菖蒲院中学二年C組 嘉嶋蛍子(04)
Fragments 05(後編)
菖蒲院中学
二年C組 嘉嶋蛍子
「不可解っちゃー不可解だし、意味不明っちゃー意味不明だ。未解決事件……そーゆーヤツだ。まあ、ンなのは本来、考えたってしょーがねー。探って解決すンのはポリスの役目で、アタシらガキどもにゃそこは関係ない。アタシらガキの社会ン中で重要なのは、人間関係についてだけだ、常に」
「……まあ、そこはわかる。つまり、誰か死んだことでの巷間にのぼる問題、そっちの話?」
「ひらたくいやぁその通り。まあ、だからこそおめーが『対話可能』で『思考可能』な第三者だって点がアタシにゃ重要なんだ。アタシの周りにゃ、かけ算すら七の段で詰まるよーなクソバカしかいねーからナ。まあナンだ、ちょい前……そーだな、中二になって最初の頃か。本年度の始めな。ミサキっていう鼻つまみ者の女が同級にいて、ソイツが学校でおっ死にやがった。屋上から投身。まー自殺だとは思う」
「思う、ってことは遺書とか、理由を知る術は何も
「少なくともウチの学校じゃまず無理だな。だから屋上になんて入れるワケがねー、フツーなら」
「普通じゃないんだ。じゃあ、その子はピッキングとか出来たの? あなたみたいに」
「フフ……ははっ、そーだな。そーそー、イイ所に目ェつけてんな。アタシの手癖が悪いのもまァ、周知の話なんよ、ウチらん学校じゃーな。だから……どうにもこうにも、そのミサキってヤツがおっ死んだのは、アタシのせいじゃねえかって糞みたいなウワサが出回ってやがんだ。ムカつくぜ、上手いコトほんとにアタシが殺ったってんならまだ話はわかる。ヤってもいねーコトまでアタシのせいにされてたまるかってんだ!」
「ふぅん……」
少し考える素振りをし、そして、これだけの情報では何もわかるわけもないな、と即座に茲子は頭を切り替える。
「投身自殺者が鍵を持っていない、屋上にも遺書とかそれらしき物も置いてないとして、事前に朝何時までは施錠されていた等の前提が無い限り、そこは想定可能な範囲が広すぎて、謎にもならないかな」
「まぁな。いちおー階段の掃除当番とチェックがあるから、昨日下校時まで鍵はかかってたハズだが、あとは知らね。職員室から鍵も消えてねーが、ただまあ、キーコピーなんてやろうと思や誰でも出来るだろな。ンな意味ねーモンに金と手間かけるかって話にもなるが」
死ぬためにわざわざ合い鍵を事前に作るって話もちょっとナンセンス。それ以外の目的で作るにしろ、屋上の合い鍵なんて、使う理由が想定できない。
合い鍵は他に「無い」と判断するなら、職員室から持ち出されてもいないなら、鍵ナシで開けられる者に疑念がかけられるのもまた、わからなくもない。
「ん……わからなくもないけど、自殺か他殺かわからない状況だったの? まず前提条件。自殺、つまり自発的にそのミサキさんって人が飛び降りる以外には、あり得ない状況だったのかな」
「どう飛び降りたかまでは目撃者いねーから何ともいえねーが、屋上には高さ3mほどの金網がぐるっと張ってある。自力でよじ登るっきゃねーだろな。誰かに突き落とされるとか放り投げられるってのは、まず無理だろ。女一人を気絶させて肩に抱えてよじ登ってポイっ、なんて出来ると思うか?」
「出来る出来ないは人にもよると思う。常識レベルでは無理でしょうけど」
「そりゃバケモノじみたパワーがあるヤツならともかくだろーけどな。ミサキは十三歳の小娘にしちゃ体格は良い方で、タッパも一六〇弱はある。背負って歩くならともかく、女を背中にブラさげたまま、指先足先の力で金網よじ登れってのはまず無理だろ。ましてや3mの柵を越えて投げ飛ばすっつーのはマッチョな大男でも無理だ」
「それでも、『金網をよじのぼって飛び降りるミサキさんの姿』を事前に目撃した人は、ひとりもいなかった、って話よね」
