第十五話『Moppet's Detective』(後編・その8)

 EXTRA EPISODE 15










 夕刻の茜色に染まる教室に、二人の少女が残っていた。

 何かちょっと、思い出すなァと、空の色と教室の空気にちらりと一瞬視線を流し、ソヨカはそれでも茄子菜の顔を、黙ってジぃっと睨んでいた。


「ソヨカ、ふに落ちないって顔してんね」

「……あそこでイモ引くような茄子菜は茄子菜じゃないよ」


 背の高い少女は冷たい口調でいう。


「お前くらいのバカちゃんにわかるようなら茲子だってわかってるさ。だから、そこから先を決めるのは茲子かな」

「……巴は?」

「あの子には、まだ足りない。経験とか、覚悟とか、力とか。しょうがないよまだ小五のちびっ子だしさ」

「いや、オマエがいうな」

「オマエもゆーな」

「いってねぇ!」


 表情を曇らせたまま、大柄な少女はつめよる。


「だって動機も理由もわかんないまま、滝元先生の奇行って……それでってことにして、本当に良いわけ?」

「あきらかに常識のあるオトナの行動じゃないよね。それで、体調に異常を感じた時点で脱出不能なくらい酩酊してたなら、酒……じゃないよね。アセトアルデヒド臭もなかったし。向精神剤か何か入ってたのかな。懲戒免職どころじゃないね、フツー」

「……おだやかな話じゃないね」


 何にせよ、巴の推理を元にして、新たな「何か」を茄子菜があの瞬間に掴んだのは間違いない。

 窓の凍結が溶けるまで悠長にストーブを炊いていて、一酸化中毒なんて、まあ確かにないだろう。先生が出られなくなるためには、それ相応の「」でなければ。


「薬、アッパかダウナかわかんないけどさ。それと練炭のワンセットって何だと思う?」


 もう「薬」って決め打ちか、とソヨカは苦笑する。行動の支離滅裂さを考えれば、アルコールより確かにそっちと考えて良いだろう。早朝の始業前だし、その点でもアルコールは確かに考え難い。

 いや勿論、薬だって考え難いが――。


「ん。……その組み合わせだと、やっぱアレかな、自殺未遂……?」


 滝元先生の自殺未遂……本来なら、この一件はそう考えるべきかな。でも、それだと鍵の問題とか、脱出のためにストーブを焚くとかじゃ、話が合わない。本当はどっちだ?


「いや、廃棄かな。いっぺんそこに入れておいたんだと思うよ、使ってないストーブに」

「何で? 誰が?」


 廃棄? そこはいきなり話が繋がらない。またぞろ、茄子菜が発想をで飛躍させているのが、ソヨカにも予想ついた。


「何で、っていうなら、練炭なんてドコ捨てて良いかわかる?」

「えーと……可燃ごみ? 燃料だし、いや……資源? アレっ、有害?」

「可燃で良いんだよバカちんたん。でもフツーいきなりはわかんないよね。分別表にはのってないっし」


 市の行政でゴミの細かな分別が始まったのはもう何年も前だけど、区域ごとで曜日も違うし、区分のルールも変わり易い。


「大学出たての小娘じゃ余計わかんないわな。しかも一人暮らし経験浅そうだしさ、見た目。いや見た目だけでヒト判断しちゃダメだけどさ。ああ見えて人食い人種かもしれないし、自宅じゃ豚の生首を並べて異形の神々を祭壇に祀ってるかもしんないし」

「ねえよ。……やっぱ、?」

「皆川先生が倒れるってのはおかしいのよ。死体の出た事件の時、彼女はまだこの学校にはいなかったじゃんさ。彼女が過去の事件と結びつけて、パニックを引き起こすとするなら、の事件じゃない、の事件だ。裏庭も中庭も関係ない」

「あっちって……」

「まあ、『』だけどね。連続猟奇殺人も、児童大量殺戮も、あとついでに中高生の連続自傷だか殺傷だか事件もか。世の中そうそうムチャな事件が、偶然でああも連続して起きゃあしねーっちゅの」

「……去年の件なら、終わったはずだよ?」

「確かに、何とかどーにか、ブッ潰されたしブッ潰した。だけどソレって『潰れた』ってだけで、解決とはいえないんよ、あれじゃ」

「……そりゃあ、」


 言葉につまる。

 確かに。何も解決はされていない。

 じゃな。


「まあ『終わった』のは確かさ。でもさ。残骸っていうか、残火っていうか、人の心にキズとして、色んなモンが刻まれちまってるんだよさ、もう。それがこう、ポンっと浮かび上がることもあるわけよ、やっぱし。湯垢みたいなモンでさ」

