第十六話『ボーイズ・ミーツ・ガールズ』(前編・その2)


 え~っと……そうだな、確か寸劇の協力だか何だかで、女子高生がうちの学校に来たらしい、ってのは小耳には挟んでた。

 我らが母校は男子校、ご丁寧にも教職員は全員男。用務員とか保険医まで例外もなく全員男。こりゃあもう、母校じゃなくて父校っつった方が良いんじゃね?

 まあ、そんなでマリア様を誰が演じるのって話だわな。確かに。


「んでよー、なんか小道具置いたままにしてたからよ、今日生徒会で引き取りに来るってよ。連絡板に貼ってあったんよ」

「フーン」

「ふーんじゃねーべ。女子だぜ? 女子!」

「いや、珍しかねーって、別に」


 隔絶した孤島とか山奥ならともかく、一応この学校あんの、市街地だぜ?


 いや、中心部からはチョイはずれた山の麓だし、周囲は工場と造成地ばっかだけどさ。最近じゃ、ベッドタウン化して建て売りやマンションもどんどん出来てるし、小規模ながら商店街もオフィス街もある。十分に市街地だろ。

 ここに通って四年と九ヶ月。純真無垢な優等生がただのクズに変わるように、刻々と周囲も変化して、みるみるうちに原っぱはビルになり、何もない通りにコンビニはどんどんできた。買い食いもし放題だ。

 不便だった駅にエスカレーターもついたし、見慣れた指名手配のヒゲづらおやじのポスターも剥がされたし、ボーリングのピンの看板が良い雰囲気の廃屋もとうとう壊された。世界は刻々と変化して、俺らもいつまでもガキじゃいられなく――。


 あァ糞ッ! ンな話はどーでもいーっての。

 ……くだらねぇ。

 だいたい、俺らからしてこんなだ、そのお嬢様ってのも、実はとんでもねー馬鹿かもしんねーし、只のビッチかもしんねー。

 それをたかだか制服一つで「あぁ、お嬢様だお嬢様だ」って、遠目でニヤニヤでもすんのかよ? くだらん。

 まあ、可愛けりゃまだ話は別だが、十中八九ブスに決まってんだろ、結局。ンなもん、どーでもいーよなぁ? 実際。

 ……なぁ?

 おい。あァ?


「ンまッ、まじッ? ほっ……ホント?」


 おい、デブのヨシオが超反応してやがるぞ、こんちきしょー。


「そっ、それ、ミシェール女学園っしょ? 超お嬢様学校っしょ、た、確か。フヒッ」


 知らねー。

 っつーか、世間的にゃオレらも超お坊ちゃん学校なんだぜ?

 その事実から考えても、相手側もタカが知れてるじゃねーか。わかれよ!


「いっ、いや、でもさァ。男子校の校内に女の子がいるって考えるだけで、みょ、妙に興奮しね? 俺はする。どーよ?」

「俺も俺も」

「拙者も拙者も」

「……なんだよおい、お前ら!」


 俺だけかよ、乗れてねーのは!

 ……ミノルもか。

 ミノルの奴は、いつも通りのつまんなそうな顔で、我関せずって感じにアサッテの方向を見てる。ブレねぇ奴だ。一応俺ら五人の中じゃ、一番ツラもマシだから、女にゃガッつかないってのか? いや、モテたとか彼女いるなんて話も聞いたことねーけど。


「ひ、一目ぐらいさァ、見てみようぜ。またサ、何でも制服がスッゲー好きモノ受けしそうなデザインなんだってよッ」

「何だ? また制服で釣ろうって魂胆で、媚びた流行りの感じのとか?」

「いや、も、もっとこうサ、真逆にマニアーックな感じなんだってさ!」


 わかんねー。何だそりゃ。

 ったく、ドイツもコイツも……見たことも会ったこともねえ、可愛いかどうかすらもわかんねえ、たかが女ごときに何うかれてんだ。くだらねぇ。

 ……夢、見すぎだぜ?

