その威力の高さゆえ、両腕に結構なダメージを受けたらしく、痛みで顔を歪ませた。


「……誰?」


 護衛のことなんか興味はない。

 それよりも、誰が自分に向けて攻撃をしてきたのかを確認するために、オリアーナはこちらに向かってくる者のことを見つめた。


「追いついた……」


「チッ! 使えないわね! あいつら……」


 近づいてきた人間に見覚えがあり、オリアーナは舌打ちをする。

 護衛である4人の敷島奴隷とは違い、戦闘能力の皆無ともいうべき研究員たち。

 その者たちを薬で魔物化して足止めに利用したというのに、殺すことどころか止めることができなかったということだ。

 せっかく自分のために利用してやったというのに、役に立たなかった研究員たちのことをオリアーナは役立たずと斬り捨てた。


「しつこいわね! どうしてそこまで私の命を狙っているのよ!?」


「……ほんと不快な女ね」


 執拗に自分の命を狙うレラのことが理解できない。

 オリアーナからすると、レラのことなど全く心当たりがないからだ。

 その態度がさらにレラの気に障る。


「検体番号94番……」


「……94番?」


 自分のことを思い出さないままでも構わないのだが、思い出させ、後悔させてからオリアーナを殺したい。

 そう考えたレラは、人体実験を受けた研究所内での検体番号を告げてみた。


「アデマス王国時の研究所で廃棄した最後の番号がたしか……」


 その言葉を聞いて、オリアーナは心当たりがありそうな言葉を漏らす。


「……そんな、まさか……」


「思い出した? あんたを殺すために廃棄場から蘇ったのよ」


 少しの間思考を巡らせ、レラの顔を見ているうちに思い出したのか、オリアーナは顔がだんだんと青くなっていった。

 まるで幽鬼でも見たかのような表情だ。

 その表情から、オリアーナが自分のことを思い出してくれたのだと分かり、レラは依然と笑みが浮かんだ。

 オリアーナからすると、その笑顔すら恐怖に映っただろう。


「こ、こいつを殺しなさい!」


「「「「了解!」」」」


 レラに恐怖を感じたオリアーナは、悲鳴交じりの声で護衛の敷島奴隷に指示を出す。

 それを受け、敷島奴隷たちは返事と共にオリアーナの前へ出る。


「4人と言っても、私に勝てるとでも思っているの?」


 少し前に遭遇した時、4人のうち2人はアルバによって吹き飛ばされていた。

 もしかしたら、そのアルバがいなくなっていることから、レラなど大したことないと思っているのだろうか。

 身なりなどから4人とも敷島の人間のようだが、強化薬を使用しているように見えない。

 そんな状態で自分に勝てると思っているのなら、舐めているとしか言いようがない。

 刀を抜いてジリジリと近づいてくる4人に対し、レラは限から与えられた薙刀を構えた。


「ハッ!!」


「「「「っっっ!!」」」」


 敷島奴隷の4人が一斉に自分に襲い掛かろうと、僅かに腰を落とした瞬間。

 そのタイミングを待っていたかのように、レラは4人に向かって魔力球を放出する。

 手を向けるなどの動作もせず、バラバラの位置にいる4人に向かっての魔力球の放出は、意識だけで魔力を操る高等技術だ。

 敷島の人間なら、その難易度を理解している。

 そのため、敷島人でもないレラがこのような攻撃をしてくるとは思わず、敵の4人は目を見開いた。


「ぐっ!!」「っ!!」「くっ!!」「っと!!」


 レラから近い位置から順に、自分に迫る魔力球に対処する。

 3人はギリギリ回避することができたが、一番近くにいた先程魔力球を防いだ男は、回避できないと察したのか刀受け止めた。

 先程のダメージも抜けきっていないうちに、またも強力な一撃を防いだことで、両手がプルプルと震えている。

 もしかしたら、受け止めた衝撃で手がしびれているのかもしれない。


「ちょっ、ちょっと! 何やってるのよ!」


 レラの1人くらい、4人ならすぐに倒せるとオリアーナは思っていた。

 しかし、先ほどの魔力球を回避してから、4人は動けなくなっている。

 明らかに良くない雰囲気に、オリアーナは慌てたように声をかける。


「これを吞みなさい!」


「「「「ハッ!!」」」」


 このままでは埒が明かない。

 そう判断したオリアーナは、4人の敷島奴隷たちそれぞれに、1粒の錠剤らしきものを投げつけた。


「っ!? 強化薬?」


「その通りよ。よく知っているわね」


 錠剤とわかり、レラは何を投げつけたのかを察する。

 オリアーナが作り出した強化薬だろう。

 レラのつぶやきに対し、強化薬さえる替え刃4人がレラに勝てるだろうと確信し、笑みを浮かべた。


「今更強化薬なんて……」


「あなたこそ、この強化薬相手を使用したこいつらに勝てると思っているの?」


「なんですって?」


 これまで、強化薬を使用した敷島兵を相手に戦闘したことは何度もある。

 限の元許嫁の菱山奈美子が使用した時は手に余ったが、戦闘を重ねて強くなった今では脅威にはなり得ない。

 そのため、レラが興味なさげに呟くと、その言葉が言い終わる前にオリアーナが話しかけてくる。

 その自信がどこからきているのか分からず、レラは問い返した。


「こいつらに渡したのは新型の強化薬よ!」


「えっ?」


 オリアーナの返答に、レラは訝し気な表情で反応する。


「ハッ!!」


「っ!?」


 オリアーナとの会話の間に薬を飲みこんだ敷島奴隷たち。

 薬の効果がすぐに出たのか、溢れる力を利用して、1人がレラに襲い掛かった。


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