第十七話『愛と死と』(後編・その6)
「勿論、私だって幸迦が犯人だなんて思ってないよ。ただ、ここで重要なのは……暗号の内容じゃない、『
「えっと……どゆコトぉ?」
「犯人かどうかはともかく、文面を知ってる者にしか、お姉さんの被害状況は『意味を成さない』──
つまり、
『……ちょっと、あなたたち。一体何の話をしているのかしら?』
声のトーンをあげて騒ぐカレンたちに、部長がいぶかしむ。
「ああ、ゴメン。ええっとね、実はこんなことがあったんだよ」
ミキにとっては驚くほど、カレンは実に手際よく、整然と、手短に話をまとめて伝えた。この辺り、幸迦とはえらい違いだ。
全ての説明を聞き終え、暫く考えて、ちさと部長は口を開いた。
『……ふむ。ねえ、それって、私にはその条件から考えたなら……もしかすると、お姉さん、
「はぁ!?」
「ほえ!?」
ミキとカレンとで、さすがに声が揃った。角材で自分を殴打する自殺なんて、幾ら何でも、無理すぎるだろう。考えようもない。
『だってその手紙の【内容】を考えてごらんなさい、それって【心中物】よね? まして、その文脈からすると、その薬ビンって【睡眠導入剤】か【抗精神剤】、さもなくば【致死性の毒物】よね?』
「あ……」
確かに。
愛とか死とか、哀とか詩とか。そんな文学サッパリわからない自分たちでも、それはわかる。
ニュアンス的に、これは間違ってもクロロフォルムのビンをさしている物じゃないし。
ましてや……、
『そんな物で気絶させられる成功率は何パーセントだと思う?』
ほぼ、ナシ。場合によっては死ぬ。あっさり死ねたらまだ良い方で、肝臓や呼吸器障害を起こす危険性も高く、興奮期を挟むからそうそう即死にもいかない面倒さがある。ケミカルに詳しい二人は即答した。
化学研究にはポピュラーな溶媒だから、ある意味じゃ手に入り易い点もあるが、その危険性から既に手術用麻酔薬としては使われていない。これで気絶させるだなんて、一昔前のドラマや漫画でしか出番もないだろう。
「って、じゃあナニ? 手紙の内容にわざわざ当てはめる必要がないってこと? あるってこと? どっち!?」
わからない。文学的な内容であるだけに、根っからの理系少女の二人は『内容』に対して吟味は一切していなかった。
「こんな手紙のやりとりを、まあ暗号だとして。……誰宛に? って、そんなの雲を掴むような話なんじゃ?」
『……あなたたち、何いってんのよ。わかんないの?』
「わかりません」
はぁっ……と、大きくため息が電話の向こうから聞こえた。
『ホントにわかんない? 呆れた、理系とか文系とかの差なんて話じゃないわソレ!』
「えーっと……」
えっ? 何?
な、何だろう……!?
場所とか、日時指定だけの暗号でもないってこと?
『だから、誰に対してよ、それを伝えるのって』
「誰でしょう?」
幸迦に? ……いやいやいや、ンなわけないよなぁ?
「ダメだ、降参」
「私も降参!」
『バ――ァ カっ!』
あんまりにもあんまりなストレートな言葉を先輩から投げかけられて、さすがにカレンともども、ミキも目が点となった。
『あーのねっ!? 100%、こ、れ、はっ! 【
えーっと……? カレンとミキは首をかしげる。
「じゃあ、その相手が共犯?」
『むしろ、相手が【来なかったからこそ】狂言自殺……いや、狂言じゃないのかも。とにかく、そんな感じじゃないかしら。ここはまだ直感的な話で根拠こそないわ。でも、暗号っていうのは案外当たってるかもよね。そんな形にでもしなきゃ、そんな手紙はとても送れっこないじゃない、【
これも二人にはよくわからない。
いずれにせよ──
「つまり『誰かに呼び出されるか、自分から行くか』しかないなら、お姉さんの方から行った可能性が大って話……になるね」
手紙を書いたのがお姉さん本人なら、さすがにそこは間違いないだろう。
「でもさぁ、角材で殴打なんて。自殺、……狂言かもしれないけど──どうやって? そんなトリックってアリ? 思いつかない!」
一人でそんなことはできない。いや、そもそもできるわけがない。
ましてや、足跡が周囲にまるでない、雪の中?
空から角材が降って来る『事故』でもあったって話にしたいのか?
無茶だ。突飛すぎる。そして、もしそれが暗号として誰かに託したメッセージの『表層的な状況』を模して行われた見立て犯罪?と、するなら──
『だから──』
部長の声のトーンが少し上がった。
『それを調べるのが、【
筋さえ通りゃあ何でもやってのける命知らず、不可能を可能にし巨大な悪を粉砕する。俺達、特攻野郎……じゃないや、聖学少女探偵舎!
いや、いいかげんAチームは頭から離れろって!
「ラジャ!」
即座に、カレンは駆け出して行った。
そうだ。
これは明らかに『不可能犯罪』の状況を故意に作り出した『怪事件』だ!
少なくとも、お姉さんと幸迦以外の誰かがメッセージを『受け取っている』前提で考えるなら、こんなのは
「おいっ、チョイっ、待って! 待てってばーっ!」
何故かミキもカレンの後ろをついて走った。
──待ってろ幸迦。
きっと、解決する。
そう決意しながら、二人の少女は舞い散る粉雪の中を駆けて行った。
To Be Continued
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