第二十二話『きっと、あなたを殺してみせる』(後編・その1)

★前編のあらすじ★



 凄腕の殺し屋カノウと、その相棒のヤマサキは、「殺し屋になりたい」という不思議な少女スミと出会い、長い時間を共に過ごしてきた。

 どう見てもまだ小学生の、幼い少女の目的は、カノウへの「復讐」だという。

 成る程、それもまた面白い──。そうして、カノウとヤマサキは少女を連れて日々、血なまぐさい仕事に勤しんでいた。

 だが或る日、とあるヘマから、カノウは絶命のピンチへと追い込まれる。

 銃弾を全身に受け動けないカノウの制止する声を無視して、スミは彼を逃がすといって小銃を手に、外へ出た。











 暗転。


 銃声。


 遠くからの怒声。


 嘆きの声。


『何か』が、ヤマサキの目の前で起きた。


 たった今、ヤマサキは銃撃された。


 弾は当たらなかったが、反射的に撃ち返した。

 撃った相手を観てヤマサキは息を呑んだ。

 少女は──スミは──それでも、銃を握り、


 ヤマサキに発砲した。


 続けざまにヤマサキは銃を撃った。撃つ気があろうとなかろうと、反射的にそうするよう、アウトロー生活の中で彼も体にそう刻み込まれている。

 手が震える。

 スミは倒れている。


 少女のもう一発の弾も、ヤマサキには当たらなかった。


 当てるつもりがあろうと無かろうと、ヤマサキの弾は少女を倒した。


「なんで……なんでだよ……」


 声が震える。


「……ゴ、ゴメンな……、でも、オレだって、死にたかねぇから」


 ハァ――ハァ――ハァと、少女の呼吸音が響く。

 地面には血が、じわりと広がる。


 自分の頭を抱えるように、おさえるように、かきむしるように、そして震える声でヤマサキはつぶやく。


「お前は頭も良いし、物覚えも良い。可愛いし、うるさくも無いイイ子だったよ。本当、殺したかねぇんだよ……マジで」


 床に転がったデリンジャーを拾い、ヤマサキは溜息をつく。

 今は一刻一秒を争う。

 早くここを逃げなければならない。

 カノウは──もう、助からない。

 それが分かっているから、置いて行った。

 敢えて、追っ手の連中がカノウのもとに向かうよう仕向けた。

 非情なようでも、冷たいようでも、そうするようにしなければならない事は最初っからお互い飲み込んでいた。


 乗って来た車はもう、動かない。停めてある作業車じゃ追いつかれる。連中の車を奪うしか逃げる手はない。だから、隠れて潜んで機を伺っていた。

 少女は残しておいても大丈夫だ、むしろ自分たちと一緒にいる方が危ない──そう思っていた。

 まさか、その少女が自分に銃を向けるとは思ってもいなかった。


「……ヤツラもう来たな。……じゃ、オレ行くから」


 十分マズい。今の銃声、そして足止めを食らったタイムラグ。――逃げ切れるのか?


「……ヤマ……サキさん」

「ん?」


 倒れた少女は、蚊の鳴くような声を絞る。


「あなたやっぱり、女コドモでも平気で殺せるのね」


 息もたえだえな少女は、それでも人形のような顔で、悲しんでも、苦しんでもいないように見えた。

 しかし、その言葉は──ヤマサキの心臓をえぐるようだった。

 スミは、もう知っている。

 スミの家族は、カノウのターゲットだった。

 カノウも、ヤマサキも、半ばそれをわかって、スミと共にいた。


 しかし──


 カノウは子供は殺さない。スミの兄弟──正しくは姉と弟を撃ったのは──。


「……へ……平気なワケぁ無ぇよ! そんなヤツいるわけがねぇ。いたら只のキチガ、……いや……いるな、そんなヤツ大勢」


 そんなヤツは大勢いる。世界中に。日本中にも。平気で子供を殺せるような糞野郎はうじゃうじゃいる。

 そんな事件はしょっちゅう報道され、そんな事件を見聞きする度に『ひどい話もあったもんだ』と、アウトローの人殺しのくせに顔をしかめ、嘆くぐらいに常識的な倫理観と正義感はヤマサキは持っている。いや、持っているだった。

 ──現実は、どうだ?

 子供を殺してるじゃないか、自分は。平気か?

 いいや、平気じゃない。平気であるはずが無い。


「あなたは……違うのね」

「……小心者だからな。才能も無ぇ。カノウさんみたいな超人でも無ぇ。それでも、死ぬ時は死ぬんだがな……」


 今、カノウは死にかけている。

 待ち伏せされ、複数人から銃撃を受けた。相手は倒したが、まだまだ敵はいる筈だ。


「……こそこそ逃げまわって生きて行くしか無ぇんだよ、オレみたいなのは。だから仕方なく殺せる。オンナコドモだろうが。わかるか? オレだって殺したかねぇヨ! オレだって……お前の事好きだよ」


 スミは、ふっと、苦痛に顔を歪めながら微笑んだ。


「へんな人ね……今撃った相手に何いってるの? 弁解したいの? 許しを請いたいの?」

「あぁ、何いったって事実はかわんねぇな。そりゃそうだ。困ったモンだな……」


 今にも泣き出しそうな涙声になっているのがヤマサキには自分でわかる。

 何なんだろうか、この状況は? 自問自答して答が出るような状況では無かった。

 事実はかわらない──。

 そうだ。殺した。子供も。


「カノウさんは……」

「……知ってた。とっくに。でも、カノウさんが殺したのは私のパパと叔父と……それくらいね」

「俺は……」


 ヤマサキは息をのむ。唾も飲む。のどが押しつぶされそうに重く、苦く感じる。



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