第二十二話『きっと、あなたを殺してみせる』(前編・その4)

 エンジン音を鳴らし、始動する。


 ゆるりと滑り出し、ジグザグに、車は山道を不安定に走る。


 ショートカットの為に、国道では無い獣道のような森を、ライトも点付けずガタンゴトンと抜ける。


 スミのドライビングテクニックにカノウは特に文句はつけないでいた。木にぶつけずに進めるだけでも大したものだ。


「もう良いだろ」


 カノウの一言で、ヘッドライトを灯し、舗装道に乗り出す。


 さっきの屋敷の反対側だから、さすがにこっちに追っ手が来はしないだろう。


「あ、ヤマサキさんいたよ」


 しばらく先に進むと、車道脇から手をふるヤマサキの姿をライトが照らした。


 そのまま車はふらふらとヤマサキに突進して行く。



「うっわたたたたっと! カノウさん何するんスか? 殺す気っスか!?」


 ギギギギキキィイッ、

 凄まじいブレーキ音と共に停車。


「ゴメン。ヤマサキさん、大丈夫?」

「なんでスミちゃん運転してるんスか!?」

「ああ、俺がハンドル握れなくってな。いや、心配無い」

「ちょ、ちょっと! 心配するなっていってもソレ無理っスよ!? 二重に!!」

「で、そっちは上手くいったか?」

「……えぇ。車は反対方向のガケに落としてきましたよ」


 ニヤっと笑い、ヤマサキは親指を立てた。


「ここまで歩きだからさすがにキツイっすワ。ここんとこ不精してたしねぇ。お蔭でまぁ、足は棒になるわ眠いわ腹減るわ……」

「ご苦労だったな。ま、ゆっくり眠ってろ。運転なら心配ねェ」

「うん」


 スミもうなづく。


「いや、シャレならんッスよソレは! あーもーいいや、俺かわるから」

「大丈夫。疲れてるんでしょ? 心配しないでホラ」

「って、いきなりワイパー動かしてどうするんスか! もー」

「良いって良いって。寝てて、ヤマサキさん。オナカ減ったならホラ、ポテトチップスとレーズンバターとアーモンドチーズあるから」

「いらねーって。あーもー。替わるからー。もー」


 夜が明けつつあった。


 夢の中で観るような景色が広がっている。


 ぼんやり薄紫に白む空、まだ昇らない朝日の光で、ピンク色と鉛色の陰影の雲。

 アスファルトとガードレール、むき出しのコンクリートで固められた山肌ののり面。どこまでも続く森と山。


 少女は鼻歌を歌っていた。


 優しいメロディの歌。


 人を殺してきたばかりだというのに、車内には安らぎが満ちている。

 それが異常な状態である事を、カノウもヤマサキもとっくにわかっている。

 わかっていても、いつのまにか、このちいさな少女に心を委ねている。


 その気持ちが『奇妙』で、どうにもならない『違和感』を感じ、それでもそれを捨てる契機も無い。


 いつまでも、こんな子供を手元に置いてて良いわけはないだろう。そんな事をカノウもヤマサキも常に考えていた。しかし、口からその言葉を出すキッカケもまた、見つからないでいた。


「……なんかそのー。悪い歌じゃないんスけど、眠くなるんですけどねソレ」

「うん。『ルピナスの子守唄』って歌」

「子守唄って……勘弁してよぅー」

「んー。いいじゃねぇか」

「カノウさんは良いッスけどね、こっち運転してるんだから……あ、なんか買ってきますわ。あと二つ先のインター降りたら住宅地だけど、まだだいぶかかりますから」


 ヤマサキは車を降りてベニヤとプレハブのコインスナックに向かう。


「んで、その子守唄ってのは……童謡じゃないしな。ドラマか何かのか?」


 珍しくカノウが食いついてきた。


「おんぷちゃん。わかんないかなー? あー、おジャ魔女もう随分観てないなー。セーラームーンも……」

「ソレむかしのマンガじゃねェのか?」

「最近また朝にやってたの。てゆーか、カノウさんセーラームーン知ってるの?」


 ひょいっと助手席から、後部席のカノウをスミは覗き込む。


「知らねェ。いや名前は聞いたコトあるが。なんか有名だったからな」

「へーえ」


 さも面白そうにスミはカノウをみつめる。カノウは相変わらず無表情だった。


「セーラームーン知ってるんだー。殺し屋でも」

「…………ん」

「ふーん」


 無表情なまま、無言のまま、それでも何となくいたたまれない気分がカノウの中に満ちて来た。


「うさぎちゃんすごいなー。へー」


 いいタイミングで、ビニール袋を抱えてヤマサキが戻って来たためカノウはほっとした。


「ほい、パンナコッタと陳さんの蒸しパンね。あとハイ、カノウさん缶コーヒーとバナナ」

「ねえねえ、カノウさん、殺し屋なのにセーラームーン知ってるんだよ」

「いや俺だって知ってるし。えっ、カノウさんセ……」

「うるせぇ!」


 珍しくカノウが怒鳴ったので、シュンとした顔でヤマサキは、片手にハンドルを握ったまま、黙ってもしゃもしゃと食事を始めた。



 三人の、この奇妙な共同生活が始まって、もう何ヶ月になるだろうか。


 それほど長くはない。

 しかし、そう短かくもない。

 最初が何だったのかをヤマサキは思い出せない。

 スミと名乗る少女が、何故ここにいるのか。

 身寄りも、行くあてもない子供なのは間違いないのだろう。

 ある仕事の帰り、カノウが無言で彼の前につれてきた。


『こいつ、今日からお前の同僚だから』

『はぁ?』


 そんなやりとりだった。

 何故、こんな子供が『殺し屋になりたい』のかがわからない。

 何故、カノウがこんな子供を連れてきたのかわからない。

 ヤマサキは少女に尋ねた。

 殺し屋になって、誰を殺したいんだ? と。

 少女は黙って、指をまっすぐカノウにさした。


 少女はカノウを殺すつもりでいた。

 カノウはそれを知っている。

 知っていて、殺し屋の見習いをさせようとしている。

 その神経がわからない。


 カノウは、ヤマサキが知る限り、凄腕で無敵の、隙のカケラも無いプロ中のプロだった。どう考えても、こんな子供には殺せない。

 この子がカノウを殺せるようになるには、せめて二十年はかかるだろう。

 自分を殺させるために、それだけの技量を身につけられるよう育てるつもりなのか?

 何かんがえてんだ?

 ヤマサキには全くわからない。しかし、わかる必要も無い。


 カノウが何を考えているかは知りようが無い。

 出来る話ならそれも面白い。変わった『自殺』の方法だ。

 出来ない事と知ってて、少女が諦めるまでそばに置いてやるつもりかも知れない。

 いや、そこまで親切でもお人よしでもないだろう。

 スミはスミで何を考えているかわからない。

 そんな意味では、この二人は似たようなモンだとヤマサキは納得していた。それ以上の詮索もしない。


『はやく殺せるようになるといいな』


 笑いながら、そういった。


『うん、きっと。いつかね』


 そうして、三人は一緒に過ごして来た。




         (後編につづく)

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