第十四話『イン/アウト』(後編・その1)

 第十四話『イン/アウト』(後編)


★前編のあらすじ★


 クリスマス前の賑わいをみせるH市中心部。そこで、偶然に顔を合わせた巴と香織。

 巴は以前の事件から、探偵としての自分のあり方に悩みを抱えていた。果たして、自分の推理は本当に人を救えているのか――?

 巴の常人には理解し難い過分な悩みを前に、香織もまた、巴のあずかり知らない過去を抱えているようで、お互いのことをまだ良く知らないままギクシャクした中一と高二の二人の前に、快活な普通の女子高生、「ゆず子」と名乗る香織の旧友も現れる。

 まるで接点の見えない相手との歓談を不思議に思う巴の前で、阿吽の呼吸で香織とゆず子は、これもまた偶然に目にとめた「自殺未遂(?)」の少女の危機を察知する。

 出入り口はすべて封鎖された侵入不能の廃ビルの屋上、はたして、その少女はどうやってそこに入ったのだろう?


 目の前の不可解な謎を前に、今にも飛び降りそうな少女、そしてその少女のことを知るらしい、駆けつけて来たヤクザ者たち。

 そして巴は、何かに気付いたような素振りを見せる──。










 ……それは、まるで絶望的な状況のようにも思えます。


 何かを一つ間違えれば、あの子は命を落としてしまうかも──。それだけは、何としてでも、避けたいのに。

 なのに、今、私たちの目の前にいるこの男たちは、彼女に間違いなくプレッシャーを与えるに違いありません。一体、どうすれば良いのでしょう……。

 そもそも、どうやって助ければ良いのでしょうか……?

 それ以前に……一体どうやって、あの子はあそこに入ったの?

 私には、まるで見当がつきません。


 しかし──私の傍らに立つ小さな女の子──「巴ちゃん」は、既に何かに気がついたような表情を浮かべていました。


「あ、あの……香織さん……」


 私をじっと見て、巴ちゃんが何かを訴える。


「何かしら?」


 あせる気持ちを抑えて、穏やかな口調で巴ちゃんに話しかける。

 そう、この子には何の責任もないのだから。はやったり、心に抱えた黒い感情から、八つ当たりじみた、きつい調子の言葉をこの子に向けてはだめ。

 あきらかにアウトローと思われる大人たちに囲まれて、しかも、目の前で誰かの生き死にに関わる事態に直面した、中一の女の子の気持ちを思うと、きっと逃げ出してしまいたくなるほど、辛いものかも知れません。

 私の後ろで、小さく震えるこの子の手を、そっと握る。

 心配、しないで――。


「ものすごく、荒唐無稽なコトを、思いついちゃいました……」

「えっ?」


 意外にも、巴ちゃんは私が思っている以上にタフな神経をしていたようです。


「もしかして、何かわかったの?」

「……まだ確証はないです。それに」


 再び、巴ちゃんは顔を曇らせる。どうも、まださっきの話を引きずっているみたい。


「それを推理で『解いた』ところで、今の事態が解決されるとも思えないんです……」

「でも、侵入経路がわからなくっちゃ、助けには──」


 同時に、ポケットのケータイが鳴りひびいた。


『──あのッ、香織さんっ?』


 ゆず子さんの声。


「ど、どうしたの?」

『いま隣にいますぅッ! ええっと、場所! 位置! 換気扇の何番目ですか? そっちから見て、左っ端から数えて、ですゥ!』

「換気扇って……!? あの、もしかしてゆず子さん──」


 隣? ぎょっとして、背後にそびえたビルを見上げる。


「あの。……ゆず子さんって、ひょっとしてメチャメチャな性格してませんか?」


 横に立っている巴ちゃんも、少し呆れたような声を。う、うん……そうよね。

 まさかは考えないもの。

 普通の女の子なら。


「あのね、ゆず子さん無茶はやめて! おかしな刺激を与えて、あの子がもし発作的に飛び降りたらどうするの!」

『でもでも! 刺激与えようと与えまいと、今この瞬間にもこのコ飛んじゃうかも知れないじゃないですかぁ!』


 それもそうだけど……。

 屋上の女の子は、かなり切羽つまった顔をしているのが、遠目にもわかります。


 髪は振り乱し、顔も蒼白で、足も裸足。少し普通じゃない状態なのも確かで、ギョロリとした目を見開き、ふるえ、おびえながらこちらを見ていて――。

 裸足?

 靴は? 地面に落ちている様子はないし、屋上にあるのかどうかまでは、ここからではわからない。

 そうなると、最初考えたように、ロッククライミングの要領で、手足の指で器用に金網を登る……といった、やや無茶な可能性も、考えられなくもないのだけれど。でも、やっぱりあの屋上にいる彼女のか細さからは、さすがにそれはないんじゃないかしら――。


「……あのね、巴ちゃん。確かにゆず子さんは、少し無茶なところはあるわ。でも、知弥子さんほどじゃないから、大丈夫。心配しないで」

「いえ、あの人を基準値に置いては、なんていうか、相当その……」

「ん、ナンだァ?」


 目の前の男は、さも面白そうに、私たちのやり取りを眺めて、小馬鹿にするように鼻で嗤う。

 さすがに少し、頭にも来ます。


「随分と余裕があるようですね。あなたたちは……彼女のこんな様子を前にして、そうやって薄笑いを浮かべていられるんですの?」

「ンなモンは、他人の人生だしよ」

「他人事であろうと、人一人の命がかかっているんですよ?」

「べつに他人が死ぬ所なんて、こっちにゃ珍しかねェんだよ。いや、若い小娘が死ぬ所ってなりゃ、チョイとは珍しいっちゃー珍しいかもな。ハハっ。だが、ンなモン見たからって、別に俺らの溜飲が下がるってわけでもねーがよ。面白いって程度の話だ」


 から笑い、バカにしたような態度で男は煙草に火をつける。なんて人なんだろう。

 一瞬、キュっと私は手のこぶしを握る。

 次の瞬間、その気持ちがスッと引っ込んだ。


「そうですよね」


 我が耳を疑うような返事を、平気で巴ちゃんがしていたから。


「それで、実際問題、あの人が死んだ場合と死ななかった場合と、皆さんにはどちらにメリットがありますか?」

「ん? はは、そうだなぁ。メリット……んなモン、どっちもねーな」


 頭がクラクラくる。巴ちゃんったら……何て会話をしているの?


「じゃあ、リスクヘッジではどうでしょう? どちらの方が、面倒が少ないです?」

「……まぁ、それだったら実際、生きてる方だろうな」

「そうでしょうねえ」

「と、巴ちゃん、何をいうの……?」


 信じられないような話を、この小さな女の子は、アウトロー然とした男相手に平気でしはじめる。


「はは、頭イイ子だな。わかってるじゃねえか、このちっこいのは」


 笑いながら男は煙草の煙を吐き出した。





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