第137話 過去

「うわっ!!」


 まだ敷島にいた幼少期の限が、道場の床に尻餅をつく。

 その側には、谷田家の健之介が立っている。


「どうした? もう終わりか?」


 限が尻餅をついた原因は、健之介によるものだ。

 道場という場所からも分かるように、剣の指導をおこなっている最中だ。

 息を切らして蹲る限に対し、健之介は指導を終了するのか尋ねる。


「ま、まだまだ!」


 健之介の言葉に反発するように立ち上がり、限は再度木刀を手に向かって行く。

 しかし、健之介にあしらわれ、またすぐに倒れる。

 そんなやり取りを繰り返しながら、限は長い時間健之介に指導を受けた。


「ハァ、ハァ、ハァ……」


 健之介との指導を終え、体力が限界に来た限は大の字になる。

 息が乱れ、道場の床に水たまりができそうなほど大量の汗を掻いている。


「……ちゃんと汗を拭いておけよ」


「は、は…い」


 敷島の人間が肉体的に強靭であったとしても、風邪などの病にかかることはある。

 特に限は魔力がないため、健之介は風邪をひかないよう注意を促す。

 健之介の言葉に対し、疲労困憊の限は何とか返事をした。


「……限。お前は誰よりも真面目に私の指導を受けている」


「…………」


 指導者として、数人の子供を見ている。

 その生徒たちの中には、自分の才能では敷島の外に出られるとは思えず、半ば諦めている者もいる。

 それに対し、限は魔力がないという絶望的な状況でも諦めず、自分の指導を真面目に受けている。

 健之介はそのことを評価しているかのように、大の字になっている限へと話しかける。

 息は整ってきたが、起き上がる力が戻らない限は、健之介に目だけを向けて話の続きを待った。


「お前がどれほど努力をしたところで無駄だ。諦めて他の道へ進んだらどうだ?」


 庶子とは言え、斎藤家という敷島の中でも上位に位置する家の者。

 それゆえに、武術の指導を受けるのは分かる。

 だからと言って、魔力がなければどうしようもない。

 敷島だからという訳ではなく、この世界では魔力を使用して戦うことが当たり前のことだからだ。

 魔力がなくても、限は頭は良い方だ。

 ならば、それを生かす他の道へ進むという手もある。

 限も分かっているとは思うが、健之介は指導者である自分がはっきりと伝えるべきだと考えた。


「……ありがとうございます。僕も先生の言っていることは正しいと思います」


 自分のことを気にしてくれているが故の言葉。

 それが分かっているからこそ、きつい言葉でも受け入れて感謝する。

 健之介は、限に魔力がないからと言って、適当な指導をするようなことはない。

 だからといって、健之介は限の味方という訳ではない。

 いじめられていることを知っているが、全く関与することはない。

 味方ではないが、敵でもない指導者という立ち位置を取っていると言ったところだ。


「分かっているのですが、僕は強くなりたいんです!」


 父を振り向かせるため。

 なんて考えは最初から持っていない。

 しかし、自分が弱いせいで、母が肩身の狭い思いをするのは我慢ならない。


「……強くなってどうする?」


 強くなりたい気持ちに嘘がないのは、日頃の限の態度を見ていれば分かる。

 なんとなくその理由が気になった健之介は、気まぐれ程度の気持ちで聞いてみることにした。


「母のためです。強くならないと、誰にも意見すら聞いてもらえないので……」


「そうか……」


 斎藤家では、強くない者は人権すらないような態度をする者がいる。

 父には完全に見離されていることは諦めているが、母のためにもある程度に強くはならないと意見も聞いてもらえない。

 そのことをなんとなく察したのか、健之介は納得するように呟いた。


「もうそろそろ動けるだろ? 道場の清掃をして帰れよ」


「はい」


 話をしていたことで、限の回復したはず。

 そう判断した健之介は、道場の清掃を限に任せてその場から離れていった。


『……無駄だったな』


 魔力無しの戦闘なら、限は敷島の中でもかなり上位に入れるほどの実力はある。

 幼馴染で天才と呼ばれている奏太や美奈子よりも、恐らくは上だろう。

 健之介が指導したことはすぐに受け入れ、懸命に努力をする事を繰り返してきた賜物と言って良い。

 しかし、その力も魔力がなければ意味がない。

 結局は魔無しに生まれてしまったことで、敷島内の底辺を生きるしかない。


『あの技術に魔力が乗っていたらどうなっていただろうか? そこは気になるな……』


 知識と技術に関しては申し分ない。

 魔力がないのが、限にとって最大の問題なのだ。

 もしも、限に魔力があったなら……。

 考えても意味のないこととは分っていても、指導者としてはその「もしも」が頭に浮かんでしまう。

 魔力を手に入れた限を想像し、健之介は何故だか一瞬寒気がした。

 その時の健之介は、それを敷島最強の戦士を想像したことによるものと判断し、道場を後にした。






◆◆◆◆◆


「どうかされたか? 谷田殿」


「……いいえ、何でもありません」


 無言で限を見ている健之介のことが気になったのか、光宮が問いかける。

 それに対し、健之介は首を振って返答する。

 久々に再開したことで、健之介は昔のことを思いだしていただけだ。

 限の姿を見なくなり、斎藤家からは研究所送りにしたと聞かされた。

 健之介は、斎藤家にとってお荷物でしかないため、限を処分したのだろうと理解していた。

 てっきり研究所で殺されたのだと思っていたら生きていたと聞かされ、今は敵として目の前にいる。


「怒りを敷島へ向けたか……」


 以前アデマス王国内にあった研究所では、様々な人体実験がおこなわれていたと聞いている。

 そんな中で生き残るために、見捨てた父やいじめをおこなっていた者たち、それを見てみぬ振りをしていた自分たちへの怒りを力にしていたのだろう。

 研究所が無くなった後もそれが消えることはなく、敷島を潰すことへ向けたのだとしても分からなくもない。


『もしかしたら、あの時の寒気は、敵になった時の恐ろしさを表していたのか?』


 健之介が昔のことを思いだしている間も、限は大量の敷島の兵を相手にし、死体の山を築いていっている。

 とはいえ、周囲を囲んでいる兵を相手に、いつまでも魔力が続くわけがない。

 その内力尽きるだろう。

 それが分かっていても、健之介は頭の中でどこか引っかかるものがあった。

 そして、あの時自分が想像した最強戦士のことを思いだし、またも寒気がしたのだった。

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