第十九話『在りえない、知りえない』(後編・その2)
「……それで、どうしてそれを警察に話さなかったんです?」
これって、結構重要な点だと思うんだけど。
「話したところで信用もしなければ、解読だってしないだろう、警察は。だから徹頭徹尾黙秘」
「だーかーらーっ!」
自分で自分の首を絞めてるだけじゃないかぁ。
「……てことは、訊かれなかったってことでもあるかなぁ」
「うむ」
捜査資料上では、そんなものは「無い」ことになっている。
「いまさら暗号論とか、ダイイングメッセージに関しての検証をしようとは思いませんけど……」
「さんざんやったな、以前」
それに、死ぬ寸前の人間がとっさの判断で行う行動に、そう意味をもたせられないかも知れない。
とはいえ、これは私にとっては重要事項。
これで捜査に必要な要素の目処はついたとして、ただ、どうやってその方向に持ってゆけば良いんだろう……?
あるのかないのかもわからないバクチに、しかも中学生の提案なんかで、警察の人は果たして動いてくれるのだろうか……?
初代部長の御威光が、今でも署内に通じているとは限らないのだし、実際のところ私には何の実績もないのだから。
そもそも、動いているのは少年課だけじゃないはず。殺人事件なんだから、捜査一課や科警だって捜査はしている。何かあるならとっくに……。
――そうか。
……なら、急いでここから知弥子さんを出すのも得策ではないかも知れない……。
「あの……人生が終わった、なんて……そんな悲しいこと、いわないで下さいよ」
急に話を切り替えたせいか、無表情な知弥子さんも一瞬驚いたような目をする。
事件と無関係な話なのはわかっている。でも、それをいわずにはいられなかった。
「なんでだ」
「だって、知弥子さん、まだ高二でしょ? その若さで、そんな……」
「中一にいわれたくない言葉だ」
「……若者には未来がありますよ」
「若くして死ぬ者もいる」
「死んじゃうんですか?」
「もののたとえだ」
屁理屈合戦なら、きっと知弥子さんは私よりも上手かもしれない。普段口数が少ないだけで、この人は決して寡黙というわけでもないのだから。
「じゃあ、どうなるかわからないけど、まだ見えて来ない明日を信じて行きましょうよ……きっと、そう……頑張って、前向きに、えーと、未来を創って行けば……」
すごく空々しいことを自分でいってるのがわかる。どうも、こんな話になると私は口下手だ。
「あほか」
「……いや、えと」
どストレートに突っ込まれた。
「信じるも何も、寝て目が醒めれば明日は来る。明確な目的があろうがなかろうが、命ある限り人は生きて行かねばならない。それはある意味で罰のようなものだ。逃げもしないが期待もしない。幸も不幸も乱数の結果だ」
「……はい」
ここで「はい」っていっちゃうから私は駄目なんだなぁ、と自分でも思う。
「別に捨て
「はい」
「しょうじきだ」
「信じてないけど、信じたいんです」
「なんで」
「信じて生きて行く方が、幾分かマシだって思うから」
この言葉は本心。
「信じてもいないものを信じているフリをして生きて行くなんて、確実に
「賢くて辛い生き方をするぐらいなら、バカでも楽しく生きる方が素敵です」
「バカで辛い生き方をしてどうする。賢くて楽しい生き方が最適だ」
「いや、そりゃ全くそうですけど……」
「バカだと思ってる限り、結局は欺瞞だ。自分で自分を欺け通せるか。賢く生まれてしまったんだ、巴は。だから無理。バカな美辞麗句を並べて、ガンバレガンバレと自分にいうような虚しい、空々しい言葉なんかにカケラも反応しない人種だ。私と同じく」
「知弥子先輩とは、同じじゃないです」
「なんでだ」
「イヤだもん」
「む」
薄笑に近い知弥子さんの無表情フェイスに、片眉がほんの少し動く。
「……知弥子さんのこと、好きです。好きだけど……賛同はしたくない」
「イヤとかイヤじゃないとかっていう、好みの話か」
「そうかも」
「ご飯とパンじゃ、朝はご飯に限る。朝からパン食べるぐらいなら死んだほうがマシ、って程度の話だな」
「いや、死ぬぐらいなら朝食抜きますって、フツー」
「フツーはそうだ」
ダメだ、何か、話がズレちゃう。
「まあ、巴が私を好きならそれでいいか」
「いいんですか」
「嫌われると困る」
「……そうですか」
だったら、もうちょっと好かれる努力でもすればいいのに。
いや、この人にソレは愚問か。
ほんとーに、好き勝手に生きている人だと思う。
「あとのヤツはどうでもいいが、香織と巴は困る。重要だ」
だから、なんでそーゆー……
「私も巴は好きだからだ」
照れるように私はうつむいた。
「で、何故そんなつまらん説教臭い話をする。中一が。高二に。それは今この場で必要なのか? 違うだろう?」
「……スミマセン」
「謝るのは誤魔化しだ。重要なのは、理由」
うん、誤魔化しなのは見抜かれているし、この人に小細工なんて通用しない。
私の中には、まだ「迷い」がある。知弥子さんを信じ切れるかどうか。もちろん、知弥子さんが殺人なんてしないだろうとは思うけど……それはまだ、確信に到れるだけの根拠も材料もない。
「……もうちょっと、知弥子さんには、ちゃんと生きて欲しいんです」
これもまあ、本音。刹那的で、自分の命を軽んじている知弥子さんだからこそ、他人に対しても暴力に躊躇がないところはある。
バールのような物で殴られたら人は死ぬことだってあるのだし。故意でなくとも過失で殺人はあり得るかも知れない。ナイフで刺すなんてさすがに考えにくいけど、揉み合ってとか、シチュエーション次第では、無いともいい切れない。
「だから、余計なお節介だ。私は私の責任の中で、きっちりちゃんと生きているつもりだ」
「ちゃんと生きてる人間が、そもそも殺人容疑で捕まったりはしないです」
「うむ。いや、これは冤罪の不当逮捕だろう」
「捕まるに十分な理由はいくらでもありましたし、それはそもそも知弥子さんの招いたことでしょう?」
「うむ。それは確かにそうだ」
めんど臭い性格なクセに、理屈に叶えばそれを素直に認める知弥子さん。私自身もわりと理屈馬鹿の気があるだけに、この辺はよくわかる。だからといって、虚偽を口にしないとも限らないし、信用に足り得るかというと……正直、それもまだわからない。
何故なら――
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