「……まーな。午前中に、学校の屋上をぼーっと眺めてるような暇人が、近所にそうそう居るわきゃねーしな。だが『目撃情報が無いなら何でもアリ』なんてバカな話もねーだろ」
「ごもっとも」
「仮に、現実離れした怪力キャラが、投げ捨ててちょっぱやダッシュで逃げ出しってのもまあ、無理だろ。飛んで数秒しないうちに大騒ぎで、観衆の視線は死体にも飛び降り現場の屋上にもその校舎全体にも集まる。そうなりゃ、常識的に考えて自力ダイブ以外に考えようがねーって話」
「なのにあなたに疑いの目が持たれる……ってことはどういう話なのかしら。自殺状況がブラックボックスだったからといって、今あなたのいう通り、常識論で片付くレベルの話でしょ。そうでないなら……直接ではなく間接、って話かな」
「だな。ブラックボックスだからこそ詰め込める噂話なんざ、それこそオカルト偏重だ。理屈も道理もない」
「う~ん。オカルトにされちゃあなぁ……」
「ホラー読んでたのにオカルト嫌いなのか」
「別腹」
博物学的興味からの奇談収集と心霊話好きとは別物のように、そこは一緒にして貰っても困る。「SF好き」と「サイエンスに興味ある人」とが案外別物って話もまた、一般には通じにくい。興味の外にいる人からは全て一緒に見えてしまうというのも色々面倒だ。
そういえば「ミステリー」って物もそうだよなぁ、と茲子は改めて首をかしげる。
「……つまり、あなたは『犯人じゃない』という事実を、あなた以外に証明もできないって状況? 事件発生時にアリバイが無いとか」
「ンや、それもないな。何故なら、アイツが真っ逆さまに落っこちてったその瞬間に、アタシもクラスの連中も、授業中で窓からそれを目撃したんだ」
「だったら、まず『あなたが犯人になりようがない』と思うけど。なら、何故そんなウワサがたつの?」
幾らオカルトでも、何の因もなくそんな話は席巻しないだろう。そもそも、呪いで死んだとか催眠術で飛び降りたなんて馬鹿な話なら、噂を撒く方の頭がまず疑われる。
「……実行犯なら、確かに無理な。で、鍵はヤツが『自殺する前から開いていた』と考えてみれば、まあ開けたヤツが居るって話だろ。死んだミサキが鍵なんて持ってなかったのは確かだしな。じゃあ事前に開けたヤツがいて、協力者がいる。『自殺の協力者』だと思うか? ソレ」
「死ぬように教唆した何者か、と判断する方が楽かもね」
「死ねっていわれて死ぬ阿呆がいるかよ」
「とある凶悪殺人で、ヤクザにこれから殺されるって時に、ちょっと殺りづらいから頭少し下げてくれんかなってヤクザにいわれて、はいってそのまま頭を下げた被害者に『え……こいつホントに頭下げたわ』ってそのヤクザがドン引きした供述があったかな。ピエール瀧主演で映画になった事件ね。思考が停止していたなら、なくもないけど、まあそれは極端な例として、わたしにミサキさんって人のパーソナリティがわからないから、判断のしようがない」
「まーなー」
ここで少し顔を顰めながら、蛍子は頭を掻く。
「……パーソナリティなぁ……説明むつかしーヤツだぞ、ミサキってのは。めっちゃ変わり者で、厄介な性格で、友達も話し相手も全く作ろうとしねー。良くいや一匹狼、悪くいやぼっち。見てくれは黒髪ロングのぱっつん美少女だが雰囲気は暗くてキモい、頭はおかしい。そうな……一つすごく重要なパーソナリティがある。それは、おめーにもワカリ易い点だ」
「なにかしら」
「そいつの、学校でたぶん唯一の話し相手が、コーコ」
「……ごめん、無理。考えようがない」
「だよなー」
う~ん、と茲子は考え込む。今度は「素振り」じゃなく本当に。友達? まさか?
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