 よしんば、百に一つの可能性ですっげぇ可愛かったとしようぜ。

 で、どうなる?

 オレら全員坊主。おちこぼれ。

 サッカーとかヒップホップとか、そんなんで坊主ならまだモテるだろうけどさ、何もやってねー中途半端で帰宅部の坊主。どうよ、これ。

 ガッカリされるだけじゃん?

 ヘタすりゃ、見ず知らずのお嬢様から、汚物か虫かみたいな目で見られるワケじゃん?

 ……うはっ、なんかソレ面白いかも!


 いいじゃん、それ。みりん風調味料でも第三のビールでもなく、「ああ腐った蜜柑だ」ってわかってもらえるならさ。ひひひ。

 つくづく、俺って根性ねじくれてるや。


「なんだ浩樹。ブツクサ文句いってたワリにニヤニヤきめェ目してんじゃん」


 チクっと、ミノルが見抜いて来やがった。


「エッ!? あ、いや。ま、俺ぁどーだってイイんだけどさ……別にそんな、女が来たくらいで騒いだってだな、まじでな」

「なんか、夢みてんじゃないのか馬鹿らしい」


 夢みてんじゃねーよと、さっきまで俺が考えてたのと同じ駄目出しをミノルにされた。 いや、違うって。そーじゃなくって!


「ようはお前ら『観察したい』ってだけだろ、女を。そーじゃなくてな。『観察される側』になって考えてみろよ。超おもしろいだろ。何あのデブ。何あのチビ。何あのフランケン顔。そんな風に女が顔しかめるトコ、ちょい想像してみ? 楽しいだろ?」


 いいやがったなコノヤロー、と三人が地獄突きを三方向から俺に繰り出してくる。


「それだって夢観すぎ、っつーんだよ」


 相変わらず、ミノルは醒めたこといってる。


「いーじゃねーか夢くらい。どっちかってーと悪夢だろうけど。……っつか、おめーら地獄突き痛ェっつのヤメれっつの! しつけえ!」

「だから、誰かと出会うことでの劇的回心を期待すること自体がまんなんだよ。好意だの嫌悪だの『関心を持たれること』を前提にしてる時点で、夢見過ぎっつー話」


 ……むぐぐ。

 よく言うよな、「好きの反対は無関心」か。匿名掲示板でなんちゃらアンチとかやってる奴は、それ顔真っ赤にして反論するけどな。


「考えるまでもない。だいたい俺らに対しちゃ、石ころとも思いやしないさ。視界にすら入らないね。あとそれ、『フランケン顔』じゃなく『フランケンシュタインのモンスター顔』な」


 こまけぇよ。

 マイナス側だろうとプラス側だろうと、ようは「夢」ってモノ自体に興味ねーのか。

 興味ないっつーより、反発か。反発心ってのもそれはそれで興味の一つなんじゃねえの、と思ったが、面倒だからそこは黙る。


「誰がモンスター顔だよこのやろう。いや、でもよ。どうせ『うわーあのデブきもいー』だけで終わったとしてもよ、出会いっぽいモノってどーしても期待しちゃうじゃんよ。どーせ結局何もあるワケねーんだから、想像して楽しむくらいは良ぃべ?」

「キモイゆーなやこらァ!」


 今のユータの言葉にすかさずヨシオが全体重をかけて馬乗りで突っ込む。デブってのも便利な武器を持ってるもんだ。


「ぐぁあーッ! 死ぬーギブーギブー! オタチケー! 口から内臓でるーッ!」


 まあこの際ユータの断末魔は無視して、と。


「想像と妄想だけなら部屋ん中で陰茎弄ってりゃ良い話。わざわざ現実に材をとったって、馬鹿をみるのがオチさ。夢でも悪夢でも、赤の他人に余計な期待をかけたところで、そんなものは必ず裏切られる。肩すかしの数だけ、俺らのの気力がすり減って行くんだ、自衛のためにも無関心で良いさ」

