第十七話『愛と死と』(後編・その7)
EXTRA EPISODE 17
* 阪東風架の喪失した記憶 *
あの子はとても可愛くて、
あの子はとても明るくて、
私なんかとは大違い。
行動的で、好奇心旺盛で、何か興味や関心がある時は、仔猫のように瞳を輝かせてまっしぐらに進む。
あの子はとても社交的で、
あの子は友達も多くって、
私なんかとは大違い。
春からはクラブの部長もするってね。
私には、そんな学園生活は無理だった。
友達もいない。
話し相手もいない。
何か人生に楽しみがあるでなし。
それが、私。
彼があの子に興味あるのはわかっていた。
遅かれ早かれ、きっとそうなるだろうって思っていた。
あの子は、まるでそんなことに関心がない。
まだ中二で、恋とか愛に何の実感もわかないみたい。
興味がないわけじゃないだろうけど、きっと、それはテレビや映画の中だけの世界だと思ってる。
あの子は、そんな子だから。
「……で、あなたはその子をどうしたいの?」
ゆらりと黒い影が闇の中から起き上がった。
ぼんやりと眼に浮かぶ、それはいつものあの娘の姿……黒い制服に赤いリボン、可愛らしい笑顔……。
あの子はいつも素敵な笑顔で、
赤いリボンがとても似合って、
黒い制服もよく似合う。
私には似合わなかったミシェールの制服。
あの子と同じ制服を着て通うのだけは、私には耐えられなかった。
だから、高校は違う所を志願した。
可愛くて、胸を締め付けられるようなあの子の制服姿……。
いや、
ちがう。
あの子の姿とは違う。
ゆらり、私の目の前に立つ。
白銀の中に立つ、黒い影。
死神のような黒い影。
墨で染めたような真黒の制服に、血のような暗い赤のラインとスカーフ。見慣れた、あの子と同じ制服……しかし、何かが違った。
ドレスのように膨らんだスカートはペチコートかバニエを中に詰めてあるのだろうか。
オレンジに耀く二房の髪が、ゆらりと垂れ下がる。
……こんな髪をした娘は、ミシェールにはいない、はず。
グリスで耀くピンクの唇が、ニヤリと笑った。
「こんな長いスカートを身に着けたのは人生初かな。へぇ、トモエさんはよくこんなのを着て通えるものだわ」
「あ、あなた、誰? なんなの? 一体、どうして……?」
「まあちょっとした
ゆっくりと、ゴスな雰囲気へ変貌した制服の女の子は私に近づく。
整った、綺麗な顔──しかし、その顔は、何だかとても怖い。
生命の熱を感じられない肌。
青さの混じった瞳はカラコンだろうか?
オレンジの髪に、ピンク色のファンデで施されたメイクは、「健康的な血色」とは無縁の紅さで輝いている。
人形のように綺麗で、可憐で、どう考えたって私なんかと比べようのない美人な子なのに、私にはこの子からは「恐怖」しか感じられない。
「こんな処に呼び出して、一体、あなたは誰を
言葉に詰まった。
沈黙が続いた。
数秒? 数分?
……わからない。
「なんなの、あなた……?」
「あなたは
何故……?
何故、
「正直やめた方が良いと思う。あなたは失敗する。その子の殺害に失敗する。私が興味あるのは、何のつもりで何故、その子を殺そうとしているのかって話なんだけど。人が人を殺そうとするその情念、殺意、その信念。私はいつだって、そのことだけに心惹かれるの」
「……それは……」
いえない。
私にとって、一番大切な人、あの人を……
でも、あの子は……そのことにすら、何も気づいていない……!!
「いえるわけないじゃない!? どうして、そんな、見ず知らずのあなたになんて!」
「ふふっ」
ニヤリ、また目の前の娘は笑う。
「ホラ、いった。『
「…………」
唇が震えた。
どうしよう?
どうしよう?
