第十七話『愛と死と』(後編・その5)


 しばらくの間、無言が続いた。余計なお喋りをのべつまもなくし続けるこの二人にしては、それは異様なことだった。

 観念したかのように、カレンはボソリと口を開く。


「さっきは幸迦の手前、そこまでは口にできなかったけど、雪で滑って頭を打ったような話じゃなく、警察の実況見分でも暴行事件なんじゃないかって聞いている」

「暴行って……」

「まあ当たり前だけど警察から被害者の身内に連絡あるなら家の方で、学校に連絡してきたのは幸迦のご家族から。普通、メッセンジャーにそこまで詳しく話してくれやしないんだけどね、ご近所なのと、幸迦がよく私らの話もしてたから『探偵舎』のことを理解してる親御さんだった点と、あと私がしつこく食いついたから聞き出せた。凶器、被害状況等の詳しい状態までは、さすがにまだ知らない」


 それを聞いていたから、「犯罪事件」の前提でカレンは話していたのかと、ようやくミキも腑におちた。

 とはいえ、あまりそんな話は考えたくない。

 この学校のすぐ近くで?

 自分たちの生活圏で?

 女子高生の女の子が、何者かの手によって酷い目に遭わされるような『事件』が発生するだなんて……。



 パーンパ・パ~ン♪

 パパーン・パ~ン♪


 カレンのケータイが鳴った。


「なんだこりゃ。特攻野郎Aチームかよ?」


 いないって、そんな着音使ってる女子中学生はよっ!!

 ていうか知ってる女子なんて今日びいねーよ!

 ……といいたい所だけど、ミキ自身も知ってるし、何だかんだサブスクのお陰で「ネタとして有名な作品」は、案外世代を超えて視聴されてはいるのだけど。


「あいよ。ああ、部長」


 さしずめ特攻野郎探偵舎のリーダー、ハンニバルって所か。人肉を喰ったりしない方のハンニバルな。

 となると、カレンの役目はコング。メカの天才だ。大統領でもブン殴ってみせらぁ!


「いや、勝手に私をミスターTにすんな。ああゴメンちさちゃん、こっちの話。うん……え、そうなの? わかった。うん……」

「飛行機だけはカンベンな! じゃねーや、えーっと。おい、こっちにも聞かせろよ! 事件のことなんだろ!?」


 ミキはまた、ケータイの反対側にピタっと耳をくっつけた。こんなこと、前にもあったぞ。


「部長から、まだ意識はないけど幸迦の姉さんが一命を取りとめたって。……って、あ~もー、ジャマ臭いなぁ!」


 くっつくなよ、シッシッ! とゼスチャーで示すカレンに、一向に聞く耳を持たずミキはぶらさがるようにへばりついたままでいた。

 なるほど、あの人も寮生だからご近所さんでもあるワケか。カレンが幸迦を探しに科学部室までくる間に、連絡でも入れていたのだろう。


「そうか! ホッと一安心って所だよなぁ」

『一命をとりとめたからといって、無事とは限らないわ。安心するのはまだ早いわよ。特にお姉さんは、頭を強打してらっしゃるんですもの。問題なのは……』


 受話器から、ややケンのある少女の声が響いた。ミキにもこの声は聞き覚えがある。

 何たって、中等部探偵舎代表・赫田ちさとは校内でも有名人だ。

 お嬢様学校と呼ばれるミシェールでも一、二を競うほどの名家の令嬢で、成績優秀容姿端麗、小柄で華のあるその外見と、演劇者としての素養にはかなり注目されるものがあるらしく、有名な劇団から特待生として招きたいとの話も来ていると聞く。

 しかし、本人には全くその気はなく、わけのわからない「探偵」活動にうつつをぬかしているド変人だ。

 ついでに、黙ってりゃ可愛いのに喋らせるとどうにも高飛車で横柄で傲慢で、やたらイジワルそうな表情ばかりうかべるせいで、下級生からはやや避けられてもいる。

 カワリモノぞろいの探偵舎をとりまとめるだけでも、まあ変わり者のチャンピオンって所だろう。これくらいの変わり者じゃなければ、百戦錬磨のつわものどものリーダーはつとまらん。