「ぐほッ、ミノルは相変わらず醒めてんな。いいじゃんよ、たかが野次馬するくらい。一目みただけで恋の花咲くワケでなしよ。運命的な出会いがあるでなしよ。ンなもん最初っからわかってんじゃんよ、俺らボーズ軍団」


 圧死させられながら、ユータがミノルにいい返す。んだんだ。


「かといってまー、汚物扱いされるってのもまーねーだろうよ。ドMの浩樹には悪いけどよ」


 Mじゃねーし!


「ま、やめろともいってないよ。好きにすれば良い。どうせ何も変わらない。面白いことがあるでなし。手に汗握ることもなし。喜怒哀楽、何か心ゆさぶられるコトも起きやしないさ。所詮、現実なんてモノは……どこまでも非情で、退屈で、そして残虐なんだよ」


 いわれなくたって……

 イヤっつーほど痛感してるよ!

 この、みたいな展開、どうしようもない「現実」ってヤツのくだらなさには。


「フヒっ……ま~たミノルの『ツマンネーツマンネー』が出たよ。そんなばっかいってっから『ツマンネエ君』って仇名つけられんじゃん。『あ、つまんない人が来た!』って指さされるわけじゃん」


 ユータに乗っかって体重かけながら、ヨシオがフヒフヒ笑う。深淵を覗く者は深淵もまた、ってヤツだな。


「仇名ついてねーし。指さされてねーよ!」

「いーじゃねーの、ンなの、どーだって。ボーイ・ミーツ・ガールだぜ。な……なんかこうさ、なんつーかこう、パーっとさ、天地がひっくり返るぐらいのドラマとか起きるかもしんねーじゃん。起きっこねーけど。なぁ?」

「あるわけねー。ナメんなデブ」


 デブが夢見るのは余計きめぇっつの。脇肉をムンズと掴んで突っ込む。


「うるせーハゲ。死ね」

「お前もハゲだろハゲ!」

「つーか俺ら全員ハゲ!」


 ヘラヘラ笑いながら、俺ら全員ゆるゆる立ち上がって、聖堂の方へとぼちぼち向かう。立ち入り禁止の芝生で寝転がるのも丁度飽きてきたところだ、気分転換、行動変化の理由なんて何でも良い。


 さっきまで駄弁ってた校舎奥の中庭からは、聖堂は結構近い。一応全校生徒が入れる講堂と違って、聖堂の方は一クラスぎりぎりの収納人数しかない、こじんまりした「教会もどき」だ。三流ゾンビ映画で立てこもるのにうってつけ、って感じの。


 日曜日にはミサがあって、学校の裏側をまるで正面玄関のように陣取っているこの片隅の聖堂が、普段ならバ~ンと信者向けに出入り口全部開放もしているはずが、今日は裏門ごと閉めていて、誰もいないっぽい。

 まあ一番のクライマックスである聖誕祭を終えた後の、暮正月ってのは、クリスチャンには重要イベントでも何でもないのだろう。


 だらだら歩きながらぼんやり眺めても、閑散とした校内には、俺ら以外に運動部の補欠が何人かグランドに見える程度だ。まあ、あと俺らみたいに補習で呼び出されてるバカも、下級生とかに何人かはいるだろうけど。

 上級生は、受験の追い込みでいやしねえ。

 このガランとした中、はるか校庭の反対側から、このくそ寒空の下でカバティカバティと声が響いてる。あの部活もアホじゃなかろか。


「で、そのら聖堂に来るんだっけ?」


 ん。わかんないで移動してたの? つられてここまで来ちゃったけど。


「しらね。荷物の運搬回収ボランティア求むとか、ボードに貼ってたじゃん、神父名義で。どっちにしろあのジジイ職員室いねーし、居るならこっちじゃん」

「まーよくわかんねー奴だしなぁ、ガンジーも」


 熱心とキチガイは紙一重っていうか、まあ同義なんだろうけど。神学の授業以外だと、だいたい聖堂にこもってやがる。それか、校内のワケわかんねー所で寝てるかだ。何故か学校に住んでるんだよな、あの爺ィ。


