菖蒲院中学二年C組 嘉嶋蛍子(05)
「実際の所はわかんねーよ。ミサキは誰ともまともに口もきかねーヤツだった。だからたまに話するってなると、アタシとぶつかって殴り合いになる程度で、いやこれ比喩でも何でもなくガチな。アイツ平気でグーで殴りかかってくんだ」
「女子で」
「中坊女子で。いやこっち平手で返すのが精々だよ、どう止めんだよあんなキチガイ、って話さ毎回。んで、煌子はボッソボソあいつにまとわりついて話しかけたりはしてた。ツレって程でもねえ。かといってそれでコーコが殴り返されたりしたコトはねーし、ナニ話してたのかもわかんねー」
「……ちょっと判断に迷う」
友達? まさか。そんな人間関係が構築できるようなタマじゃないってことは、この世の誰よりも何よりも茲子が一番詳しいつもりでいる。
つもりではいても、正直家庭の外では、学校の中では、どんな話ぶりでどんな交友関係を持ってどんな生活をしているのかまではわからない。
自分自身の例に当てはめてもそれは同じだろう。
今現在、芙﨑小での出来事を茲子は家族に、まして煌子に話しはしてないし、話そうとも思わない。
周りの子供たち全員と、ろくすっぽまともに会話が成り立たなくて、教師の誰もが腫れ物にさわるようにしか自分に対応せず、不愉快でろくでもない馬鹿を相手にどれだけ面倒な思いをして来たかも、誰にも吐露はしていない。そして――。
去年から、小二の頃から、それは「少しだけ」変化をみせているのもまた、家庭内の誰にも告げてはいない。
一つの「救い」は、自分と同じような「こまっしゃくれた子供」の存在だった。自分ほどの「脳の病気」じゃないにせよ、あの子は利発で、ほぼ唯一「まともに会話の可能な子供」だった。
彼の存在で私は少しだけ救われた。そして、もう少しだけ救われたのは、どうしようもない問題児だった「自分たちふたり」を、保護の名目にての隔離に成功した教師の存在だった。
最初のキッカケが何だったのかは、茲子にももう思い出せない。
あの頃のことは、凍てついた闇の中の、おぼろげな影のようで、思い出せないというより「思い出したくない」のだろう、心因的な何かで。
そう、記憶を失うわけもない。こんなにも面倒な「脳の病気もち」の自分なのだから。全てこの頭の中に格納されているはず。でも、忘れてしまえるなら忘れたって良いのだ、そんなものは。
激しい痛みにも、歯を食いしばって耐えるしかない時に、涙一つ、呻き声ひとつ漏らせない時に、気休め程度でも鎮痛剤は有効――それを思い知らせてくれる。
勘違いはしない。「友達」って程の仲でもない。「恩師」って程の相手でもない。ただ、それは側にいて、まるで「クラスメイトと教師」のように、テレビや漫画にあるような架空の存在で虚像としか思えなかったそんな「普通」を、疑似体験的に再現してくれる。
「……友達、っていうのは、無いと思うなぁ。煌子に限って。いや、実の妹だとしても、私にどの程度あいつのコトがわかっているかは保証できないけど」
「冷静な判断だな。アタシもあいつとの付き合いは四、五年にはなるけど、今だに何考えてるかサッパリわからねー。あいつは利も益も無くたって、へーきで動くし、損しかしない局面でもへーきで裏切るような、なんつーか、そうだな……思考、動き、そう、まるっきり昆虫のような女だな。ワケわかんねェ」
「ああ、昆虫。わかる。あなた、私より煌子のことわかっているかも」
「実の妹にンなコトいわれちゃおしめーだな、ははは」
「実の妹かどうかは、わかんない。まあ母親はさすがに同じだと思うけど、そこも保証はできない」
「さり気なく酷いこと口にしてんな、お前」
ははっと笑った後、真剣な目で蛍子はジっと睨む。
「なるほど。『そう判断するに至る根拠』がおめーにはあるってハナシだな……」
「無駄な察しの良さは、お互い様ね。まあ、そこは置いておくとしましょうか。煌子は……あいつもあいつなりにぼっちだとは思うけど」
「まーな。でも、あいつは取り入るのは上手い。煙たがれたりはするが、『どこか憎めないキャラ』を上手いコト演じて、それで大抵は裏切りも嘘も許して貰えたりもする。許してくれねーヤツもいる。絶縁状態ってグループもある。だからこそ、アタシん所に居る意味がある。アタシは誰も切らないし、見捨てない。そーゆーキャラでやってっからな。けっこー大変だぜ」
