第十六話『ボーイズ・ミーツ・ガールズ』(前編・その4)


 扉の隙間から覗くと、校庭を挟んで真反対の向こう側、正門入り口のあたりで何か騒ぎになってそうなのを遠目に確認した。

 当たり前だが、学校の正門から校庭をつっきってここまで救急隊員が来るわけはない。裏側、つまり聖堂の正面入口に回ってくるのだろう。その為にはこっち側から入って表の扉を開けなきゃならない筈だし、まあそもそも、まだ職員室の連中は救急車を前に「え、何?」って段階の筈だ。


 てことは、ここでボヤボヤしてるわけにもいかない。俺たちは今来た扉を開いて、小走りでさっさと外に出た。


「あ、オレも逃げっから!」


 タケオが必死にへばりついてきた。まあ、そりゃそーだわな。


 言葉すくなに、中庭を突っ切る。中校舎を抜けて、裏庭側へと歩速を早める。


 ひとまず、救急車が来たなら神父はこれで助かるはずだ……たぶん。

 そうなってくれたら、ちっとは気が楽だ。まさか、死にはすまい。俺らが目にしてたのは死体なんかじゃない、まだちゃーんと生きてたはず。そうでも思ってなきゃ、やってらんない。


「ま、生きてよーが死んでよーがよ、どっちにせよ俺たちの知ったこっちゃねーしよ」


 ユータは面倒くさそうにいい放つ。

 ……コイツって思ってた以上に無神経で図太いんだなと、長い付き合いなのに今更、そんな面を知れた。

 なるほど、非常事態になれば、そいつの人間性って出るもんなんだな。


「でもさ。ホラ、見てみろよ。あの聖堂……校庭からも校舎からも、切り離された位置にあるんだぜ?」


 アゴでミノルは示す。それがどーした?


「ま……まじィよな。いわれてみりゃそうだぜ。『出入りした人間』丸バレじゃんさ」


 息を切らしながらデブのヨシオが……あぁそうだ、確かに!

 中庭側入口も、駐車場へ続く裏口も、校内側からは見通しが良すぎる。他に遮蔽物も何もない。

 ちょっと遠目から眺めてたら、聖堂に犯人が入ってきたとして、逃げたとして、ソレぜんぶ丸見えじゃねえか。だったらもしかすると、俺らには見えてなかった犯人なんかも、外からは……、


 ……って、オレらもじゃん!

 見られてたらどうすんだ、これ!


「逆にいうなら、あそこで何かしでかすなんて、考えられねーよな」

「……いや、出入りが外から丸見えっつったってよ。何があるでもなしに、ずーっと聖堂を見張ってるような暇人はいねーだろよ」

「普通はな。でも、あの悲鳴……どこまで聞こえてたと思う? ジジイの悲鳴が耳に入って『ん、何だ?』って聖堂の方に目ェ向けた奴だって、きっと居んぜ」


 ……まずいな。

 しかし、だったらそこで、他に唯一脱出口になりそうな裏口側から誰か逃げて行く所だって目撃されそうなもんだが。


 何人かの教師が聖堂へ駆けて行くのが目に入り、慌てて中校舎に引っこんで息を潜める。もう、大騒ぎになるのは時間の問題だ。


「……なあ、思うんだけど。俺らはお互いのアリバイ、本当に証明できるかな?」


 急に、ミノルがそんなことを口にする。俺は意味がわからず、聞き流しかけた。


「……さっきのさ、神父の悲鳴、あれって本物だって言い切れるか?」


 え?


「な、なんだよミノル。幾らなんでも肉声と録音を聞き間違えは……」


 いや、どーかな。サンプリングレート次第か。その場合は音量の方が問題だけど。


「だって聖堂の中でエコーの聞いた声を、外からだぜ?」

「つまり、俺らが悲鳴を聞いた時点で、もうとっくに神父は倒れてて、犯人も脱出済みってこともありうるって話か?」


 それなら、犯人があそこに居なかったことはまあ、理解できる。できるけど……。

 さすがに、意味がわからない。


 待てって。なんで暴行犯がそこまで面倒なことしなきゃいけないんだ?


「ワケわかんねぇけど、何らかのトリックを犯人が仕掛けた、って話か? いや、それこそ『夢見すぎ』だぜ? それと俺らのアリバイと、って何の関係が……」

「だから。そう考えたら、俺らお互いのアリバイだって信用できないって話さ。さっきダベってた時も、入れ替わり立ち代りトイレ行ったりしてたろ?」


 ま、待てって!

