菖蒲院中学二年C組 御崎佐和子


Fragments 03

菖蒲院中学

二年C組 御崎佐和子




 ゲラゲラ嗤っていた、とも、凄まじい形相だった、とも伝え聞く。

 授業中のことだった。

 生徒の一人が、落下して行く御崎佐和子と「目が合った」と聞く。

 衆人環視の中、その美貌の少女は長い髪を振り乱し、頭からコンクリートの地面に突進し、脳漿を撒き散らして死んだ。

 高さ四階の校舎の屋上からだった。頭からの投身でなければ、即死は免れるかもしれない高さだった。


 屋上への入り口は普段はしっかり施錠されているのに、この日は「何故か」鍵が開いていたとのこと。

 目撃した何人かの女生徒はショックで倒れ、救急車で運ばれた。

 状況が状況だっただけに、マスコミにも隠しようもなく、性質上その日のうちに全国ニュースで彼女の死は伝えられた。「自殺報道のガイドライン」もまた、未成年者のセンセーショナルなケースでは機能しない。但し、ニュースでは大きく扱われることもなく、新聞記事では五行ほどで、インターネットで配信された記事も、掲載後ほどなく消えた。続報もほとんどなく、無駄に興味と憶測だけで拡散されるSNS上では、十日前後は軽く話題にはなっていたようだが、新たな火種がくべられる様子も無いためか、それも長続きはしなかった。


 遺書はなし。

 原因は不明。

 そこから後に伝え聞く話は、既に地元の子どもたちの間での、ネットでは拡散されないタイプの口伝の「都市伝説」となっていた。

 曰く、彼女は妊娠していた。

 曰く、彼女は援助交際していた。

 曰く、彼女は付き合っていた男に捨てられた。

 曰く、彼女は呪いを受けた。

 馬鹿々々しい噂ばかりが広がり、その噂そのものをも馬鹿にする者も少なくはない程に、それらの話はその周辺の中学生たちの間で蔓延した。

 それ程までに、御崎佐和子には「フォロー」に入る友達がいなかった。


 御崎佐和子を知る者は殆どいなかった。

 伝え聞いた所によれば、彼女は無口で、美人で、憂いのある面差しの文学少女で、友達は一人もいない。校内で彼女は、誰にも話しかけることはなく、誰かから話しかけられても返事はしない子だった。家に遊びに行った者もいないので、家庭がどんな物だったのかも誰も知らない。御崎佐和子の両親に対し、担任教師と校長がクラス一同で葬儀に参加する旨を申し出た際には、「佐和子のことは、家族内々での密葬で済ませますから結構です」と断られた。


 御崎佐和子を毛嫌いする女生徒は何人かいた。生意気だと因縁をつけた際に、無言で彼女から殴られた子もいた。そういった子たちは殊更、御崎佐和子の「都市伝説」を面白おかしく捏造し、広めた。

 それでは御崎佐和子は完全に孤独だったのか? というと、そうでもない。

 表だって口にしないだけで、友達とも呼べえないレベルの交流を持っていた子も、少しは存在した。そんな子たちは、彼女の死に対して、完全に沈黙した。


「殺されたんだよ」


 同じ菖蒲院中学に通うある少女はボソリと、そう口にした。

 死亡の翌日に取材をしていた記者の前で、短いスカートに改造したジャンパースカート制服の茶色い髪の少女は、苦々しい表情で吐き捨てるようにそういった。

 もしや、彼女こそがその『交流を持ってた子』……だろうか?

 それは、どういうことなの? 記者は質問を続ける。


「あんたにいったってわかるわけないじゃん」


 汚らわしい物でも見るような目で記者を睨み、少女は顔をそむけて進む。中学生のデリケートな神経に、自分の取材姿勢は酷だったか、と記者の田中は少し反省した。遺族や親族からハゲタカか何かのような目を向けられることもまた、職業柄、少なくはない。

 少女はそれ以上喋ることもなく、追いかけて質問を続けることもできず、記者の取材はそこで終わる。御崎佐和子に関する記事を書く機会もその後、来ることはなかった。


 少女の自殺に関しては、今年に入ってから市内でも数件起きていた。その取材記者に、それら少女の死の真相に迫る熱意や矜持がなかった訳ではない。究明しようにも御崎佐和子は他の少女と同じく、遺言も何も残しておらず、家族も学校も取材に対する反応は冷めたものだった。それ以前に、今現在この街で起きている別の凶悪犯罪に、殆どの事件記者の関心は向かっていた。


 御崎佐和子の死は、学校側が鍵の管理を厳重にすることと、屋上の金網をもう一メートル高くして天蓋を緑色の網で覆うという策を今後導入する契機となった。後に残したものは結局それと都市伝説だけになった。

 記者の取材の二日後には、市内で暴走族の少年同士によるリンチ殺人や傷害事件が発生し、その記者は主にそちらの取材をすることになり、御崎佐和子という名の少女のことも、名前も知らぬ少女のことも、次第に記憶の片隅から薄れ、消えて行った。


 やがてそれから二週間ほどした後に、菖蒲院中学では新たな都市伝説が発生する。

 まるで喪服のような黒いセーラー服の少女が、学校の周囲をかぎ回っている、と。





To the next time.


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