第156話 相変わらず

“ガチャ!!”


「っ!?」


「オリアーナ様!」


 限が重蔵との戦闘を始める少し前。

 城の地下にある研究所の扉が開かれ、トップであるオリアーナが入ってくる。

 他国からの侵攻により、敷斎王国は敗北続き、それを打開するために開発させられていた薬も完成し、オリアーナはその完成品を重蔵に渡しに行っていた。

 薬が完成したことを知れば、重蔵はオリアーナを始末するのではないかと、5人の研究員たちは思っていた。

 そのため、オリアーナが戻ってきたことに気付き、他の研究員たちは僅かに喜色を浮かべた。


「私たちの事は用なしみたいよ。戦いが始まったら、それに乗じて脱出を計るわよ」


「いや、しかし……」


 室内に入ってきたオリアーナは、すぐさま机の上に散乱した研究資料をまとめ始め、研究員たちに向かって指示を出した。

 その指示に対し、研究員たちは戸惑い、返事を言い淀んだ。


「どうせ残っていても殺されるだけだわ。だったら、僅かな可能性に賭けるしかないわ」


「それはそうですが……」


「脱出する方法がありません」


 城内にいた敷島兵たちの会話は、そこかしこ(城の内部に密かに仕掛けた盗聴器)から漏れ聞こえてきた。

 その情報から推察するに、城の周囲は敵に包囲された状況で、残っているのは斎藤家と近藤家の兵と数百の奴隷兵のみということだ。

 いくら敷島兵が強く、強化薬を使用したとしても、数の力でねじ伏せられるに決まっている。

 戦闘が繰り広げられるなか、戦闘能力に乏しい自分たちがこの城から脱出することなど不可能と言っても良い。

 そのため、研究員たちは浮かない表情でオリアーナに異議を唱えようとした。


「大丈夫よ」


「えっ……?」


 会話をしながら、オリアーナは自室としている資料室の中へと向かう。

 そして、部屋の奥にある棚の資料をずらし、資料で隠れていた場所にあるボタンのような物を操作した。


“ガコンッ!!”


「「「「「っっっ!?」」」」」


 オリアーナが操作を終えると、棚が音を立ててズレ始める。

 そして棚が動きを終えると、そこには金庫のような物が存在した。


“ガチャッ!!”


