第十七話『愛と死と』(後編・その4)


「対応表型……ようはまあ、ネット銀行を利用する際のトークンなんかが一般的だけどさ。これもデジタルトークンとか、指紋なり顔なりで認証を通すスマホ全盛になったお陰で消えつつある過去の文化だけど――そのものズバリに表とか、予め指定した本や雑誌の何ページ目とか何行目とか。それに対応する指示を示す記号を決めておいて……って手順のやつね。ハンニバル・レクター博士が檻の中から殺人鬼と文通してた方式とかさ」

「羊たちの映画しか観てねえし知らねぇよ」

「せめて『レッドドラゴン』くらい読んどこうよ!」

「ヤだよキモい!」

「……とにかく、その対応表が普遍的な物で、かつ暗号内にそれを示唆する文字が埋め込まれでもしないかぎり、チョイ無理めだ」

「だからその場合は、それこそ鍵ブラさげたままの自転車ちゅう話じゃんよー」


 早い話が、その解読するための表がなければ絶対に読み解けっこない。だ。


「一番あるのがその『お手上げ』だとして。単独解読可能な例って、他に何かねーの?」

「推測だけで判断できる材料が、正直ない」

「じゃあ、姉ちゃんが使いそうな何かがないかっていう、ソーシャル・エンジニアリングを突き詰めるしか考える手だてがないってことかね」


 まあこれは、個人を付け狙って物理的に生活痕跡を拾い集める、ストーカ犯罪者というか興信所の探偵がやるヤツだけれども。


「それを得る材料すらないんだ。幸迦から聞いた、たったそれだけの材料で一体どうすれば良い? 友好関係は? 読んでた雑誌は? 教科書は? 幸迦のお姉さんのこと、何も私らは知らないんだ」


 う~ん……。と、二人して考え込む。

 何をどう考えても、決定打が出ない。

 無理もない。正直、これだけのヒントで何がわかるって?


「そもそもさ、前提で。こんなメモが出てくる理由がわからないし、ほぼそのメモになぞらえて幸迦の姉さんが犯罪に巻き込まれる意味が、不明なんだよ」


 カレンがサラリと口にしたその言葉が、ミキには引っかかった。ミキにも、少し、何かがずーっと頭にひっかかっていたからだ。

 なるべくそれを口にはしないよう、考えとしてカタチにしないよう、つとめてはいた。


「……犯罪かどうかは、まだわかんねーだろ」

「事故……と、断じるのが困難な状況なのは間違いないよ」

「困難て何だよ。何でも犯罪って考えるのは、『探偵』の職業病なんじゃね?」

「何につけ、可能性を想定して考えとくことは、安易な思考停止よりはマシだよ。それに、偶然で片付けられる事態じゃないのは、ミキだって理解してるよね?」


 確かに。ここまで幸迦のお姉さんの被害状況が、詩の内容とピッタリあてはまるなんて、オカルトめいた予言・予知じゃなければ「予告」しか考えようがない。


「そしてもし、『予告』とするなら……事前に誰かの目に意味がないよね。……ということは、幸迦が拾ったのは偶然じゃないって話になる」


 少し、ミキの中にイヤな予感がよぎった。


「いや、チカから状況の説明を聴いた限り、偶然でしょコレ。猫だぜ、破いたの。猫の動きまでコントロールできねっしょ」

「説明を鵜呑みにすると、偶然になる。でも鵜呑みにしなければ、……必然になるよ」

「……待てよ。ソレはって話? まさか!? そりゃ馬鹿げてるって!」


 つい、声のトーンがあがった。

 そう、それは、ミキが一番考えたくなかったパターンだ。


「知ってるだろうけど、チカはめっちゃお人好しで、虫も殺さないような女の子だよ? いやまぁ、実験でカイコとか鮒とかウヒャウヒャ笑いながら解剖したりするけどさ!」

「確かに。中二にもなって赤いリボンつけて平気で歩けるくらいおめでたくて、でもそれがまた似合うくらい可愛くって天衣無縫なイイ子だよ。ミキも私もよーくそれはわかってる。でも、」


 ずいっと、カレンは顔を近づける。

 メガネとメガネが今にもぶつかりそうだ。


「同時にだ。幸迦はアタマの良い子なんだよ。言動こそ幼いっぽいけど、私やミキと同じかそれ以上には知恵が回る。化学にも科学にもエレクトロニクスにもデバイスにも詳しく、知識もある。ようは気が抜けない相手だ」

「いや、ンなことないって! 待てよ正気かよカレン!?」


 さすがに、声が荒らくなっているのがミキ自身にもわかった。


「馬鹿げてる。私だってそう思う。でもさ、幸迦は本人が口にしてるほど普通の子じゃないよ。あれだけ頭良くて可愛くて何だってできて、人望まである子はそうそういない。そりゃあ次期部長に推薦されるよ。あの子を推して間違いない。……だからこそ、」

「だから、何だよ!」


 カレンは冷静につぶやく。


「一番疑いたくない相手すらも疑うこと、探偵にも科学者にも必要な物はその一点。先入観は捨てて冷静に事実から判断する姿勢──」


 幸迦がここでそのメモを出さなければならない

 あるとするならアリバイ証明のため、及びこれが「怪事件」であると提示するため。

 つまり――ミキは、と考えてみてはどうか?


 そもそも『見立て殺人(?未遂だけど)』なら、そのメモが意味を成さない。

 メモを幸迦が出さない限り、これがもし事件であっても、それはただの『通り魔事件』であって怪事件でも何でもない。


 右利き左利きの話にしてもそうだ。あくまで幸迦の自己申告。このメモが、システマチックな物であり、且つ「自分と同じ書き癖」がある事で判断材料にできた、という提示。 それそのものがであれば、どうだ?

 虚か真か。それを判断できる材料は? 根拠は? 保証は?


 ……それは、少なからずミキ自身も考えたことだった。しかし、


「本気でいってんならカレンの人格を疑うよ」


 そう。

 友達まで疑うようなことはしたくない。だいたい、自分はカレンとは違う。「探偵」だって? 冗談じゃない、私は──


「探偵に限らす、サイエンティストってのはそんなモンなんじゃないのか?」

「…………、」


 何か反論を口にしかけて、そこでミキはやめた。


 そう、きっと、カレンだって気持ちは自分とそう違わないはずだ。

 だって、今カレンはいったじゃないか?


」……カレンだって、疑いたくはないんだ──。


 ミキには、それがわかる。お互いひねくれた性格同士だからこそ。

 ……辛いモンだな、ひねくれ者ってのも。




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