第十六話『ボーイズ・ミーツ・ガールズ』(前編・その5)


 やっぱ、出入りしてるトコ見られたか?

 ……ホントに俺らを陥れようとしてる奴がいたとか? まさか!?

 俺等があそこに向かったのなんて偶然だぜ? それは無い。

 仮に、見られていなかったとしても怪しまれるのは当然か。俺等バカグループが追試、補習で呼び出され、登校してる事は職員にだって知られてるんだ。


 そして既に、教室にもどこにもいない。入り口には守衛もいて、帰宅した様子もない。学校の周囲は高い塀に緑色のネットが張られているから、裏門と正門以外に出る術はない。

 つまり、聖堂に出入りしてる所を見られていようがいまいが、何やったって疑われても仕方ないってことじゃねーか?


 そもそも、あの神父はまあ、偽善者なのか人格者なのは知らないが、人から恨みを買うようなタイプじゃない。

 アイツをあけすけに小馬鹿にしたり、非童貞のくせに神父ヅラすんなと罵倒したり、「偽ガンジー」なんて仇名をつけて悦にふけってるような馬鹿やろうは、ぶっちゃけ校内じゃ俺ら五人だけだ。あいつに向かって「死ね」なら五百回は口にした記憶もある。


「……ばっくれっか」


 早足でヨシオたちは裏門に駆け進む。


「お、おい待てよ!」


 ヨシオとタケオ、ユータを追って俺も走る。一拍おいて面倒臭そうにミノルもついてくる。


 ただでさえ口ごたえも多く、そういや神父には先日イタズラのせいで、ヨシオとタケオはこってりと油を絞られたばっかりだ。

 動機がないとは思われないよな。

 このままじゃ、白も黒にされかねない。


 ……裏門から逃げるか──?


 逃げて……いいのか?

 どうなんだ?


 ──その時、


 俺たちの前をふさぐ、黒い影が現れた。


「とまれ」


 ゆらり、と……黒い影が立ちふさがった。


 ……何だ?

 セーラー服?

 女子高生だ。今日、ここに来ると聞かされていたミシェールの娘か?


「ちょ……! どいてくれッ!」


 裏門に向かって暴走ダンプのように突進していたヨシオは、直前でブレーキをかけた。

 化粧板の床にキュキュっと靴の擦れる音が響く。とはいっても、デブのお陰で慣性がかかってか、そう簡単には止まらない。


「逃がさない」


 ゆらり──長い髪が舞う。


 何だ?

 何が起こった!?


 ズドン!


 音を立てて、ヨシオの体が宙を舞い、地面に叩きつけられた。


「次。死にたいやつは来い。そうでないなら動くな」


 抑揚の無い声で女は言い放った。

 何だ?

 ……アイツがやったのか?

 ちょっとまて。

 待て。

 まてって!

 女が? デブのヨシオを投げ飛ばしたっていうのか?


「な……おいッ! なっ……、なんなんなんだよっ!? おっ、お前はよっ!」


 普段まるで女に免疫もないユータも、今はそれどころじゃないらしく、血相かえてくってかかる。

 ユータの腕が女に伸びた。襟首でも掴むつもりか。


 ぐるんっ、またも、今度はユータの巨体が吹っ飛んだ。


「次」


 ……何だぁ!?

 ガシャンと音を立てて裏門の柵にブチ当たり、バウンドし、そのままユータは大の字に地面に寝そべったまま動かない。

 いや。待てよ。何だソレ!?

 ユータは顔も長いが背丈も長い、一八〇は軽く超えた大男だぞ!?

 今、何をやった?

 どうやってそれを投げ飛ばした?

 しかもこれ、一体何メートル飛んだんだよ、おいッ!?


「……浩樹、勝てねえぞ、アレは」


 怯えた声でミノルがつぶやく。タケオは完全にビビって、その場でぺたりと座り込んでいた。

 勝つとか、負けるとか。もはやそんな認識は、俺にはなかった。

 信じられない。

 今、ヨシオとユータを目の前で投げ飛ばしたのは……セーラー服だぞ? 女子高生!? な、なななんだ!?

 なんでだ!?


「来ないならこっちから行く。おまえら全員、ふん縛った方が後々ラクそうだ」


 いや、ちょっ、今アンタ「動くな」っていったジャン!

 黒い影が、ヒュンっとこっちに迫る。


「う、うわぁアっ!!」

「逃げるぞ、ヤベェ!」


 くるりと踵を返し、反対方向へと俺とミノルは走る。


「だから、にがさん」


 ヒュンっと風を切る音と同時に、キュっと靴を鳴らせて、もう女が目の前に回りこんでいた。はえぇ!!