「と、とにかく協力者のフリして申し出てりゃさ、問題なしにツラ拝めるし。まーとにかく、ブサイクだったら仕事放っぽいてとっとと逃げんの。フハッ」


 あんだけ反応しといて、デブのヨシオときたら、この非道セリフときたもんだ。

 中々サイテーだな、おい! うっかり釣られて笑う。こういったくだらない悪意や軽口、人生も世の中もナメてかかる。そんなので辛うじて俺らは生きながらえているようなもんだ。

 夢もチボーもない日々。未来に絶望してて、人生に展望も見えない、高校二年にして、路縁で将棋盤囲んでボヤいてるジジイみたいな生活してんだ。これで性根がねじくれないでいる方がどうかしてるって話だぜ。


「まだお昼前か。あ~ハラへってきた」

「俺ぁねモい。ふあぁ~」

「食欲に睡眠欲に性欲に、どうしようもねえな、お前らケダモノどもめ」

「性欲ちゃうだろ別に。女を一目観たいってだけでよ、いや性欲かこれ」


 可愛かったら目に焼き付けてオカズにでもすりゃいーじゃんよ、ハハっと糞みたいな軽口を叩きながら、俺たちは両びらきの大きな扉に近づく。

 クローズの札もかかってないし、まあ中には十中八九あのジジイもいるだろう。居るっていうか、殆ど暮らしてるようなモンだが。

 ユータがぼそっと口にする。


「……なんか、誰の話し声もしねーな。やっぱ職員室とか生徒会のほうでナシつけるんじゃね? こっちに直接来てもどうせガンジーしかいねーし、引き返すか」


 ん。まあ、そうかも知んねーけど。

 ようはユータも、ガンジーにねちねち説教されるのがイヤなんだろう。今ここで顔だしたら、確実に説教三〇分コースだ。ヨシオはヨシオで、それに反対意見を出す。


「ン、でもよ。アッチ行ったらぜってー糞塚いんだろ? 学年主任の。ヤだよ、あいつとハチあわすの。死ねばいいのに。その点さ、ガンジーは小言がうぜェけど、ま、基本無害だしサ。無抵抗主義だけにさ」


 ……まあ、うぜえが悪いヤツじゃないんだろうさ。シャレも冗談も通じないし、比喩も皮肉も故事由来もまるっきり額面通りに受け止める石頭のクソ真面目のクソジジイだが。

 貧相な痩せこけたチビだが物怖じしない爺さんで、ま、一応俺らを「心配してくれている」のは間違いない。それだって「出来の悪いガキどもを心配してやる大らかな自分」が好きでやってんだろ、ってのがミノルの分析だが。

 やっぱある種の大人にゃ、あるんだろうなァ、「バカどもを更正させたった!」欲みたいなのは。啓蒙欲とでもいうの? 人が人を思うがままコントロールしようってのは、ようは洗脳だせ。とどのつまりが支配欲だ。迷惑千万だっつの。

 そーゆーのって手っ取り早い美談ので、達成感も得られるんだろうなァ。くだらん。

 やれ「神様は見てなさるぞ」だの「因果は応報し、罪には報いがある」だの、いねえし、ねえよ。だいたい……、


「ギャァァァアアアアアアアアッ!」


 えっ!?

 な、なんだ今の悲鳴!?


 全員で顔を見合わせる。

 今のって……え~と。

 ジジイの声だよな? 神父の爺さんの悲鳴……なのか。悲鳴、あげるか? 大の大人が。

 全員で顔を扉へ向き直る。ダッシュして扉にかけよった。




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