「だから無理くりAチームにすんな、このやろう」


 まあ学校での態度はともかく、この先輩様は大人相手には「人たらし」の天才でもある。『探偵舎』の存在に理解のある家庭で、娘の一大事でオロオロしてるところに、上手いこと先輩が入り込むのはまあ、ワケのないことだろう。


『幸迦さんのお姉さんに関してのその後の情報よ。彼女は、どうやら【意識不明の状態になってから】角材か何かで殴打されたらしいという点。傍にはクロロフォルムか何かのビンが落ちていたらしいという点』


 ますます手紙の内容と被って不気味だ。

 無事は無事でホっとはするものの、その話を寝ている幸迦にどう伝えて良いものか、そもそも、起こして今すぐにでも伝えるべきなのか、少し悩む。

 いやいや、安否に関しては悩む必要なんてないんじゃないか……?

 お姉さんが、まあ命だけでも無事だったんだぞ?

 ミキには、さっきのカレンの言葉が引っかかったままだった。

 カレンもまた、自分が幸迦に疑いを向けたことそのものに戸惑っているのだろう。

 一旦はホッとはした。だけど?

 犯罪絡み、第三者の関与は確定したって話でもある。それも、恐ろしいほどの殺意で。

 黙ったまま、それ以上を部長に聞き返すこともできない。イヤな呪いにでも、二人してかけられたかのようだ。


『……ねえ、聞いてるの? そうそう、巴さんにちょっと相談してみたの、そうしたらあの子、おかしなことをいうのね』

「巴が?」


 さしずめAチームならクレイジー・モンキーって所か。いや、そりゃアンマリだ。

 だからAチームから離れろっつーの! と小声でカレンがミキを小突く。

 離れるも何も、そんな着音入れてるおめーのせいだろ!


『ちょっと、聞いてる? 巴さんがいうには、この季節そんな場所に、そんな時間から、その人が何故? ……って。いわれてみればそうよね。誰かに呼び出されるか、自分から行くかしないと……』

「呼び出し?」


 カレンとミキはメモに再び目を向ける。


「……そうか!」

「ソレダ!!」


 ミキとカレンで声が揃った。

 ちくしょう、なんてこった!


「バカか、私たちはっ!」

出てたようなもんだって。いってたじゃないか、対応表が存在する暗号なら、事実上それだけを手渡されて解読なんて不可能だって。つまり──」


 暗号化(コーデック)する者がいるってことは、暗号解除(デコーデック)する『』ってことじゃないか! そんなの、あたりまえだ!


 暗号とは、そもそも『二人以上の誰かの間でやりとりする物』のことだ!


 そりゃあ、一人っきりで自分のためだけの秘密日記メモとか、そーゆー暗号もないわけじゃない。だけど、今回のこれはそんな話でもないだろう。「解読されない限りあり得ない状況」なのだから。

 そもそもデコーデックのキーがない限り、解読できないって安心感があるからこそ、ゴミとして平気で捨てられたって点も、忘れてはならないファクターかも知れない。そう――元よりこれは、廃棄されていたの可能性も高いのだ。

 つまり、どうやったってこの暗号は、これ単体で最初っから解読できやしないんだ。


「なら、ようは犯人なら『完成した暗号文』も知ってる……ってコトだよな? チカの姉さんが呼び出したのか、呼び出しの返答がその暗号かはわかんないけど――」

「どうだろう、犯人が解を得てるか否かも未知数だよ。『暗号の答』ではなく、文面それ自体に擬えてる点なんだ、問題は。……これは何だ?」

「文面じたいは、ゴミにしろ完成文にしろ大差ない可能性が大ってコトか? ん……じゃあ、それってお姉さんが誰に宛てて、誰が解読して、そしてどうしてそんなことを……?」

「だから、犯人像を想定するに足りる材料なんてまだ無いし、それは無理に幸迦が『犯人じゃない』って話に持って行こうとしてる」


 いや、犯人なわけないんだし!




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