「スタースクリームと破壊大帝の関係みたいなものね」
「何だソリャ?」
「……ちょっと飛躍した判断をするなら、煌子はそのミサキさんって人と、仲良しってわけでもなかったのかもね。裏切るつもりで、最初っから何かに利用するつもりで取り入ってたと考えても良いし、あいつはそれが出来るタイプだとも思う」
――実際、どのような学生生活を送っているかまではわからないけど。
「飛躍っていうよりお前が奴に悪感情を抱いてるから、って意見だな。それでもし、そうなら何だって?」
「ミサキさんの死に対して、あなたが疑われるような方法で遂げたというのなら、疑われるように仕向けたと考えてはどうかな。いや、これは確かに私が最初っから悪意的に煌子を見てるからそう思っただけで、根拠こそないけど」
「……ん」
口を閉じ、眉間に皺を寄せ、蛍子は考え込んだ。そこまで自分は考え悩むような話をしたのだろうか、と逆に茲子も首をかしげた。
「……ないな。いや、考えたコトもなかった。うん。なるほど、確かにアタシには無い視点でアタシには思いつかなかった意見だ。これはこれでチョイばかし有益だったかな、ウン。……ただな、アタシらはお前と違って実際に校内でのコーコとミサキの様子を、たっぷり一年眺めて来てンだよ。逆にお前の知ってる、内弁慶で家庭内暴君なアイツの姿はアタシは知らない。学校であいつのしでかす暴力沙汰なんて見たコトもねえ。小坊ン頃にクソ男子にマワされてた頃ですらな」
「あんま聞きたくない話だなぁ」
「アタシらが思うに、まあコーコとミサキはまっとうな間柄じゃなかったようにも思えた。どっちもキモがられてたしな。レズビアンじゃねーかってウワサもあったな」
「ないと思うなぁ。アイツは
「両刀ならありえるっていうかむしろアリだな」
「そうかぁ」
なるほどね。そういう接し方の関係性――それだから煌子へ疑念が向くってことも無かったわけか。と、ここで茲子も腑に落ちる。納得はできないとしても。
まるでドールのような外観の少女も、ここで少し考え込む。この見てくれでこんだけエグい会話を、顔色一つ変えないでできるんだ、大したタマのガキだ、と改めて蛍子も感心する。
この、どこにでもある小汚いアパートはまるで異界で、異常状況で、外観も年齢も所属も本来まるで接点の無いこの二人が、異常な者同士で異常な会話を交わしているのもまた、確かだった。その会話の俎上にあるのもまた、異常な話。それを改めて少し認識し、蛍子もフフっと笑みが溢れる。
「そして、さり気なくお前が口にしたのは、ようはミサキの死にコーコが絡んでるって可能性だな」
「そこまではどうだろう。まさかとは思うけど、煌子に哀しむとか落ち込むとか、そんな様子はあった? わたしにはこの春頃に、そんな素振りを見た気はしない」
だからこそ、やはりその友好関係のように見えた外ヅラはフェイクだろう、と茲子は思う。自分に当てはめてみてもわかる。「友達」って程の仲でもない……と思いながらも、もし柚津起君が死ぬかどうかしたなら、きっと冷静な態度ではいられないだろうから。
「ないな。平常。いつも通りイカレてた」
「それでもなにか関係ある間柄だった、と思えたの」
「実際、友達ってワケでもねーだろうし、関係どうこうの口さかないウワサってのは、校内の鼻つまみのキモいモン同士をまとめて揶揄する糞みたいな流言でしかねー、そこもまあ、わかっちゃいるんだがな。キモいっつーか暗いっつーか雰囲気が他人と馴染めねーってだけで、また容姿だけはアタシみてーなクソブスと違って、アイツら二人とも恵まれてるから余計に陰口は立つわな」
「噂に踊らされるほどあなたは軽挙でもない、って姿勢なのね」
「モノがコーコだけにな。あいつが親
「うん、ないね」
煌子が個として異常なのは確かで、一般論での想定が出来ない特異な相手、というのも困る。それはここにいる二人にしても同じ話だろうけど。
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