第十六話『ボーイズ・ミーツ・ガールズ』(前編・その1)


 第十六話『ボーイズ・ミーツ・ガールズ』

         (初稿:2005.02.18)





「はぁ。良い天気だなぁ、クソが……」


 開口一番、悪態がアクビと同時に咽から転がり出た。まあ、いつものことさ。


「天気に毒づいたって意味ないだろ」


 ぼそりと横から、俺と同じく寝っ転がってたミノルの野郎が、いつもの如く無表情無感情に突っ込んできた。

 ははっ……まーな。意味か。意味なぁ。意味ねぇ……?


 どれだけ空気が寒々としていようが雲一つない晴天で、小馬鹿にしたように青一色が目の前に広がっている。

 いや、空が馬鹿になんてしやしねえさ。そう感じる俺の方に問題あんだ。わかってるっつーの。ンなコトぁ。


「意味ないっつってもなぁ……。意味があろうがなかろうが、ンなのはどーだってイんじゃね? そもそも『意味』ってモノの意味がわかんねーし」

「そりゃそうだ。はは……」


 仰向けに大の字で寝そべってると、このダダっ広い青の虚空に、このまんま落っこって行きそうな気分にもなる。上とか下とかの感覚も消えて行く。重力とやらが見えない針金のように、体をこの草っ原にへばりつけているお陰で、今の俺はあそこに落ちずに済んでいるんだ。そんな風にも思う。

 まあ落ちたところでどうなる? って話だけどな、結局。

 そりゃー死ぬだろうけど、死んだからってどうなるでもないさ。それで世界が変わるでもなし、「俺の目に映る世界が消える」ってだけで。いや、「大空に向かって人が落っこちて行く怪死」なら、ちょっとは大ごとだよな。

 ニュートン力学の否定だよ。世界的大発見じゃん。大騒ぎだ。だが、それはもはや死んだ俺には何の関係もない話。


 ……はは、くっだらねぇ。ありもしないことをこうやって、ボンヤリ夢想する。ま、俺にはそれくらいしか出来ないからな。


「意味とか考えるだけで確かに無意味だな。でも、逆に『無意味』ってモノの何たるかは、俺達はイヤって程理解しているさ」


 そういって、笑ってるようで笑ってない、少し嗤ってるつまんなそーな顔でミノルは起き上がり、背中の枯れ芝をパタパタはたいて、胸ポケットから取り出したマルボロに火を点ける。

 意味なぁ。意義とか。意欲とか。「意」の付くアレだコレだが、俺の中にはもう、すっかり削げ落ちている。


「まー意味なんて考えたって意味ねえし」


 自分でいってて、何だこりゃ、さっきから只のトートロジーだな、と気付いて苦笑する。

 どうせ世界は何も変わらない。お日様が西から昇ることはない。空に落っこちることもない。でも、社会はどんどん変わるし人も変わる。この学校の周りもそうだし、俺自身もそうだ。

 希望に瞳輝かせた少年が、僅か四年と九ヶ月で、死んだ魚の目をしたごくつぶしのクズにもなれるんだ。スゲーよな、人類なんて可能性のカタマリじゃん。マイナスの方向にな!


「極論するなら、この世は全て無意味で無価値だろうさ。人生どうせ死ぬまでの暇潰し。必死こいて自分を騙して、何とか生きる意味とかモノの価値とか見いだして、まんに浸って過ごして行けりゃ幸せなのさ」


 あー。まーた始まったか、ミノルの奴。この世って。

 まあ俺の思ってるコトとそう大差ない。そんな変わらない。とはいえ、わりとソレを堂々と口に出しちまえるって点が、まあミノルの面倒臭い点と気恥ずかしい点だな、とも思う。

 気持ちはわかる。いいたいこともわかる。でもなぁ。


「醒めればくぼあば、馬車はカボチャ、王様ときたら耳はロバだし裸だし、何をやったって結局犯人はヤスだ」

「まーたミノルの厭世観ペシミズム虚無観シニシズムが始まりやがったよ、ハハハ」


 脇でエロ本を読んでたユータが茶化す。ヨシオとタケオも鼻でわらう程度の相槌で返す。まあ厭世と虚無に関しちゃぁ、俺だって似たようなもんだけどな。

 だからって、そんなおとぎ話みたく、いつか白馬に乗った王女様が現れて、この怠惰で退屈の泥沼の中から救い出してくれるかって? ないない。モテもしない馬鹿で坊主で根性ねじまがったキモ男子に。

 から、売れるんだよ。一方的に主人公を好いてくれる、何ちゃらデレだのの個性的語尾なイカレた美少女が大活躍する「」っつーのが。あー今は転生モノか。ワンチャン転生しに屋上からダイブって手もあるかなぁ、ねェよ!

