第二十一話『トラブルレター』(前編・その1)
第二十一話
『トラブルレター』
初稿:2005.07.19
聖・バレンタインデーが近づいてきたこの時期。
クリスチャンの学校なんだから、聖人であるバレンタインさんは、そう無縁な存在じゃないはず……なんだけど(元は、ローマ土着の習わしだそうだけど)、いかんせん我がミシェールは、折り目正しき女子校だったりする。
そもそもこの学校には、女子が憧れをいだくような、若い男の先生なんてカケラもいない。
それに、さすがに女同士でチョコとかカードを贈りあうほど、このおしとやかな学園の生徒たちは吹っ切れてはいないらしい。
もっとこう、はっきりタカラヅカの男役みたいな系の先輩でもいるならともかく、天然培養なお嬢様だらけの学校だから、見た限りそういった様子もなし。
(もちろん自分で自分を「お嬢様」にカウントなんてしませんけど……!)
そういえば、カレンさんなんてボーイッシュだし、モテそうな気配はないでもないかなぁ、……なんて、そんなことをボンヤリ考える。
知弥子さんなんかも、ああ見えてあれはあれで、同性からもモテそうな感じ。怖いもの見たさ的というか、できないことを平気でやってのけることに、痺れたり憧れたりっていう人もそりゃあ当然、いるだろうし。
さて、私のクラスはというと……。
何もなさげ。
授業が終わり、部活や帰りの支度でゴソゴソしている教室を一望しても、それらしい包装紙を持っている子もいっさいナシ。
まあ、それもそうか。
この一年でようやく慣れてきたとはいえ、一番下っ端の中一の娘っこたちに、そうそう大胆な行動もできないもの。
「あ、宝堂先輩」
耳慣れた先輩の名前を、クラスメイトが口にした。
「ねね、トモエちゃん。福子さん来たよ」
「むむっ……ああっ、ホントだ」
扉の外から、私に小さく手招きしているのは、探偵舎でも希少な(いや、二人いるけど)正統派美少女(って表現はちょっと変な気もするけど、まあ他の先輩の皆さんは、邪道というか変化球というか、じつにユニークな美少女揃いですし)の福子さんだった。
今あそこにいるのは、ミントブルーで揃えたマフラーと
味付けの濃い強烈個性の持ち主ばかりな探偵舎の先輩たちの中で、この爽やかな双子の先輩の存在は、私としてもホっとするところ。
はて、部活にお迎え?
周囲の級友たちも、福子さんにはやや憧れの視線を投げているのがわかる。
何たって、こんなにも可愛い人なんだし。
「あのね、巴ちゃん。ちょっと相談があるの……」
開口一番、小声で福子さんは私にそう告げた。
「一体どうしました? 福子さん」
この姉妹から私に頼みごと、しかも私の所にまで直接なんて珍しい。
「あ、ゴメン、私大子……」
アラっ!?
ここ数ヶ月「草色は大子さん、ミントブルーは福子さん」といった色分けを(なんだか、お菓子みたい)、通称「大福姉妹」はしていたんだけど。
先ほどクラスメイトののどかさんすら「福子さん」と一目で判断したくらい、それはもはやこの校内で浸透していたのに。
どういった心境の変化なんだろうか。
「あの……どうして、また……」
「ゴメン、今聞いたのはナイショにして」
大子さんは、声をひそめてそうささやく。
……ってことは、福子さんに「なりすまさなければいけない事情」があったのだろうか?
性格からして、イタズラでそんなことをしてるとは考え難い。
この姉妹はとてもまじめで、まっすぐな心根の人なのを私は知っている。
なりすます必要があるとするなら、福子さんより先回りして、何かを行うため……って可能性は確かに考えられるけど。
でも、そんなことをする必要って、果たしてあるのだろうか?
この姉妹がお互いに秘密を隠し持つようなことをするとも、相手を出しぬくようなことをするとも私には思えないけど……。
じゃあ、可能性としては「代返」かな?
本人がこの学校にいる状態で、今の宝堂姉妹が「なりすまし」はしそうにない。ってことは、福子さんは今日は学校に来ていないのかな……?
と、そんなことをつらつらと考える。
「あのね、巴ちゃん、その……ええっと、どうしよう?」
何だか恥ずかしそうに、やけに態度がシャッキリしない。不安そうに左手首のロザリオ(正しくはお数珠だけど)をチャリッと繰る。こんな大子さんは珍しい。
「ちゃんと話してくれないと、何もわかりませんよ?」
「そ、そうよね。ちょっと来て」
私の手を引いて、廊下をトコトコと歩く。ちょっと油断したら、そのまますっ転びそうな危なっかしさも感じた。
いったい、どうしちゃったんだろう?
周囲に他の生徒がいないのを慎重に確認して、大子さんはそっと胸ポケットから一通の封筒を取り出した。
「ど、どうしよう。こんなものが……」
ふむ……?
見たところ、何の変哲もないベージュ色の封筒。
わりと上質な紙でできた、グリーティングコーナーで売ってるレターセットの封筒のようだ。
ファンシーなキャラクターが印刷されているような物と違い、渋くて落ち着いた物。
達筆なペン字で
『宝堂 福子 様』
と一言だけ表に書かれている。
「これが、どうかしましたか?」
「それが、そのぅ……」
なんだか大子さん、とってもしどろもどろだ。
……っていうか、アレっ? この手紙は福子さん宛だよね?
「中身は……見ちゃって良いんでしょうか?」
「そ、それなのよ、困ってるのは」
「困っちゃいましたか」
「困っちゃいましたの」
変なやりとりだ。
いつもなら、大子さんはこんな人じゃないのに……。
「今朝からずっと悩んでるの。あのね、やっぱりね、こんなお手紙、勝手に見ちゃうのってよくないわよね? いくら双子だからって……」
「まあ、福子さんに渡して、御本人に確認して貰うのがすじだと思いますけど」
「うん。でも……ゴメンなさい……私、中を見ちゃったの」
「あらら~」
「ちっ、ちがうの! 覗き見なんてするつもりは無かったの! 封筒がこう、勝手に……」
見ると、確かに封が開いている。
小さなシール一枚でとめてあるだけで、そのシールが殆どはがれている状態だった。
「既に開封してある物なら、まあ、一応確認で目を通すこともありますよね。そんなにご自分を責めないでも」
「いや、確認をしようとしたんじゃなくて、下足場の靴箱から取り出したとたんに、中身がポロっと……封筒の開け口が下を向いていたのね」
「靴箱!」
ちょ、ちょっと待って?
「ええっと……大子先輩。下足場の靴箱にこんな手紙って……ひょ、ひょっとして」
「ひょ、ひょっとするでしょう!?」
「そりゃあ……あーなるほどー」
そりゃ、さすがの落ち着いた性格のおしとやかな大子さんでも、とっちらかっちゃうか。
それ、 ラブレターじゃん?
女子校で!?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます