第155話 新薬

「俺がやりましょうか?」


 今にも限に向かって斬りかかりそうな重蔵に対し、天祐話しかける。

 敷島の者たちを殺しまくり、とうとう自分たちの命まで取りに来た。

 そんな、腹違いとは言え弟の限に対し、天祐も怒りを覚えているような表情をしている。

 その怒りを、自分が晴らしたいのかもしれない。


「……いや、こいつは俺がやる」


「……分かりました」


 天祐の言葉を受け、重蔵は一旦思案するような素振りを見せる。

 自分の手で始末するか、それとも天祐にやらせるかを考えたのかもしれない。

 しかし、これまで限には多くの敷島の者たちが殺され、何度も迷惑を被ってきた。

 その怒りを鎮めるためには、自分の手で仕留めるしかないと判断し、重蔵は自分が限と戦うことを決めた。

 重蔵の決定に対し、天祐は渋々といった様子で身を引いた。


「今の俺からすれば、あんたらなんてこれまで殺して来た敷島の奴らと変わらない。面倒だから2人まとめてかかってきたらどうだ?」


 これまでの戦いで、敷島の人間に苦しめられるようなことはなかった。

 オリアーナが作った強化薬を使用したとしても、自分が重蔵や天祐を相手にして苦しめられるようなことはないだろう。

 その自信があるため、限は挑発しながら2人を手招きした。


「ガキが調子に乗りやがって!」


 自分の血を受け継ぎながら、魔力を持たずに生まれて来た出来損ない。

 そんな限に舐めた態度を取られ、更に怒りが湧いたのか、重蔵は顔を赤くする。

 そして、腰に差している刀を抜き、限に向けて構えをとった。


「薬を使わなくて良いのか? 待ってやるから飲んでいいぞ」


 これまでの戦いで、敷島の人間は強化薬を使用して挑んで来た。

 ただでさえ強力な戦闘力を有している敷島の人間が、強化薬によって能力アップする。

 強化薬を使用した1人の敷島兵を倒すには、相当な数の犠牲を強いることになるだろう。

 しかし、限からすれば、所詮は借り物の力でしかなく、そこまで脅威にならない。

 父の重蔵は敷島の中でも最強と言われているが、強化薬を使用したとしてもこれまで倒して来た者とかけ離れた実力になるとは思えない。

 そのため、強化薬を使用した重蔵を完膚なきまでに叩きのめすべく、限は刀を抜くこともせず薬の使用を促した。


「フフッ!」


「……?」


 鍔に左手を掛けているとは言っても刀を抜く様子を見せない限の態度を見て、重蔵は笑みを浮かべる。

 その笑みの意味が分からず、限は不可解といった面持ちで重蔵を眺めた。


“スッ!!”


 前傾姿勢で刀を構えていた重蔵、その脚に力が込められる。

 すると、次の瞬間には限の目の前に迫っていた。

 

「っっっ!?」


“ガキンッ!!”


 とんでもない速度による急接近。

 予想していなかっただけに、限は目を見開く。

 そんな限に対し、接近した重蔵は右斬り上げを放つ。

 驚いているだけではその攻撃により斬り捨てられるため、限は懸命に反応する。

 刀を半分だけ抜いた状況で、限は重蔵の攻撃を防御することに成功した。


「くっ!」


 なんとか重蔵の攻撃を受け止めることに成功した限は、その勢いのままに後方へと跳び退く。

 そして、床へ着地をすると、すぐさま刀を抜いた。


「ほぉ、良い反応だ。まんざら口だけではないようだな……」


 重蔵としては今の一撃で仕留めるつもりでいたが、思っていた以上に限の反応が速かった。

 人体実験によって人外並みの魔力を得て、その化け物じみた魔力によるゴリ押しによる戦闘により、これまで送り出した敷島の者たちを殺してきたのだと思っていたが、思ったよりも剣技もあるようだ。

 そのことが分かり、重蔵は上から目線で限の事を褒めた。


「…………」


 強化薬を使用しない重蔵なんて、今の自分なら本気を出すまでもなく、片手で余裕の相手だと考えていた。

 たとえ強化薬を使用したとしても、たかが知れている。

 そんな認識だったため、少し油断していた。

 重蔵だけでなく天祐も居るため、念のため警戒していたことが功を奏した。

 もしも、この場に重蔵だけしかいなかったら、先程の攻撃で重傷を負っていたことは間違いない。

 そのため、今の一撃により、限は表情と重蔵に対する意識を変えた。


「……まるで、おかしいと言わんばかりの表情だな?」


「…………」


 刀を向け合い、睨み合う状態で少しの間が空くと、重蔵は限へと問いかけた。

 いくら敷島の中でも最強の実力者だと言っても、先程のような動きができるようなレベルではなかったはず。

 この数年で、重蔵が更に実力を上げたという可能性も考えられなくないが、年齢的にもここまでの成長は想像できなかった。

 そのため、限は重蔵の言葉に反応しないよう無表情に努めるが、はっきり言って図星だった。


「さっきの舐めた態度と、これまで俺の邪魔ばかりした罪を、その身をもって償ってもらおう」


「っっっ!?」


 限への言葉を言い終わると、重蔵の体から魔力が漏れ出す。

 先程の攻撃に使用した身体強化に、魔力を更に上乗せするつもりのようだ。

 つまり、先程の攻撃が本気ではなかったということになる。

 訓練によって実力を上げたとしても、重蔵の年齢的にそこまでの急成長ができるなんてありえない。

 そのため、限は驚きで僅かに眉を上げた。


「ヌンッ!!」


「くっ!!」


 使用する魔力を増やしての身体強化。

 それによって、重蔵の移動速度がさらに上がる。

 急接近と共に、限の心臓目掛けて突きが放たれた。

 初撃の時とは違い、油断することなく構えていたというのに、限はギリギリのところで刀で弾き、軌道を反らすことでその突きを躱した。


「ハッ!!」


「っ!!」


 突きを躱されることを予想していたのか、重蔵は突進の勢いのまま左手で限の顔面を殴りかかって来た。

 その攻撃に対し、限は後方へ飛び退くことで回避する。

 距離を取った限は、鼻先を軽く撫でる。

 先程の攻撃を完全に躱したわけではなく、僅かに掠めていたためだ。


『……何かやってるな?』


 40代の重蔵の戦闘力が、これほど急成長しているのはどう考えてもおかしい。

 そのため、限はずっと重蔵の体を上から下まで見て分析していた。

 そして、ようやく1つの考えが浮かんでいた。


「結局あんたも薬頼みか……」


「チッ! 気付いたか、目聡い奴め……」


 重蔵の体内の魔力の流れが微妙におかしい。

 これまでの経験から、強化薬を使用した人間特有の感覚に似ている。

 そのことから、限は憶測で呟いてみる。

 すると、見抜かれた重蔵は、舌打をして限を睨みつけた。


「脳のリミッターを解除し、これまで以上の力を発揮させることができる。オリアーナの最新強化薬だ」


「なるほど……」


 重蔵が急成長したわけではなく、オリアーナの薬の性能が上昇しただけだった。

 思っていた通りの答えが聞けて、限は納得の声を漏らした。

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