第十九話『在りえない、知りえない』(後編・その3)

「……こんな話をしたのは、私に、知弥子さんを信じるための『根拠』が乏しいからです。私は知弥子さんのことを……信じたいし、信じてます。だけど、」

「つまり、信じてないけど信じたい、って話と繋がるわけか。ふむ」

「……信じてないわけじゃありません。ですが、私は――私自身を、信じていません。……何故なら、私も、未来を一度、捨ててしまったから」

「私の理由と巴の理由は違う」

「違うけど、今の自分の人生を、おまけか何かのように考えている知弥子さんを、信じる根拠が私からは薄れてしまうんです」


 ……私は私自身を信じ得ない。

 仮に、事故であれ故意であれ、私は人を殺せるだろうか?

 無理。でも、「絶対に無理」とは断言できない。

 私はそれを誤魔化せるような人間だろうか?

 わからない。自分の中には倫理観も正義感も確かにあると思うけど、もしそういった状況になったら……私は私の頭脳の全てを駆使して「誤魔化す」かも知れない。

 知弥子さんと私は同じじゃない。似てもいない。でも、共通する何かが奥底にあるのなら……それは、私の知り得ない話であろうとも、その過程において「殺人は不可能」と断言できない。

 私が知弥子さんをここから出すために、絶対に必要なもの……それは、信じる力。断言できる根拠。

 ゆらいで、こんなにもあやふやな私に、それは今、確実に乏しい物。


「根拠、か。うむ。やっぱりそこに帰結するか。困ったことに、潔白を証明する手段がないのも事実だな」

「潔白といっても、そもそも知弥子さんが『死因』でもあるじゃないですか」

「まあ、そうか、それはそうだな、うむ。いわれてみれば確かに私が死の一環でもあるか」


 これは私の屁理屈なのに、何故か知弥子さんは納得してしまった。


「……私はそもそも、知弥子さんをここから出す義理なんてありませんし」


 ちょっと突き放したような言葉だ。口にした自分自身でも驚いた。


「何の得もナシ、だな。だが、巴の正義感は、無実の罪で投獄されている哀れな先輩を見捨てて、のうのうと表を闊歩している真犯人を見逃すことなんて出来ないだろう。どうだ」

「……目をそらせば、われ関せずと見逃すことはできます。私はそこまで正義感が強くもないです。でも、知弥子先輩が『本当に無実』と信じ得る確証があるなら、確かにおっしゃる通り行動するかもしれません」

「となると、確かに巴には確証なんぞ何ひとつないな。ここから出す義理もない。そこはさすがに仕方がないか。参ったな」


 いや、そこで納得されても。

 ふぅっと溜息まじりで、知弥子さんだけに聞こえるように声のトーンをやや落とし、ささやくようにつぶやく。


「……だから、おっしゃる通り『一環』なんですよ。先輩の存在も折込み済みだったんでしょうね」

「む?」

「殺人はもともと計画があって、そこに利用できそうな知弥子さんの存在があったので、使った――と、そう考える方が、成り行き的には自然ですね」


 その前提なら、こうもうまく「犯人にしか見えない状況」で捕まったことに納得いく。

 つまり──そうそう簡単に、私はこれを『警察の人に』報告も出来ないって話だ。


「……警官か」

「ちょ、な、なんでっ!? そんな所ばっかり知恵が働くんですか知弥子さんは!」


 読まれた!


「ある意味、ここにいたほうが私は安心だな、確かに」


 知弥子さんは、ふむ、とあごを手で押さえる。感心していいやら呆れていいやらはこっちの方だ。

 私が何かに気づいたそぶりをした時点で、私が何に反応したのかをのだろう。コールド・リーディングは、ちさと部長だけの得意技ではないって話。

 ……となると、断片だけでも掴んでしまった知弥子さんを、このままここに置いておくのは危険でもある……。


「ハメられたってことか。いや待て、フツーあんな現場を発見してナイフを引き抜く女子高生などいるか」


 わかってるじゃないか。


「だから、『あなた』なんです。やたら事件を嗅ぎ回り首を突っ込む、非行暦のある、やくざの関係者なんかの娘を、上手くそこに誘導すれば、何かと好都合って話ですね。直接証拠さえなければ、未成年者ゆえに『保護』で犯人に仕立てあげられますし。ナイフを抜くことまではさすがに考えてはいないでしょうけど。それは余禄というか何というか……」

「最初っから致命傷だしな。あー、いっとくが非行暦はないぞ。正当防衛で不当逮捕されたことは何度かあるが。逮捕っていうか、補導か。世の中理不尽だ」

「はいはい、わかりましたから」


 だいたいこれで、材料は揃った。


「いずれにせよ、悲鳴をあげて逃げ出すタイプじゃないって、分かっていたことが重要なんです。ナイフを引き抜くかどうかは置いておいて、現場の保全をして死体を調べようとするぐらいは、知弥子さんが探偵舎の一員であることを『知っていれば』予想もできます」

「それを見計らって警官を呼ぶとしても、呼び出した奴が怪しまれるしな。善意の第三者の通報で、ってケースを想定するには厳しい現場状況だ」


 確かに、現場状況は人通りがなさすぎるし。


「だから、怪しまれない誰かを想定するなら……そこに居合わせた警官、くらいでしょうね。現状だと」

「だがそれは予測であって、証明できる説明がない」

「同時に、警官が犯人……なんて考えも早急です。つまり、何故そこに警官がいたのか? の設定次第ですね」


 そこがわからない限り、やっぱり断言はできない。





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