第136話 先生
「……気付かれたか?」
戦場の右側で密かに動いている限。
仲間がやられるペースから、敵も何かを察したのだろう。
まだ少し離れた位置にある防壁の上に、なにやら動きがあるのを感じ取った。
防壁の上にいるのは敷島の者たちのみ。
つまり、彼らが早々に動き出したようだ。
「……谷田家、橋本家、それに光宮家か……」
防壁の上から降りてくる者たちがいる。
元は敷島の人間である限は、当然その者たちに心当たりがあった。
谷田家、橋本家、光宮家の面々だ。
「あれほどの数が出てくるということは、俺狙いか?」
限の今の姿は、アデマス軍の兵士の恰好だ。
敷島における黒髪黒目は隠している状況のため、完全に周囲に紛れているはず。
しかし、三家を投入してくるとなると、自分が紛れていることに気付いているのかもしれない。
「ギャッ!!」「グアッ!!」
「……チッ!」
限のいる場所から少し前方。
奴隷の強化兵だけと戦っている時以上に、アデマス兵の悲鳴と共に倒れていっている。
「速い……」
動き出した敷島の三家が加わったことで、アデマス兵たちが殺される速度が上がったのだろう。
その倒されて行く速度が、限が予想していた以上だ。
三家の者たちの動きが洗練されている所を見ると、何度も砦を奪われる醜態を晒したことで、敷島の者たちもこれまで以上うに訓練をおこなったのかもしれない。
「ムッ?」
「ハァッ!!」
敷島の中にも、血気に逸り先走る者がいる。
直線上に限がいると分かっているのか、いないのかは分からないが、1人の若い敷島兵が、刀でバッタバッタとアデマス兵を斬り倒しながら直進して来た。
「…………」
「……ぐえっ!?」
限は向かってきたその兵の攻撃を躱し、無言で腹を斬り裂く。
敷島兵はその瞬間が見えていなかったのか、噴き出した血でようやく自分が斬られたことに気付き、一言呻き声を上げて前のめりに倒れ、そのまま動かなくなった。
「……上手くいったな?」
「あぁ……」
「見つけたぞ! 魔無しめ!」
敷島兵が倒れてすぐ、限の元に敷島兵たちが殺到する。
そして、周りを囲んだところで谷田、橋本、光宮の三家当主たちが姿を現した。
三家の中でも、谷田と橋本は冷静に話しているが、光宮は鼻息が荒い。
前回の戦いで、自分が守るべき砦内を引っ掻き回され、最終的には逃亡を余儀なくされたことを根に持っているのかもしれない。
「変装がバレた……というより、こいつは俺を見つけるための餌だったか?」
先程の敷島兵の暴走から逃れるために、アデマス兵たちは周囲からいなくなり、戦場でありながらこの場だけは限を中心にしてぽっかりと穴が開いたようになっている。
谷田と橋本の会話から、多くのアデマス兵の中から変装して紛れている限を誘き出すため、暴走をわざとさせたと言った方が正しいのかもしれない。
2人の策に、限はまんまとハマってしまったようだ。
「ヤミモの砦では好き勝手やってくれたな!? もう逃げ隠れ出来んぞ!!」
光宮と佐武の守るヤミモの砦の戦いの時、限は砦内で兵たちを暗殺しまくった。
それは、建物の中に潜む場所が多くあったからだ。
だが、今は周囲を敷島兵と奴隷兵に囲まれている。
隠れて暗殺するなんて、敷島の人間の誰でも不可能だ。
前回のように好き勝手にされることがなくなり、光宮は追い込まれた限を睨みつける。
「……殺れ!」
私怨のある宮光とは違い、谷田はただの標的として限を見ている。
そのため、冷静な表情で限の殺害を部下たちに指示を出した。
「ハァー!!」
先程も言ったように、敷島の中にも血気に逸る者はいる。
囲んでいる者の中には、谷田の指示を待ち望み、限を殺したくてウズウズしているような者もいた。
その中の1人が、谷田の合図と同時に地を蹴り、限との距離を一気に詰めて斬りかかった。
「…………」
「っ!!」
魔無しの限。
ここにまできて、まだその印象が拭えていないのか、その男は強化薬を使用していないままだった。
そんな相手の攻撃など、限にとっては蟻を踏み潰す程に容易な事。
いの一番に襲い掛かった男は、限が煩わしそうに振った一刀のもとに斬り伏せられた。
「……強化薬を使用していないが、どいつもこいつも俺を舐めているのか?」
「「「「「…………っ!!」」」」」
最初に斬りかかた男が一瞬で斬り殺されたのを見て、次に襲い掛かろうとしていた者たちは急停止して限から距離を取る。
敷島の人間が、これほどの数で取り囲んでいる。
その優位性により、勝利を確信して考えが甘くなっていたことを認識したのか、敷島兵たちは息を呑んだ。
「……その者の言う通りだ。先走ったバカのような姿を晒すな!」
「敷島の人間なら、魔無しなどと言う過去のことなど忘れ、敵を冷静に分析して確実に仕留めろ!」
限の言葉に対し、敵であるはずの谷田と橋本が同意の反応を示す。
彼らは、魔無しだった頃の限と今の限を、全く別の者だと判断しているようだ。
同じように考えている人間も多く、強化薬を飲んで限に斬りかかる隙を窺っている者がいる。
むしろ、我先にと限に襲い掛かった者程、認識が甘くなっているようだ。
谷田と橋本の言葉により、まだ飲んでいなかった者たちも強化薬を飲み始めた。
「…………」
光宮は、恥ずかしさから無言で俯くしかなかった。
ヤミモの砦のこともあり、限への怒りで自分も冷静に判断できていなかった。
そのことを、谷田と橋本によって遠回しに気付かされたからだ。
そして、反省するのは後だとすぐに顔を上げ、いつでも強化薬を飲んで限に斬りかかれるように態勢を整えた。
「侮っていることを敵に気付かせるなんて、余程実力に自信があるようだが、「敵ながら天晴れ」なんていうつもりはない。むしろ、敷島の者なら侮っている人間はそのまま殺すべきだ」
「確かにそう教わったよ。
谷田の忠告のような言葉に、限は昔の呼び方で返す。
その呼び方からも分かるように、谷田は限に敷島の戦術を指導していた者だ。
昔は教師と生徒という立場だったが、今この場では敵同士だ。
「……今度こそ殺れ!」
昔のことは昔のこと。
そう言わんばかりの限を僅かに見つめた谷田は、再度部下たちに限の殺害を命じた。
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