 はー、羨ましいよな、あーゆーの。俺もやれやれ系一人称主人公にでもなってみてーもんだわ。ネガティヴな糞小理屈とwikipedia丸写しの雑学知識を延々並べてな。ああ、得意だ得意だソレ。アッハッハ! くそが。

 ああいった主人公は、最初っから逆張りのクズ主人公ってテーマでもないかぎり、どこかで正義感だの信念だのを無根拠に持ってて揺るがない奴らなんだよ、結局な。俺らなんて、ポッキリ折れたままだ。どうしようもなし。

 ようは、間違ってもラノベの主人公にはなれねーようなひねくれ坊主が俺……いや、俺だけじゃなくミノルも、こいつら全員そうだ。何なんだかね、このタチの悪ぃツルツル坊主集団。


「この世かぁ。この世なぁ。呪う価値だってねーだろ、実際。くだらねぇ」

「ま……そうだな。俺はこんな世界、あっても無くても良いし、いつでも滅んじまえば良いと心底思ってるよ」


 これといって表情も変えずにミノルもボヤく。

 虚ろな目で、冬の寒空をぼんやり眺めているミノルは、こいつはこいつでまた、俺とは違うくだらないことを夢想していたのだろう。


「世界の滅亡か。でっかく出たな」


 俺もまあ、今似たようなコト考えてたんだけどな。アホと思われるのでそれは口にはしなかった。

 妙なコトばかり口走る奴だが、何だかんだでミノルは頭が良い。しかしそれをいうなら、この学校にいる奴はみんな(俺すらも!)頭は良いなんだ。うん。

 ようは、勉強の出来不出来じゃない所で、ミノルは格段に頭が良い。博識で、くだらないことから小難しいことまで色々知っているし、面白しくそういった与太話をするのも得意だ。たまに頭おかしめなことも口にはするが、まあそこはご愛敬。俺らだって、だいたいみんなそうだ。

 勉強の出来不出来じゃない所で頭が良いってコトは、早い話「勉強はダメ」ってこと。

 そしてそれも、ここにいる俺ら「」がそうだった。


 進学校のおちこぼれ──まったく、俺らまとめて、全員ホント、つぶしのきかねー存在だわな。どうすんの、ホント。

 冬休み中なのに補習と追試で呼び出され、それすらテキトーに切り上げて抜け出して、こうしてダベりながら裏庭のすみっこで、漫画を広げたりスマホをいじったりタバコをふかしたり、そうやってだらだら無為に時間を潰している。……いつものことだ。

 ここはしがない男子校、聖修学園高等部。白磁のマリア様が見守る、子羊がごとき汚れなき坊主頭の天使達の集うまなびやだ。

 まったく、高偏差値の学校で踏み外すなんて、考えたことあるかい?


 数年前まで、オレは間違いなく順風満帆に、意気揚々と、瞳輝かせ希望に胸膨らませ、この人生って名の荒波をかきわけて進める物と信じて疑わなかった。まあ、ぶっちゃけ自信過剰のクソガキだった。

 頭良かったし、家も貧乏じゃなし、小学校じゃとにかくトップ成績をず~っとキープしていられたのよ、ウン。中学まではそう悪くもなかったさ。

 しかしさ。

 この学校には、そもそもアタマの良いヤツいないんだ。

 とどのつまりは、ここじゃ俺は十把一絡げの只の凡夫、one of them だった。

 そして「」って過去形な時点で、まあ、よーするにそーゆーコトだ。凡夫やモブにすら既に劣っちまった。


 こうして休日の真っ昼間から、図体だけはデカい若者がごろごろと、何をするでもなく思考停止に浸りながら、校舎外れの中庭の死角、白い磁器のマリア様が見守るこの片隅に寝っ転がる。

 かつては憧れの学校だった。ここに入れさえすれば後はどうにかなる、どうにでもなる。そう信じて疑わない、単純なガキだったさ。

 だが、現実はどうだ?

 各学校で成績トップの奴ばかりを何百人か集めりゃ、その中にも当然「順位」はつくよな? 一番もいれば、ビリもいるさ。

 よもや、まさか、自分がそのになるなんて、考えもしなかったさ。

 で。今更努力して、どうなるって?

 そもそも、俺ら以外の誰も彼も、み~んな努力はしてんだよ。血が滲むほどにな。

 のろのろ歩く亀の俺に、どうしろって?

