第十四話『イン/アウト』(前編・その4)



 バタンとドアを開けて、ちょっとガラの悪そうな男性が三人、車から降りる。


「ああ、本当っすね。ありゃあ飛田の娘に間違いねぇですよ、どうします?」

「参ったなぁ、死んでも助かっても面倒だぜ。まあ、見つかっただけマシか」


 知り合い? どうして?

 屋上の女の子には、あきらかにおびえた様子が見えた。

 へなへなと、ビルの端で足を崩し、へたりこんでいる。かなり危険だ。


「あの、一体どういったご関係で?」


 キツい口調で香織さんがくってかかった。


「ん、なんだ嬢ちゃん。アイツの友達か?」

「そうかも知れません」


 え?


「どういった関係も何も、ここはうちの会社の物件だよ。さしずめ、不法侵入者に迷惑してるって所かね」


 スーツにサングラスのリーダー格の年配の男は、冷たい目で香織さんを睨みながら静かに喋る。ダブダブの服を着た若い男性二人は、つかず離れずな位置で一歩下がって彼の後ろに立っていた。


「何故、彼女が不法侵入扱いなんです?」

「何故も何も、もうアイツはここの住人じゃねェだろう」


 わー。この人、香織さんの簡単な誘導尋問にひっかかってる。

 不法侵入……正しくは住居侵入罪だけど。つまり、彼女はここに以前「住んでいた」ってことじゃないか。

 だったら、ビル内の構造とかを知っていても、そうおかしくはないけど。


「あの、この建物って、どこか外から入れるような場所ってないんですか? 表と裏の入り口以外に」

「は? ねーよ」


 恐い口調で怒鳴られて、びくっと香織さんの後ろに私は逃げ込んだ。

 小声で、香織さんに「誘導ナイスです」とささやいた。

 この人たちの会話から、瞬時に屋上の女性がここの住人であると判断した手腕も見事だった。


「でも、よくそんなコトわかりましたね……?」

「ちょっと考えればわかるじゃない」


 香織さんも、小声でささやき返す。私には優しい口調だ。

 ――何故この人たちがここに来たと思う? 目で、そう問いかけているようだ。見張っていて、たまたま? いや、このタイミングはおかしい。

 目視で確認できたのはたった今のことだ。それでゆず子さんが警察と消防に連絡を入れて――。

 警察無線の傍受でここに……? いや、昭和の頃ならともかく、今はデジタル無線、そう簡単に一般人が傍受はできないはずで……いや、そうでもないか。

 システムでは無理でも、では漏らせるかも。警察か消防の内通者から、何らかの融通を得ている、それだけの立場がある……ってことなら、ちょっと厄介な相手かもしれない。普通に考えれば「あってはならない」話だし、あまり考えたくはないことだけど。


「……もし連絡を受けていたとして、場所、そして女子学生。それだけで結びつけて、事前に相手を特定できる条件なんて、限られてるわ」


 確かに。とはいえ、結構なだとも思うし、根拠には乏しい気もするけど。

 もっとも、仮に外れていたとしても「何だそれ」の一言で終わる話だから、口にするだけしてみても損はない、という判断だったのかも。この即決力は私にはないもので、やっぱり凄い。


「あの、中に入る鍵は……」

「事務所だ。別件で流してる途中、たまたま近くで立ち寄ったからよ。取りに戻るには二、三〇分かかる。どっちみち、それ迄に警察か消防が来るだろ。意味ねえ」

「お知り合いなら、何か他に手だてはないんですか?」


 助ける気も説得する気もなさそうな大人たちに、香織さんが珍しく「怒っている」のがわかる。珍しく、というか、つい最近も怒ってる所は見たけど、あの時とは怒り方が明確に違う。知弥子さんに対して腹を立てている時は、もうちょっと可愛気があったと思うけど……今はただ静かに、ピリリとした、まるで抜き身刃のように感情を張り詰めた感じに怒っている。それが逆に、すごく怖い。


 私は……まだまだ、香織さんがどんな人なのかを、まるで知らないんだ。それを、改めて思い知らされる。


「知り合いって程は知らねー。あいつの親父なら、よ~く知ってるがね」


 苦々しそうな口調だ。


「じゃあ、せめて親御さんに連絡をつけて説得して貰うとか……」


 親との不仲で自殺未遂だったらどうするんだろう、ソレ。


「連絡つけたいのはこっちの方だ」


 男は鼻で笑った。


「どっちにせよ、嬢ちゃんらに話すようなことは、なーんもねぇ。まあ……成り行きを見てるっきゃねえわな、コリャ」

「彼女がどうなっても良いんです?」

「その言葉はそっくり飛田にいってやりたいね。この一ヶ月、姿をくらませてやがんだよ。うちの会社の金を持ったままでな」


 会社じゃなくて組じゃないのか、と突っ込む勇気は私にはない。

 どうもこの状況では、この人たちが来たことで好転する可能性はゼロに近いようだ。


「……横領ですか。警察には、被害届けは出してるんですか?」

「サツに話はつけてるし捜査もして貰ってる。個人的にな」


 そういって、リーダー格の男はまた鼻で笑う。個人的にって……ソレって、どうなんだろう。表沙汰にできないお金なのか。

 それに……あきらかにアウトロー然とした人からの、個人的な依頼で捜査をする警察官っていうのも……。

 これって、身内や知り合いに警察官が多い(らしい)香織さんにとっては、どんな気分なんだろうか。少しヒヤヒヤする。


「いずれにせよ、男やもめの一人娘が何かしでかしてるんなら、ヤツも何かアクションを起こすだろう、と……そう思ったんだがな。ちょっとコリゃあ、回収できンのかねェ」

「あなたたちは、お金の回収の方が人命より大事なんですか!?」

「分かり切ってることをいわないようにな、嬢ちゃんよ」


 香織さんは、きつい目線で物怖じもせず、怖い男たちを睨んでいる。……凄い。


 業を煮やしたか、ゆず子さんは黙って隣のビルへと駆け出した。

 そして、私は──状況から、とあることに思い当たっていた。


 ……まさか?




             (後編につづく)




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