第十八話『幾星霜、流る涯』(前編・その4)
一つだけ確かなのは、彼女の自殺は授業中、幾人もの生徒の目の前で、衆人環視の中、起きたらしいということ。
四階建の校舎屋上から、真っ逆様に頭から飛び降りたらしい、ということ。
四階という高さは、即死するには不安のある高さだから、頭から飛び込むというのは、死ぬつもりの人間であれば合理的かもしれない――思ったのはそれくらいで、他の話には全くコメントのしようもありません。
遺書はなし。
屋上への入り口は普段はしっかり施錠されているのに、その日は『何故か』鍵が開いていたとのこと。
真っ逆様に飛び降りてゆく彼女と、授業中窓際にいた生徒の何人かは『目があった』らしく、その時の彼女は『凄まじい形相だった』とも『ゲラゲラ笑っていた』とも伝え聞きました。
……まるで都市伝説です。彼女は、佐和子さんは、「学校の怪談」になってしまったのです。しかし、自殺は事実。状況も概ねその通りなのは間違いがないのでしょう。
「ふむ」
湯飲みをコトンと盆に置き、麻衣さんは考え込む。
「それは推理云々で考えるのって、難しいっていうか、……無理だね。いっちゃナンだけど、『
「ええ。ですから、単純に『調査』を続けていたんです。聞き込み……ですね」
「非業の死を遂げた友人の、死の真相に迫るために、か。ははっ、随分とハードボイルドじゃないか。小娘がヒョイっと手を出して良いような話じゃないよ」
「小娘というほど小さくも……」
「いや、背の話はしてないって。香織はいくつだっけ」
「百六十……五です」
「可愛いトコあるね。今、サバ読んだでしょ」
「……八です」
「どうみても一七〇はあるじゃない。正直にいこうか」
「いえ、一六八は本当です!」
何をむきになっているのだろうか、と少し顔を赤くする。
「まず、悪いけどこの事件って、根底から
「私のお爺様は、刑事です。お父様も……でしたけど」
お父様の方は、ほんの数年で警察官を辞めて、今では商社勤務ですけれど。
「どうやら私には、お婆様の才能よりもお爺様の血の方が、濃く遺伝しているのかもしれません。そういえば、お爺様は一八〇以上の高身長でしたし、お父様も一九〇以上……」
クスっと笑う。いや、本当は笑えてはいない。自虐的な冷笑でした。
「……ま、確かにそうだな。タッパは中一にしちゃあデカい、フィジカル面でも申し分ない。成績も優秀、容姿端麗、加えて警察とか探偵とかと知り合いの家系ね。揃ってるよ、残念なくらいに、香織には。普通の小娘には出来ないようなことが、あんたには
「……不幸でしょうか?」
「たとえ調べて、その子の死の真相がわかったとしても……それでその子が生き返るわけじゃないでしょう? 知れば辛いことだってあるよ、きっと」
「私もそう思います。どう考えても自殺です。殺人ではないと思います」
「それは、どうかな……?」
「えっ!?」
「いや、何でもない。気にしないで」
ふぅむ、と麻衣さんは何かを考え込む。
「……何もわからないまま、どうにもできないまま、彼女の死を『はい、そうですか』と受け入れることは……私にはできません」
「つまり、香織は納得したいんだ」
「はい。……自分勝手な望みです」
そう、あくまで私の勝手で、私の我が儘。
チラリと本に視線を落とす。
「そう。『どうして?』って顔してる。この本が気になるんだ?」
「いえ、それはわかります。私の後をつけていたなら、私が『
「うん。だから、
「プロファイラーの領域ですものね」
パラリとページをめくる。『図版』があまりない物なので、ホっとする。
いずれにせよ、まだ事件が発生して日が浅いのだから、そういったスナッフ画像のような資料は殆ど出回ってはいないはず。
そう。そんな、まだ日の浅い事件のはずなのに何故……?
「この本は、私が学校に申請して、部費で購入した」
私の懸念をズバリ、いい当てられた。
「部費? ここは部活として必要な人数がいないと思いますけど……」
「ここは『
こんなもの、女子校に「資料」として置いて良いような本には見えないのだけど。
「そんなムチャクチャな事件が今、県内で起きているのは誰だって知ってる。じゃあそれと中学生の自殺との関連って? 点と点、間をつなぐ線の話、まだ香織はしていないね」
私には、何も答えられません。
なにしろ、この、
そんな不気味で奇怪な事件と中学生の自殺を結びつける者なんて、普通は居もしないでしょう。
では、私は何故にそれを──?
「……最初は、切っ掛けは……たわいない学生の間の『噂話』でした」
「噂? どんな?」
「死の予言……事件の起きる前に、佐和子さんが
佐和子さんには、「魔女」のような渾名も付けられていたようです。
時期を同じくして同じ地域で起きた、凄惨な事件と彼女の自殺。勝手に結びつけて妙な噂話が流布されるのもまた、仕方のないこと、とも思いました。
「……うん、まあ……とるに足らない話だね、普通なら。二度目の犯行だって、佐和子さんが死んだ後のことだし。それで、香織はそんな話を真に受けて?」
「……本気にはしていませんでした。ですが、何か一つでも佐和子さんの情報が欲しくて、色々と調べてみました」
「調べて、因果関係は?」
「…………答えたくありません」
んっ? と、ここで麻衣さんは首を傾げる。それもそうでしょう。私は――麻衣さんには、
最初は、それらは本当に無関係だと思っていました。それでも、そんな噂話が別方向から複数重なっていることも分かりました。ならば、出所はどこに? 誰かが意図的にそんな話を吹聴しているのでしょうか? その人物の思惑は?
そんな思いから、私はその「殺人鬼」の事件と、佐和子さんの間に何か因果関係の一つもないかと、調べはじめました。
そして――正直なところ、私がこの二つの事件を結びつけて、本格的に調査を開始したのは、推理でも何でもなく、反則に近い方向から、まだどこにも出ていない『
……残念ながら、私にはそれに気付けるだけの探偵の才能はありません。
祖父が過去に、叩き上げで県警捜査一課長を務め、その後にS町の署長まで勤め通した事から、今でも家族ぐるみで親交のある、かつて祖父の部下だったような方からは、「お嬢様扱い」されるこそばゆい感と同時に、予期しない情報がもたらされることもあります。
今回はむしろ私の我が
マスコミにも流出していない、一つの事実を。
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