「か、加速装置ッ!?」

「あほか」


 どすッと音を立てて、ぎゅうともグゥとも判断できない声を漏らせて、ミノルは床に崩れ落ちる。

 ていうか、いやもー、シャレなんねェ!

 何なんだよもォ、この女ッ!

 俺は両手を小さくあげた。こんなの抗いようもねェ! 無理! 死ぬ! 降参!

 そりゃ、俺ぁモヤシっ子かもしれないが、生まれてこのかた、女に腕力で負けるとか、叩きのめされることがあるなんて、カケラも思ったことはない。

 いや、ふつー思いもしない。

 精々、幼児の頃にカーチャンに手も足も出ねえって経験くらいだろ。

 それか、もし何かの間違いで万が一お笑いタレントにでもなって、体重3ケタの女子プロレスラーに竹刀でひっぱたかれるとかビンタ百連発喰らうとかしない限り、普通は人生でそんな経験ないだろ。

 だが、目の前のコレは何なんだ、おい。

 もう既に、女とかそんな次元の生き物じゃないだろ。見た目こそセーラー服の女の子だってのによ。人間業じゃねえだろ、今ヨシオとユータぶん投げたのって!

 何なんだこれ、おい!?


 ありえねえ。女の子のカタチしてんのによ、いや女の子じゃないのかこれ、どうなんだこれ。ミノルの予想、完全に外れたじゃねえかよオイ! 女の子の視界に入ってんよ、獲物を狙う鷹のような目だけど! ヨシオのいってること当たったじゃねえかよ、オイ! 天地ひっくり返ったっつーの!

 いや、だから! こんなボーイ・ミーツ・ガールあってたまるかって!


「うむ。戦意も抵抗の意思もないようだな。だが面倒だから一発気絶させておくか」


 ぐっと、女は握りこぶしを固めた。

 うそぉ!?


「知弥子さん! おやめなさい!」


 誰かが叫んだ。


「無抵抗な相手に暴力を振るうなんて許される事じゃないわよ!? まして、ここはマリア様のお庭じゃない」

「信仰も宗教も私に意味を為す物じゃない」


 あ、いや、あのですねぇ……、


 もう、どういっていいのか、口をパクパクさせるしか俺にはできないでいた。とにかく寸での所で首皮一枚、俺は助かったのか。助けて貰ったのか。誰に?

 誰にって、えーと。もう頭は完全にパニックを起こし、何も判断が出来ない。出来る状態じゃない。なのに、またも混乱と錯乱に揺り戻す要素がここに新たに加わった。


 足音もたてずに、もう一人のセーラー服が奥から現れた。

 まさに、「しゃなり」と効果音でもバックに描いてそうな感じだ。なにそれ。

 綺麗な顔立ちの、背の高い女だ。

 大人びた、やけに落ち着きのある声質から、学生とは思えなかったが、その姿は目の前のおっかない女と同じく、まっ黒に赤ライン、赤タイのセーラー服だった。

 ……いや、よくよく見ると、目の前の超おっかねェ女も綺麗な顔立ちだ。

 つーか、いや、あのっ!

 すっげぇ美人じゃねえかよ、おいっ!?

 俺ら、こんなコにやられたの?


「うちの知弥子が大変失礼をいたしました。お怪我はありません?」

「まて香織。女を押し倒して逃げようとしやがったんだぞ、こいつら」


 いやっ! 先に攻撃したのって、確実にアンタだろっ!?


「そもそも、このタイミングで逃げようとしていた点はどうだ。確実に怪しい」


 そ、そりゃあ……。


「自分たちが疑われたなら逃げもするわよ。疑われるだけで不利って状況もあるわ」


 う、うんっ……。


「つまりアレか、なにかやましいことがあって、逃げた、と」

「状況を考えたら、たとえ別件であれ、そう考えてもおかしくはない点は確かにあるわ。事実無根であるなら、普通なら逃げないで申し開けば済む話だものね」


 いや、その。


「ねえ、あなたたち」


 優しそうな女は、そっと俺に目をあわせる。


「目前のことから逃げさえすれば許して貰えるほど世の中甘くはないわ。罪を認めるのなら、正直に告白することこそが最善の策よ。過ちはだれにでもあるわ」


 って、これまたさっぱり助けてくれる様子はないし。俺らのこと、疑ってるし!

 ダメじゃん!



             (後編につづく)


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