第十九話『在りえない、知りえない』(後編・その1)


 第十九話『在りえない、知りえない』



★前編のあらすじ★


 よりにもよって、殺人の容疑で現行犯逮捕された高等部の先輩・知弥子への接見人として、どういった訳だか中学1年生にして血縁者でも何でもない、そもそも部活ですら数えるほどしか会った記憶もない無関係者の巴が、警察に呼び出されてしまった。

 思惑も見えない、まして、自分の推理を頼っているとも思えない、そもそも何を考えているかもわからない知弥子の前で考え込むも、そもそもこんなありえないような状況下、混乱した頭の中で、巴はただただ困惑する。

 しばしの問答の末、ようやく少し落ち着きを取り戻し、知弥子から事件のあらまし、当事者からみた現場の些細な様子を伺って、即座に犯人の目星をつける巴だが……?







「あ、……いや、犯人が誰かわかった、という話じゃなくて、あくまで『犯人像』の予想ですから」


 つい口をすべらせちゃったけど、まだそれは、あまりにも「確証」がなさすぎる。

 うっかり「犯人わかりました」なんて口にしたのは、早急だったと反省した。

 ことが殺人事件だけに、直感やひらめきだけで立てた目処を拠り所にしてはいけない。何より、そういった私の「推理」を知弥子さんは嫌っていたはずだ。

 ……じゃあ、そもそも知弥子さんはなんで私を呼んだんだろう?

 私がに落ちない点も、そこ。ある意味、信用できない人でもあるんだ、知弥子さんは。

 信頼……は、できるけど。信用……は、できない。

 同じようでいて、ニュアンスがちょっと違う。


 少し考える。確かに、状況の検証をするに、限定された情報だけでもその異様さはわかる。

 気になるのはダイ・イング・メッセージの内容だけど……それは私が香織さんから見せてもらった警察関係の資料にも、一切触れてはいなかった。


「なんだ、わかったワケじゃないのか脅かすな。で、どういった見解だ?」


 急かすように知弥子さんは私に問う。


「……警察の人に話します。ここで知弥子先輩に話しても、どうにもならないじゃないですか。早くここから出たいんでしょう?」

「うむ、確かに。いや、ちょっと待て。知る権利ってのもあるだろう、私にも」

「出られたら教えてあげます。……もし私の推理が当たっていれば、ですけど……」


 さすがに確認しなくちゃいけないことはあるし、その「捜査」に着手してくれるよう警察の人に頼むには、やっぱり香織部長の力を借りないと無理だ。


「推理、か……。まあお前の武器はだからな。筋道を立てた上で、事件の概要と要点を抜き出すことに巴が長けているのを私も認めるが、要は『根拠』だな。机上の論だけで動かせ得るのか? 警察を」

「やっぱり、知弥子さんは私の推理そのものは期待してないんですね。……だから、本当の魂胆は何です? さっさと解決しろって、さっきおっしゃってましたけど……」

「半分は本心。私がどう思っていようと、巴の『推理力』は太鼓判が押されているだろう。聞いたぞ、警察にもお前を過大評価してる奴がいるって話」


 ……なるほど。香織さんの知りあいの、S署の人とか。他にも「探偵舎」に好意的な感情を持ている大人も、もしかすると署内には何人かいるかもしれない。他ならぬ私自身が、初めて探偵舎を訪れた日の夕刻に、それを思い知らされた。過大評価というのはおそらくあの時の話を又聞き、曲解した上のことだろう。もっとも、それは「私」にではなく、あくまで「探偵舎」の看板にだと思うけど……。

(いや、他ならぬ探偵舎の知弥子さんの扱いからすると、そこもどうなのかな……?)

 ともあれ、そういった特殊な事情があるから、私を接見人に「選んだ」のか。

 普通なら、ありえない。中学生の、赤の他人の、後輩ってだけの女の子が、こんな事件で未成年の被疑者に対し、接見人として通されるなんて。

 同時にそれは、知弥子さんはそこまで計算済みってことでもある。

 やっぱり、一筋縄ではいかない人だ。


「ふむ。じゃあ大丈夫だ。むぅ、ならさっさと出たいな。よし、出てけ。それで解決するなら即座に警察に話せ」


 現金な人だ。


「そりゃ、いわれなくても行きますけど……」


 どうしたものだろうか。

 椅子から腰を浮かし、立ち上がろうとして、それでもまた、私はストンと腰をおろした。


 私の中には幾つか、迷いがある。

 それがある限り、やっぱり「確証は得られない」から。

 私は、知弥子先輩のことを知らない。

 こんな超然とした人なんだから、知ろうと思っても知りようがないかも知れない。


 私の知る知弥子先輩は、ムチャで、デタラメで、暴力的で、正義感が強くて、とにかくムチャで、美人で、強くて、格好良い人。

 私は、彼女のことをある程度は信じている。

 知弥子先輩が人を殺すわけはないことを承知している。

 でも、それはやっぱり何度か一緒にそばにいて、分ったような「つもり」になっているだけかも知れない。

 実際にはどうだろうか。

 知弥子さんの深遠なる奥底は、私には知り得ない。知りようもない。

 訊く……ことは、きっと出来るとしても。

 私は、もし誰かに私のことを訊かれてもきっと話さないし、答えない。

 私は私の中に沈めた闇は誰にも知られたくないし、話そうとも思わないから。

 ……でも、じゃあ、さっきは何故それが自分の口から?


「……もう一つだけ確認します。そのダイイング・メッセージは確かに存在したんですね?」

「だから、メッセージかどうかはわからない。のたくった記号のようなものを血で、指で、倒れたそばの駐車プレートに書いていた」


 それを先にいってくれないと!


「その話は警察にしたんですか?」

「するわけない」


 ……それって、状況悪くするだけでしょーっ!


「ええっと……それって、倒れた際に、もがき苦しんで指がのたくっただけ、ってことはないですよね?」

「ないとは思う。直線を交差させるような線も見えた」

「なるほど。意図的にやらないとできない記号状になってたんですね。それで、内容は? 内容がないとしても、どんな文字か、記号かとか……」

「どっちみちそんなメッセージに興味ないから覚えてない」


 とほほ。


 ……とはいえ、

 今の言葉で、何から調べればいいかは少しだけ得られた。




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