第十九話『在りえない、知りえない』(後編・その4)

「誰かに誘導されてあそ現場に居合わせたなら、誘導したヤツが主犯と考えられるか。この場合、まだ私も巴の目から見る限り、主犯の可能性はあるわけだがな」


 まあ、そこは確かに。でも。


「ただ実行犯として想定できる幅が……狭いようで広いようで、やっぱり狭いというか……」

「逃げ隠れできない場所だしな。しかし私が来る前の話なら、逃げてて当前。死角だってあっただろう。犯行から私の発見、警官の到着、それらの時間的余裕が問題か」


 その時間的余裕が、何分もなかったのは確かだ。数十秒単位?

 そもそも二人連れだから、二人共が共犯でもない限り、何かでもう一人の目を盗んで単独行動をとっている間しか犯行可能な時間余裕はないだろう。そして警官二人が共犯、というのは想定としてはちょっと無謀にも思う。

 単独で――例えば小用で席を外すフリをする等、1~2分くらいは別行動も可能かもしれないけど。


「そして、胸を一突きってことは、ある程度刺し慣れた犯人って話になるか。警棒術、剣道か柔道は警官には必須だが」

「……刺し慣れた、っていうのはさすがにどうなんでしょうか? 普通に、他人を刺した経験のない人の犯行なら、急所を一撃なんて確かに難しいと思いますけど。うまく急所らしき箇所にプスっと刺せたとして……確実に殺したいのなら、二、三ヶ所は続けて刺しますよね。お腹を刺してそのまま刃物をヒネるとか、喉をカッ斬っちゃうとか」

「エグいな」

「もし被害者に息が少しでもあるなら……犯人の特徴を口にする余裕が出ちゃうかも知れないじゃないですか」

「私にか」

「ええ。だから確実性より一撃離脱が必要な状況であった点、そして『一撃で殺れる自信』が、慣れや技術より確かに得られる想定は――」

「……最接近、か」

「ええ。完全に油断した相手に、ほぼ密着できるほど近寄れる――職務質問、そして警察手帳というアイテムがあれば、それは簡単なんじゃないかって。その点からも、警官という想定を十分補強はできます。被害者が刺されてすぐですよね? 警察の人が来たのは」


 伝言を口にはできなくても、結局メッセージを残せるだけの余力と命が在ったのは、犯人にとっては致命的ミスだったかもしれないけど、普通に心臓を一突きで生きていられるとは考えないだろう。


「ついでにいうなら私が捕まったのもすぐ直後だ。私が被害者を発見してから警官の接触まで、トータルで一分とかかってないな。それはしかし、現状、何が何でも『警官しか犯人像が考えられない』という根拠もない。素人が、えいやーっと突進して、たまたま急所に一撃で刺さって、怖くなって逃げた可能性だって考えられなくもない」


 自分が被疑者の立場にいるのに、きっちり冷静に判断できるのが知弥子さんらしい所だ。


「考えられなくもないけど、それじゃ偶然が過ぎますよ」

「私が居合わせたほうが偶然過ぎるだろう」

「だから、知弥子さんが誰に誘導されてそこに居たのかも重要なんです」

「誘導? 自発的に決まっている。尾行してたといっただろう」

「だから、それです」

「……なんだ? 私は調べていたんだ。保険金殺人の常習犯……と考えられる相手をな。それが今回の被害者だ」


 ちょ、そんな危ない事件に首突っ込んでたんですか!?

 呆れる。殺人の常習って……!?

 それじゃあ、こんな事件に巻き込まれても仕方がないじゃないか。

 命が幾つあっても足りない。

 そんな意味では、こんな形で『容疑者』に仕立てあげられる方が幾分かはマシだ。

 納得がいった。

 うまく尾行したつもりでも、隠れて探っているつもりでも、その相手から「丸バレ」ということもある。

 追っているつもりが追われていて、調べてたつもりが調べられていたなら、こういったお膳立てで知弥子さんが『ハメられた』のも、そうおかしな話ではないだろう。

 つまり、犯人には捜査能力もあるということ。

 これまでのファクターから総合するに、現場に居合わせた警官の中に、実行犯なり共犯者なりがいる可能性は、極めて高い。

 ――それが、私の結論だった。

 それはあくまで可能性だし、証拠もない、無実を論証するに十分な材料すらないのだから、厳しい状況なのは間違いないけれど。


「私を現場に誘導……は、被害者自身がしたってことになるか」

「被害者を動かせる相手が犯人でもあります。共犯者の口封じって所かもしれませんね。もしそうだったら、警察手帳や職務質問なんて手段より、もっと簡単に『やぁやぁ』と顔なじみの相手に近づいて殺せますし」

「……私の調べてた事件、かなりエグいぞ。もし私の調査が正しいなら、今回の被害者は、これまで直接か間接で何人も殺している可能性が高い。さすがに刺殺はないが、殆どが薬殺や、事故死にみせかけたケースだな。そんな意味では、まあ同情はできない。むしろ死んで当然のド悪党だ」

「だからといって、殺しはしないでしょう知弥子さんは」

「あたりまえだ」

「あたりまえですよねえ」

「私がそんな人間に見えるか」

「……見えるか、って聞かれたら困りますが。思えるか、っていうなら、思えませんって断言できます」

「信じられるのか」

「信じます」

「何故?」


 ……決まっている。私は……もう、それでは迷わない。


「好きな人に対して、尊敬する人に対しても、人は平気でウソをつくこともできます。相手の心の奥底までは読み取れないし、知りえないです。誰かの口にする話を、一方的には信じられません。どんなに親しい相手であれ、まず疑ってかかることも探偵の条件かもしれません。でも……私は、知弥子さんからイヤな顔をされようと、ある一つの『予断』の下に動くことにします」

「……何?」

「知弥子さんは、私を……好きだっていってくれましたよね?」

「……む。まあ。それは、巴が先にそういったからだが」

「ええ、私も好きです。だから、『信じたい』じゃなく、『』んです。信じられるかどうかとか、そんな話は関係なしに」

「それは、探偵としては失格な物の考え方だ」


 失格でもかまわない。

 私は最初っから、そもそも探偵の器じゃないんだし。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る