 何を急にいってんだ、このやろう!

 俺らがお互いを信じらんなくなったらもうおしまいだろう!?


「なんでそーなるんだよ。……わかったぞ、この野郎。俺ら五人、お互いがお互いの無実を証明できる、そう信じてる、そう思ってることが、逆に『気に入らない』んだろ?」


 ミノルのひねくれ逆張り野郎め!

 今はそんな場合じゃねーだろ!


「……前提条件だ。そりゃ、俺だって信じたいし、信じるし、証言だってするし、されたいぜ? でもな。あそこに犯人の影が『無かった』ってのが、問題なんだよ。それってもう、何らかの『トリック』が存在したってことだろ」


 ……どうだろう。わからん。


「……だいたいそれ、おかしいぜ。なんでそんなコトしなきゃなんないんだ。そもそも、どうやって神父の悲鳴なんてあらかじめ録音できんだよ」

「声マネかも知れないだろ。さっきのが神父の声だっていう保障はどこにもないし、似た声質の俳優の声でも何かのホラー映画から採集してきたのかも知れないだろ」


 ンな、馬鹿な!


「いやミノル、致命的な欠陥があるって」

「そうそう。そんなうまいタイミングで悲鳴を鳴らせるか?」


 ヨシオとタケオが同時に突っ込む。


「ンなの、何らかの受信機でも取り付けて、ケータイとか、リモコンとか。簡単な工作でイケるだろ? 俺ら、お互いのポケットに突っ込んだ手の動きまで確認できやしない」


 確かに俺ら五人とも、スマホやタブレットの類のデジタルガジェットなら、幾つか懐に忍ばせている。

 タケオに至っちゃLinux の走る旧式PDA持ちで、ようは俺ら全員、遠隔で母艦を動かし、何かと連動させるくらいなら確かに朝飯前で、だからといって……。


「あのな、ミノル。そんな話するなら何でもアリじゃねーか」


 そう、推理とか推測ですらない。


「俺らだけじゃなく校内の誰でも工作を行う犯人になり得るだろ、それ。リモコン片手に、望遠鏡で聖堂を覗いてりゃいいんだ」


 誰でも、ってのはちょっとムチャだけどな。まあ、いってみりゃそれだけ漠然とした話だ、それは。ふざけ過ぎている。


「だから、別に『俺ら』の誰かが犯人だとはいってないって。ただ、お互いの無実を本当の意味で証明なんてできないって話だ」


 ……屁理屈野郎め。ねじれてる。

 ……ま、俺もだけどな。


「いいたいコトはわかるぜ? でも、致命的な問題点がある。何か仕掛けをしたとして、どうやってそれ回収する? 俺ら、全員棒立ちのままだったぜ? 少なくとも俺らん中にゃいねえ」


 一斉にうなずく。

 ま、もっかい聖堂まで引き返すか、警察が調べりゃすぐにでもわかる話だ。


 ビビって何もできなかっただけとはいえ、結果として指紋の一個も現場に残しちゃいないし。まあ扉はともかくだが、あんなもん全校生徒が触ってる。


「で、俺らん中にいないとして、別の誰かがソレどーやって回収する? 無理だろ、やっぱ。それができるのは第一発見者くらいだべ」

「回収しないで良いようなモノとかさ。警察もたちまち、そんなのに気付かないようなモノかもしれないじゃないか。小っちゃいシリコンプレイヤーを聖堂のスピーカー内部に仕掛けとくとか」


 ナンセンス。

 マンガ過ぎる。


「……デメリットとメリットのバランスが合ってないぜ。俺らの中に犯人いるなら、わざわざ発見者になる必要がない」


 今の俺の言葉に、あ、そうか、とユータがうなずく。こいつやっぱ頭わるいな。

 そもそも、聖堂に全員で向かったのはヨシオかユータかどっちかの主導ってことになるじゃないか。この二人のどっちかが犯人だなんて俺には思えない。


「むしろ、それならもっと簡単に説明つくけどよ。俺らを犯人に『』の仕業じゃね?」


 ……あるのか、そんなのって。


 その時。


 校内放送の呼び出しが俺たち五人の名前を呼んだ。


「やっべ、やっぱ俺ら疑われてる!」




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