「……亡霊だな、ようは」

「だからオバケも霊魂もないさ。信じる者の中にしか。だからこそ『ある』っていっても良いんだろうけども、それはボクちん的にはノーサンキュな考え方だわにゃー」

「……茲子は……」


 どうなのだろうか、とソヨカは考える。

 茲子の中には「」のか。まだ、何かが。


「……あの子は、茲子っちょは、皆川先生のを許してくれるかな」


 ぽそりと、茄子菜はつぶやく。


「何いってんだよ。別に悪いコトしたワケじゃ……いや、うん」

「別にそこまで茲っちょに寛容性ないワケじゃないさ。でも、ボキらが思う以上にショックは受けてるハズよ、そんな素振りは絶対見せない子だけどさ」

「……でもさ。あんな地獄のような事件を潜り抜けて来た、戦友みたいな間柄じゃん、茲子と皆川先生は」

「だからこそ、余計に」


 茄子菜はそういって、ため息をつく。だいたい破天荒でだいたい躁状態の、の茄子菜が、ソヨカの前でこんな風にナーバスな態度を見せるなんて、それこそ去年の夏以来だった。


「フツウに考えてみなよ。社会人一年生のハタチちょっと過ぎの小娘が、生まれて初めて受け持った子供たちが、ばかすか殺されたんだよ? 生きてるのイヤになるぐらい、きっと辛い経験だったろうさ」


 あの事件も、思い出したくもない話だ。


「それでも……」

「うん、まだ生きてる子はいる。その子のためにもがんばろうって思うよ。そんくらいバカ単純で可愛らしいモノの考え方してんだ、あの小娘教師は。『がんばろう』なんて考えたらアウトだってわかんねーんだよバカで」

「……おめーが小娘っていうのもどーなんだそれ。いやアタシより小っちゃいけどさあの先生」

「おめーと比べたらカリーム・アブドゥル=ジャバーでもちっちぇっツの。まあともかく、そう思ってるから、自殺なんてしなかった。しそうになるけど、そんな道具を手元にもってただけで安心できたんだろなァ。だいたい自傷行為ってのはそんなモンじゃん。そして、すてた」

「あぁ……成る程。皆川先生が車か何かに積んでて……」

「手元にあるだけで『安心』もできるけど、同時に手元にあるだけで『ウンザリ』もする物ってのはあるさ。だからまあ、衝動的なモンだろね、廃棄は。廃棄っていうか、視界から一時的に消したかっただけかもしんない。推測だけど、まあ巴の出したアイディアから僕ちんが再構成するなら、これで全て不自然な状況にケリがつく。先ずこのセンで考えて良いかな」

「……それを後日焼却するつもりが──で、拾ったバカがいるのか」

「拾ったのは薬剤だけ、それが何か確認したかったのかもね。フツー、それとわかって飲みゃしないよ授業前にさ。どんなバカでも。そんなバカだったけど」


 顔を蹙めながら、ソヨカは空をながめる。


「バカな事件だなぁ」

「だから闇に葬るっきゃねえっぺ。ソヨカの助けがいるよ」

「うん、なんとかする」


 頼られるのは悪い気はしない。身体的フィジカルな面でも、自分の家の立場を利用することにせよ、必要とされて動くことは自己存在を肯定できる。何より、この天才的な馬鹿の指示で動けば先ず、間違いはないのだから。

 ソヨカは、あれこれゴチャゴチャ考えるのは苦手だったし、苦手なことは茄子菜に任せれば良い――常々、そう心得ている。こっちはこいつの出来ないことをやれるし、やる。それで十分だ。


「皆川先生にしたってバカだけど美人だしさ、何かよからぬ考えで接近しようって思ってたのかもしんないしさ滝元先生。わかんないけどね、バカの考えることは。ま……皆川先生のケアは茲子に任せるさ。あの子の判断に委ねる。どう出るかは、わかんないけど」


 教師をぽんぽんバカ呼ばわりの児童もどうなんだ、と思ったものの、実際バカじゃしょうがないや、とソヨカも思った。

 茲子は……どう動くんだろう。任せるってことは、信用してるってこと。その茄子菜の判断に、ソヨカも相乗りするしかない。ここは考えないで良い。考える役目は自分じゃない、茄子菜だ。……いや、


「……思うにさ。今更いってもはじまらないけど、巴が最初っから関わってくれたなら、もっと違った結果かも知れなかったな、去年の事件も」


 茄子菜の指示で動けば間違いはない。連戦連勝。でも、常に成功するばかりとは限らない。それを痛いほど味わった。思い知らされた。あの事件では。

 どれだけ埒外で規格外な子供であろうと、巨大なの中では、結局自分たちは非力で幼稚な小学四年生の、ただの探偵きどりのちびっ子に過ぎなかった。それをただただ、再確認させられた。


 だけど。


 巴は――あの子も、必要な力だ。間違いなく。ある面では茄子菜をも凌ぐ。さっきの推理だけでもそれはソヨカには十分理解できた。

 もし、もう一点。ソヨカの目から見て、まるで超人ともいえる茄子菜に、更に足りない力を添えられる者がいれば、或いは――。


「よそう。あの子の才能は確かだけど……あぶなっかしいよ。優しすぎるし、脆いんだ、巴っちょは。去年の件で懲りたよ。わたしはこれ以上、彼女を巻き込みたくないかな」

「……うん。そだね」


 大きな少女と小さな少女は立ち上がる。

 そして──



            To Be Continued



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