 上には上なんて幾らでもいる。ここにはそういった勉強キチガイばっかりだってことを、イヤっていうほど思い知らされたさ。

 努力したって報われない。頑張ったって無駄だって。成し遂げたことなんて精々それこそ、この学校に入れたくらいで、それが俺の人生のクライマックスで、そしてそれはゴールでも何でもなかったってわけだ。


 ボタンのないファスナー型のグレーのツメエリに、全員頭はスキンヘッドから五厘刈りまでの坊主頭。この学校の中じゃ底辺の愚図の俺らでも、ヨソの学校の奴や親戚、ご近所相手にゃ、この制服だけでひるむぐらいの御威光がある。

「へえ、お宅のお坊っちゃんはまた、随分と賢くて真面目なお子さんなんですねえ」ときたもんだ。苦笑するしかない。

 そんな感じに誰がどー見たって、くっそマジメなお坊ちゃんの風貌だっつーのに、見事に俺らはこの学校を代表するバカ集団。

 不良にもなりきれない、かといって真面目にはなりようがない、それが俺たちだった。


「んー、今何時?」

「もーじきお昼だろ……くそねみー」


 今じゃ、少子化で無試験で潜り込めるようなバカ大学以外に、入れるかどうかも判らない。そもそも内申だって最低だろう。

 何人かに一人は東大や京大に行くようなこんな無茶苦茶な学校で、だぜ?

 なまじ「お坊ちゃん」なせいで、俺ら全員、きっちり親は厳しいんだ。場合によっちゃ、Fラン私大行くくらいなら職業訓練校行けとか、就職しろとかいわれるかもしれないし、行くのは行くで構わないが、僅かにこびりついた屁のようなプライドに、どうやってそれを納得させりゃ良い、って話でもある。

 やりたいこととか夢があって行ってるヤツもいんだろ。そこに「学力が足りないからここに来ました」なんていえるワケがねぇ。いわなきゃ良いって話だろうけど、じゃあ黙ってずーっと何年かやり過ごせってのか。ポロっと出身校を口にしようものなら「なんで?」が来るだろ。半笑いで言葉を濁すのか?


 ……あぁ、そんなクソみたいなこと一々考えてるだけでもウンザリだ。

 未来将来そんなもん、なるようにしかなんないし、その時にでも考えりゃ良いんだよ結局。なりたい何かになれるわけもなし、なりたいものなどそもそもなし。どうしようもなし。


「あ……なあ、浩樹よ、アレ聞いてるか?」


 あ? 何だ?

 ユータがトーテムポールみたいなツラで急にニヤニヤし始めた。


「そういやアレよ、思い出したんだけどよ、ホラ。教会交流でよ、どっかのお嬢様学校の演劇部が、クリスマスで来たじゃんよ」


 ん。うちの学校はカトリックの男子修道会のヤツで……え~と、何会だっけ? よくわかんねえや。確か有名どころのでかい所で、まあ被包括になったのは近年だったそうだが、興味もない話を詳しく知るわけもない。

 つまりこの学校はそーゆー宗教学校で、校内に聖堂もある。ぶっちゃけ生徒にクリスチャンなんて何人いることやら、だ。

 その、近年のれん分けて貰ったとかいう会派の母体と交流がある、マリア様のナントカ会って修道女系の女子校と、人員の貸し出しなんかをやってるんだっけ。

 信仰心に関しちゃ、日本人ってのはとりわけいい加減なもんで、オレら五人のうちクリスチャンなんて一人もいやしない。だから教義も何もわかりゃしない。一応週一でクソ退屈な神学の授業もあるが、そんなもん耳の右から左へ抜けるだけだ。


 だいたい神学担当のマハトマ・ガンジー似のつるっ禿の爺ィ神父が、ことあるごとに俺らに「悔い改めなさい」だ「立ち直るチャンスは人生に何度でもある」だ、余計なお世話っつーか、そもそも俺らを何だと思ってやがるんだこのやろう、という駄説教ばかりしてきやがる。

 まあ、その行動も善意からかも知れないが、正直うっとうしい。確か、上部組織の変更で立場があやふやになってた爺さんで、結局ヨソから派遣の神父を常任させるのがいとわれたため、校内の教会と神学の授業だけ担当する、何の実権もない雇われの身なんだが、まあ近隣住民からは慕われてはいるのだろう。

 ともかく、辛うじて周回遅れでノロノロ走ってる俺らに対し、まだ踏み外してもいないうちからそんな説教されたかねェっつう話。

 そーゆーのはどっか余所のヤンキーとかツッパリにいえよ! なんで俺らがいわれなきゃなんねーんだよ! いわれなくても悔いてるし、改めようにも改められねっつの。


「ん、そのお嬢様がどうしたって?」


 神父のジジイはどうでもいいや。

 それより、気になった単語はその「お嬢様」だ。あんま記憶にないが、いや、そもそもクリスマスの茶番な催しなんて、オレらの誰も行きゃしねえか。




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