菖蒲院中学二年C組 嘉嶋蛍子(06)
「そして、『そこまではどうだろう』って今のおめーの言葉、直接間接で投身事件そのものに関わっていない上での別のケースも、想定できての話か?」
「知人の不慮の死があったとして、『後付けで利用』はできると思うよ」
「……そうだな。施錠の件にしても、合い鍵がもし『あった』として、もしコーコがミサキと、ちょっとした隠し場所の情報を共有してたなら、後からまんまと『無かったこと』に出来るか」
ほんの一瞬で、自分の考えてたことをそこまで先読み、追い継ぎできるのか、と茲子も感心する。馬鹿そうな服装に乱暴な言葉遣いはやはりペルソナで、この中二女子もちょっと只者じゃない、と理解する。
「アイツがアタシを陥れるよう仕組むッつのはまー、あり得る話だとは思う。ただその場合、直接は何の問題解決にもなんねーな」
「死の真相解明に関してはそうなるね。でも、そこはあなたの問題点じゃ無いんでしょう?」
自殺の原因究明なんて馬鹿げている。心理学者でも探偵でもなし、赤の他人の、まして素人があーだこーだいったところで、茶飲み話より先には進みようがないだろう。そういった醒めた感覚で茲子はこの問題に接している。
――じゃあ、蛍子の問題とは?
「そりゃまあそーだが。う~ん」
「……あなたが私に、まだ出してない情報もあるのね」
「賢すぎるのも身を滅ぼすぞ。……ま、確かにな。いっこキメぇ話があって、そっちは完全にオカルトだ。だから出してもしょーがねーし、この事件と何の関係もない。ただ、オカルトめいた与太話が他にいっこあるお陰で、別のオカルトも補強されるって面もあるな」
「オカルトねぇ……」
興味ない。
とはいえ、そこはどれだけ馬鹿馬鹿しくても聞かなければ話は進まないかもしれない。
「……春先からさ、ワケのわかんねー猟奇殺人があったろ? アレに関してだ」
「あ。いきなりそっち?」
あの、どこかの中年が「あり得ないような惨殺」をされた事件。それが、既に連続して何件か、県下で続いている。
不可解な猟奇殺人は、どうにも下世話な興味を惹く。人が人を殺す話はそもそも「面白い」ものだから仕方がない。
ましてや、わりと近所で起きた事件でもある。あの時は、図書館でわざわざ幾つもの新聞で記事内容の差異を検討して茲子も存分に「楽しんだ」ものだ。
結局、いまだに犯人はわからず。動機も不明。未解決のまま時間だけは過ぎて行った。
「ミサキは……あの事件を『予言』してたっつーんだよ。起きる前から」
「……ん」
予言、ね。ああ、数ある超能力の中でも「一番信用ならないヤツ」じゃないか。エスパー魔美の高畑さんもいってたじゃない。
「そして、ミサキはもう一件、これから起きる事件の話も口にしてたっつーんだよ。それが……」
「どうなったの」
ん、ちょっと引っかかる。
「きっちり殺された。ミサキがおっ死んで、だいぶ経ってからではある。ただ、こっちの方はウワサがある程度出回って、何人もその噂話を『知ってる』ヤツもいる状態で、その上で新たに起きた事件って点だ。そりゃ、補強されっちまうわ、オカルト」
「……話す相手もいない、つまはじきのミサキさんって人が『喋ってた話』を、誰が聞いてたっていうの?」
――一人しか居ない想定になるじゃない、さっき蛍子の口にした話を総合するなら。
「……賢しいな。まあ、アタシも最初そう睨んではいた。でも、出所がアイツとは限らないんだよ、実際。学生が学校でまったく誰とも口を利かないってワケにもいかねーんで、何だかんだで会話を交わしたヤツもそれなりにはいる。ミサキは誰ともまともに口もきかねーヤツだったが、まともじゃない話なら幾人かは会話も交わしてる。その『マトモじゃない話』がその予言、ってのもあるがな。出所も実際、遡って探したところで、よくわかんねーって点もある。逆にいうなら、発信源が煌子だったら一発でわかるだろう」
「ああ、とんだ
「またババアしか口にしないよーな表現ばっか並べンなぁ、お前!」
「ごめんね。私の知識は書物で得たものが殆どだから、口語で現代人が使わない物も多いのよ。ちゃんと
「ま。そもそも煌子のする話を誰がまともに鵜呑みにするかってハナシでもあるな」
う~ん……。と茲子は眉を寄せる。
理解し難い。そして、意味がわからない。
予言? オカルト? 自殺の動機や状況も不明で、妙な流言飛語だけが飛び交う状況――本来なら、くだらない。一笑し一蹴したいような話。だけど。
「その、新たな事件の方は……」
「偶然か必然かわかんねーが、またオッサンが変な殺され方してたやつだ。田舎の方だからまあ同一犯じゃねーだろーけど」
「ふむ……」
予言? 予告……いや、死んだ後で? じゃあ計画殺人ってのとも違うだろうし、今耳にした程度の情報では、何もわからない。
「むしろこの件、ワケわかんねーガセ話が広まると面倒なので、黙らせるようにしたな。この話をオトナや警察やマスコミに吹聴すると、ろくな目に遭わねえぞ、って感じのな。どんな目かは知らね」
「ああ、オカルトの流布だ。他ならぬ、あなた自身が?」
「いや、警告。ミウチに対しての、曖昧なヤツな。明確にやっちゃ『脅し』になっちまう。それはアタシにはノーサンキュだ」
「でも、あなたの思惑を外れて、それはオカルトになってしまった……って感じかな」
「……認めたくはないが、まあそうなんだろうな。原因と経緯と結果の意味的側面を理解しないヤツには、何だろうと『おまじない』になっちまう」
「大変だね。まあ……人心なんてそうそう簡単にはコントロールも効かないって話」
「ああ、良い教訓だな……肝に銘じねーとな。フフっ……ああ、そうとも。アタシはそういうの、てっきり『上手くやれてた』つもりだったんだ。ちげーねー。おめーの思う通り、ようはアタシの抱えてる問題はその『オカルト』になっちまったって点だ。どうにもこりゃ、座りが悪い」
つまり、情報が制御できないって点――なるほどね。
「いずれにしても、それはあなたにはどうしようもない話。そして私と折衝してもどうにもならない話。殺人者が何のつもりで誰を殺したかも、私にとってはどうだって良い話。その真相を探ろうとか、推理しようとか、そんな探偵の真似事なんてわたしがやる意味も必要もない。第一、そんな事件を解決する探偵の存在なんて絵空事でしかないよ」
「ちげーねーや、ハハハ……うん、探偵……ね。なるほど、ね……」
ここで蛍子は何かに思い当たるような顔を見せ、少し押し黙る。
「……何か、心当たりでも?」
「いや、関係ないな。アリャ、無理だ。規格外だが、ありゃー何の推理力もねーな、アハハ。まあ、『いる』にはいるんだ。この世にはな」
「……何が?」
ふふっと、笑顔だか、人を小馬鹿にしたんだかわからない、何ともいえない妙な顔で、苦笑とも嗚咽ともつかない声をクックックっと漏らし、そして、蛍子はまっすぐ茲子を見つめ、口を開いた。
「探偵」
To the next time.
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