第144話 谷田の覚悟

「バ、バカな……!?」


 限が二刀流になったことで、戸惑っているのは斬り合っている光宮だけではない。

 離れた位置から、光宮の援護攻撃をおこなっていた橋本もだ。

 二刀流になったことで、自分の攻撃を防ぐのは分からなくはない。 

 しかし、光宮の攻撃までも片手で防いでいる理由が分からない。

 そのため、限の片腕を一瞬止めるだけの援護を続けるしかなかった。


「このままでは……」


 何にしても、ここから攻撃をしたところでたいした援護にならないことが決定した。

 もしもこの援護を止めたら、二刀流による攻撃が光宮に襲い掛かることになるためやめることはできない。

 だからと言って、たいして時間が稼げるわけでもない。

 ジリ貧になるのが目に見えているため、橋本は焦りの声を漏らした。


「……ハァ~、仕方ないですな……」


「っ? 谷田殿?」


 光宮家の人間の爆発により、多くの敷島兵が負傷を負った。

 限の対応を、強化薬の過剰摂取によって強くなった光宮と、その光宮を長距離から援護することを橋本に任せ、谷田は生き残った負傷者たちの救護に向かった。

 あれだけ多くの兵によって包囲したというのに、生き残っていたのは2桁にまで落ち込んでいた。

 数が減っていた分速やかに終了して戻ってきた谷田は、現状を把握するとため息と共に呟いた。

 その呟きの意味が分からず、橋本は首を傾げる。


“スッ!!”


「っ!? まさか谷田殿……」


「光宮殿だけでは無理でも、もう1人いれば何とかなるでしょう」


 何をするのかと思っていたら、谷田は懐から何かを取り出した。

 それを見て、橋本は何をする気なのかを理解した。

 谷田が懐から取り出したのは、強化薬だ。

 しかも、数錠。

 光宮がおこなった強化薬の過剰摂取を、谷田もやろうとしているということだ。


「ちょっ……」


「では!」


“ゴクッ!”


 敷島の人間なら副作用なく強化薬を使用できるとは言っても、それを過剰に摂取すればただでは済まない。

 それは光宮に言っていたことからも、谷田も分かっているはず。

 分かっていて過剰摂取しようとしているのを見て、橋本は止めようとする。

 しかし、その制止の言葉を言い終わる前に、谷田は薬を口に含み呑み込んでしまった。


「……ぐうっ!!」


「谷田殿!!」


「大丈夫です。それよりも、行きます」


 呑み込んだ薬が効き始めたのか、谷田は段々と苦しみだす。

 それを見て、橋本は心配そうに駆け寄ろうとするが、谷田は手を突きだして制止する。

 そして、肉体が変化し始めたのを確認した谷田は、限と戦う光宮の所へと向かって移動を開始した。






◆◆◆◆◆


「ハッ!!」


「くっ!!」


 光宮と橋本の攻撃を防ぎながらも、限は少しずつ反撃を開始していた。

 2人の連携にも僅かな間が生じる。

 その間を利用して、限は光宮へ斬りかかる。

 限の放った斬り上げに、光宮はギリギリのところで回避するが、完全に躱しきることはできず、胸の部分を僅かに斬られ血が流れた。


「おのれっ!!」


「フッ!」


 傷を負った光宮は、追撃を防ぐために限に向かって刀を振り回す。

 だが、そんな破れかぶれのような攻撃では、今の限には通用せず、限は余裕の笑みで光宮の連続攻撃を防いだ。


「ハッ!!」


「ぐっ!!」


 連撃を防いだ限は、その中の1つに合わせるようにして突きを放つ。

 攻撃を放ったと同時に攻撃が飛んできたため、光宮は面食らういながら必死に躱そうとする。

 しかし、限の鋭い突きを躱しきれず、頬を深めに斬られた。


「攻撃が…鋭く…なっている……」


 強化薬の過剰摂取により、様々な能力が上がっている。

 その上昇はまだ少しずつ継続しており、苦慮しつつも何とか制御できている。

 才能だけでは得られないような力を手にし続けているというのに、限はそれ以上の速度でに強くなっていっている。

 あの魔無しが、どうしてこのような力を手にしているのか。

 光宮は、とてもではないが信じられないでいた。


「何故…だ!? どうして…あの魔無しが……」


「……魔力はなかったけど、心身の耐久力だけは敷島の中で最強だったからじゃないか?」


「……何?」


 どうやって能力を手に入れたのか思わず問いかける光宮に、限は答えを教えてやることにした。

 このまま戦い続ければ、自分に斬り殺されるか薬物の過剰摂取による副作用で死ぬかのどちらかだ。

 どちらにせよどうせ死ぬのだから、気まぐれに冥途の土産ってやつをくれてやることにした。

 魔力がなく弱かった自分が強くなれたのは、研究所の人体実験による地獄の苦しみに耐えきったからだ。

 あの時の苦しみは、いくら鍛え上げた敷島の人間たちでも、肉体的・精神的にも不可能だったはず。

 結果、醜く人としての姿ではなくなったが、それ以上に手に入れた力で今の自分が出来上がったのだ。


「くそがっ!!」


 使えない人間だったから、父の重蔵は研究所送りにした。

 それが逆に仇になってしまったということだ。

 理由は分かったとしても、今どうこう言っても何の意味もない。

 通用しないと分かっていても、手を止めるわけにはいかないため、光宮は再度攻撃を開始した。


「だから……、っ!?」


 そんな攻撃は通用しない。

 そう言おうとした限だったが、それが言い終わる前にあることに気付き、反応した。


“ブンッ!!”


 その場から一歩後退した限の目の前を、風切り音を上げた刀が通り過ぎる。

 光宮による攻撃ではない。


「っ!! 谷田…殿!?」


 何者かが限へと斬りかかった。

 その姿を見た光宮は驚きの声を上げる。

 そこにいたのは、自分と同様に筋肉が肥大化した谷田が立っていたからだ。


「私も…御供させて…いただきますぞ!」


「お、おうっ!!」


 薬の副作用で、全身に痛みが走る。

 そのせいで、谷田は光宮と同じく言葉を詰まらせながら話す。

 限を倒すために覚悟を決め、薬を過剰摂取した今ではもう後戻りできない。

 谷田の決意を感じ取り、光宮は谷田の言葉に頷く。


「「ガアァーー!!」」


「あんたまでそう来たか……」


 肉体を変化させた谷田と光宮が刀を構え、同時に限へ向かって襲い掛かってきた。

 光宮だけでなく谷田まで大量の薬を使用した姿を見た限は、呆れたように呟く。

 命をかけてまで自分1人を倒そうとしているが、所詮光宮と大きな差はない強さでは無意味だ。


「だが、楽しめそうだ」


 命をかけて攻めかかってくる2人をどうやって倒すか考えると、限は面白く思えてきた。

 そのため、限は笑みを浮かべ、向かってくる2人を迎え撃った。


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