「こんな時のために、隠しておいたの」


「「「「「おぉ!!」」」」」


 オリアーナが金庫の扉を開くと、そこには棺が立つように並んでおり、その棺の中には4人の男が眠っていた。

 その者たちの顔を見た研究員たちは、これまでの重苦しい表情が嘘だったかのように喜色を浮かべる。

 強化薬の開発に当たり、オリアーナは作用・副作用を調べるために数人の敷島兵を験体とすることを重蔵に求めた。

 自分も使用するかもしれない薬なのだからと、重蔵もその求めに応じ、数人の敷島兵を研究所へと提供した。

 その提供された験体は使い潰し、死体は全て処分したとオリアーナは報告していたが、それは嘘だったようだ。


「こいつらを使い、王族逃走用の地下通路を使えば切り開けるわ」


「さすが!」「オリアーナ様!」


 この城は、元アデマス王国の物を改築して利用しているに過ぎない。

 そのため、アデマス王国の王族が逃走するための通路が地下に存在している。

 城の周囲を囲んでいるのは、その元アデマス王国貴族が率いた兵たち。

 その地下通路も警戒しているだろうが、出口は近くの山に繋がっているため、そこまで多くの兵を配置することは不可能なはずだ。

 それを見越し、この隠しておいた験体を薬で強化して利用し、活路を開くしかない。

 その策を聞いた研究員たちは、僅かながらも光が見えたことで喜びの声を上げ、オリアーナを称賛した。






「では行くわよ!」


「「「「「はい!!」」」」」


 研究資料をまとめ、各々の魔法の指輪に収納することを終えた研究員たちは、オリアーナの指示と共に研究所から動き始める。

 奴隷化した2人の験体を先頭に置き、研究員たちとオリアーナがその後を追い、後方を残りの2人の験体を置いて守る形だ。


「「っ!?」」


「何だ!?」「何か来たのか!?」


 同じ地下のため、逃走用通路は近い。

 警戒しつつも順調に進んでいると、後方の敷島奴隷たちが足を止め、手で一旦停止するように合図する。

 それを見た研究員たちは、小さい声で戸惑いの声を上げた。


「……女と白狼!?」


 何が追いかけて来ているのかと思ったら、1人の女と白狼だった。

 それを見て、誰もがオリアーナが呟いた言葉と同じことを思っていた。


「見つけたわ。オリアーナ……」


 その女性はレラ、白狼はアルバだ。

 オリアーナの姿を見たレラは、微笑を浮かべて呟く。


「……誰? ここに何しに来たの?」


 名前を知っているということは、自分のことを知っている様子。

 しかし、その女の顔に覚えのないオリアーナは、首を傾げてレラに問いかけた。


「……覚えていないようね。まあいいわ……」


 その問いにより、レラから先程の微笑みが消え、一瞬にして冷めた表情へと変わった。


「殺すだけだから……」


「「っ!!」」


 レラの言葉と共に、一気に殺気が膨れ上がる。

 その殺気に、敷島奴隷たちがすぐさま反応する。

 オリアーナたちを守るために、腰に差していた刀を抜きさり、床を蹴ってレラに襲い掛かっていった。


「ガウッ!!」


「「っ!!」」


 距離を一気に詰めた敷島奴隷たちの刀がレラへと迫るが、すぐに元の場所へと戻されることになった。

 アルバの前足による攻撃を受けて、弾き飛ばされたのだ。


「そんな奴らで私たちを倒せると思っているの?」


「そんな……」「バカな……」


 敷島兵のようだが、動きを見る限り強化薬も使用していない様子。

 そんな人間が、アルバの動きに反応出来るはずもない。

 相手にならないことは当たり前とばかりに、レラは問いかけた。

 逆に、敷島以外の女や、白狼程度の魔物が、敷島の人間の相手になるはずがないと思っていた研究員たちは、吹き飛ばされて戻ってきた敷島奴隷を見て驚きの声を漏らした。


「…………」


 研究員たちと違い、オリアーナはレラたちから何かを感じ取ったようだ。

 そして、この状況を打破するため、近くにいる敷島奴隷たちに対し、小声である指示を出した。


“バッ!!”


「「「「「っっっ!?」」」」」


 オリアーナの側に居た2人の敷島奴隷は、指示に従い動く。

 そして、オリアーナから渡された注射器で、5人の研究員に何かを注射した。


「お、お前ら!?」「な、何を……!?」


 敷島奴隷たちの突然の行動に、当然研究員たちは戸惑いの声を上げる。


「ガアッ!!」「グオッ!?」


 すぐに反応が現れる。

 5人の研究員たちの体に激痛が走り、変異を始めたのだ。


「行くわよ!」


 研究員たちが変異を始めたのを確認したオリアーナは、4人の敷島奴隷に指示を出す。

 その指示に従い、城外への脱出を計るため、敷島奴隷はオリアーナを守る隊形を作り、地下通路を走り出した。


「……本当に、自分以外を何とも思わない女ね……」


 研究員たちでは、強化薬を使用した所で何の役にも立たない。

 それならば、魔物化させてしまえば、レラたちを少しは足止めできる。

 その時間を利用して、自分だけでも脱出しようということだろう。

 オリアーナならこれくらいのことをやっても不思議ではないが、相変わらず自分以外の命を好き勝手にするその思考に、レラは更なる殺意が湧いてきた。


「これ以上被害者を出さないためにも、確実に始末する!」


 オリアーナを放置すれば、これからも多くの生物の命が弄ばれることになる。

 そんな事を許すわけにはいかないと、レラは魔物と化して立ちはだかる研究員たちに向かって武器の薙刀を構えた。


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