この子を、いったい
「で……できるわけないじゃない。私にあの子をどうにか出来るわけないじゃない……!! ええ、そうよ。憎いけど、殺したいけど、そんなことできない。できるわけないもん!」
「何故?」
「だって、妹よ? あの子は……私はあの子が好きなの。大好き。あの子は何も悪くない。悪いのは……」
ふぅん、と不思議そうな表情を見せて、目の前の女の子は目を細める。
「あなた自身ってこと? わかってるんだ」
「わかってるわよ、逆恨みだって!!」
ぽろぽろと涙がこぼれそうだ。
「じゃあ、どうしたいんだ? 殺したいけど殺せない。憎いけど愛おしい。傍にいたいけどいたくない。じゃあ何をすればいい? 何をしたい?」
私はあの子が好き。彼のことも好き。でも、どうすればいいのかが自分でわからない。
自分の心が制御できない。私が誰かに何かを訴えられる? 糾弾できる? 断罪できる? 無理。何もかも私の勝手な思い込みだけじゃない。私は彼に、告白すらしていない。できない。
私の『このメッセージ』にすら、彼はろくに気付いてもくれなかった。
何度となく、交わしたというのに。
どうして?
なのに──
何故?
誰?
これを解読できるなんて、彼じゃなければ、あの子しかいないのに。
彼が私を止めに来るか、あの子が来るか、それは賭けだった……。ちゃんとあの子にだけはわかるよう、
どうやって『
できるわけがない!!!!
「わからないわ、私には、何も。何か一つわかるなら……何か一つ願いがあるなら……私は『この世からいなくなってしまいたい』って、それくらいしかないわ……」
「ふぅん……」
ゆらり、影のように少女は近付いた。
「それが、あなたの望み?」
「ええ」
「叶えたい? あなたの意志に問うわ」
「……わからない」
「ハッキリ決めなさい」
ゾクリと背筋に来るほど、凄みのある低い声で少女はそういった。
「自分で決めなさい。あなた自身の意志で、強く、確かに。人一人の命を、その命運を、殺意も決意もふらふらあやふやに漂わせるのがあなたの択った道? なら、私は何もいわないし、何もしないわ。あなたには路傍の石を眺めるように、ただ、それだけ。さようなら」
私は彼女の声の前に、ただ震える。どうしていいかわからないまま、震える。
……何を、私はやりたかったの?
できるとでも思ってたの?
がたがたと震える。ポケットに手を突っ込んだまま……小さな瓶を握り締めて。
私は――私は、何のつもりなのッ!?
「叶えたいけどわからない。どうしていいのかも、何をしていいかも──」
「叶え給わん物とするなら。適う願いがあるのかないのか、それを決めるのはあなたじゃないんだ。あなたじゃない誰か。そこにはいない何か。ここではないどこか。いまではないいつか。他力本願って言葉は正しい仏教教義からあきらかに逸脱して歪められたまま定着してしまったけど、誰かに、何かに頼って拝むだけの話じゃないんだよ」
「……え?」
何を、いってるの?
「与え給わん物は何か。神託、神罰、祝と呪、ケとハレと陰と陽。祭奠は災禍と共にあり、祈りは怨みと対になり。叶えるべきはあなたじゃない。あなたの声を聞き届けた誰か、何かがそれを行う。それって果たして、何だと思う?」
「……わからない」
神様?
悪魔?
いえ……死神?
「死神。うん。それが近いかな。もう一度問うわよ、あなたは……」
「叶えたい」
私は――
恨んでも恨みきれない。想っても想いきれない。呪っても呪いきれない。歪んで、疑って、
――
ニヤリ、また大きく、少女は笑う。
彼女の背後に何か、『巨大な影』がうごめいた。
それが、
私が私の人生で見た最後の光景だった。
──阪東風架にとって一つ幸いだったのは、この記憶を
もしそうでなければ、恐らくはその後も彼女は生き続けてはいない。
同時に、阪東風架はその後の人生の大部分を病院で過ごすこととなり、阪東幸迦はその人生の大部分を看病で過ごすことになる。
ある意味において、この姉妹はとても仲が良いまま、何も知らずお互いを想いながら生きて行ける「
To Be Continued
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