第十三話『殺戮天使』(前編・その3)



 ……そして、同時にピンと来る。


 複数人の、ようは「集団強姦罪」で、被害届が出ていて不起訴?

 いわゆる――起訴猶予処分、ってのじゃなしに、か。訴訟事実そのものがチャラになる? ……なのか? そんな事って。……不起訴処分なら、検察の裁量次第でも十分にアリか。

 確かに、正義の行使者じゃないな。

 どうにも陰鬱な気持ちになる。考えたって仕方ないことだし、どうしようもない話だが。

 いわれなくてもわかってる。世の中は不平等に出来てんだ。


てんちかいびゃくから綿々とつづく、絶対的で理不尽なただ一つの摂理。常に女は犯される。そんなように創られたから。例えば児童ポルノ規制だ何だで、ネットでぎゃあぎゃあ騒いでる連中の一部が、伝家の宝刀のように持ち出す『先進国における性犯罪発生件数』の記録資料って、実際どこまで信用できると思う?」

「え? いや、えっと。そんなこと急にいわれても……」

「だよねー。だいたい、そんなのそこに『』物しかわかんないもん。記録されてもいない物を、憶測や推測でどれだけおっきく、少なく、恣意的にポリティカルに語ったって、そんなものはオバケを見たとか見ないの話と大差ないし。それでも、明確にわかる事は、性犯罪の常習者がどれだけ逮捕されようと、犯人の自供件数より、押収された証拠品の数より、はるかに被害届の数は『』の」

「……あぁ、まあ。それは……」


 そりゃそうだろう。


「一つ指針になる統計が、自らの性犯罪被害をもとに著述業を行っている人のもとに、被害体験を綴った手紙やメールを送った人が三千人近くいて、このうち警察に届けた人は4%。被害後に病院に行った人が3%。どこにも届けていない人が85%。刑事裁判まで進んだのはわずか1%。虚偽が何割か含まれたとしても半数は超えないでしょうし、多少の偏りはあるとしても、統計学的にサンプル抽出に充分な母体数は満たしていると思うけど」


 ……憂鬱になる。

 ようは、それだけ性犯罪に対して「法律が甘すぎる」って事だからな、この国は。大して詳しくない俺だってそれくらいはわかる。

 殺人、強盗殺人には死刑があっても、強姦致死ならせいぜいが無期懲役。ようは実質二〇年以下の懲役刑って所だ。強姦罪なんて最近になってようやく「三年以上の有期懲役」、つまり「罪」になったが、それだって強盗罪なら五年以上が普通だ。どうやったって処罰は軽い、再犯率もハンパない。

 その上、被害女性は訴える時点でセカンド・レイプを食らう。そりゃあ、先進各国上で「最もレイプ被害が少ない国」にもなるさ。そして、実情なんてほぼほぼ記録に残りはしない。


「まあ、日本より更に処罰も軽いし、検挙されても何の問題もなく性犯罪者が社会に戻れるから、子供の万引きなみに数字に出てるような国よりはマシかもね。だからといって『酷い国』より『マシ』だ、って事が被害女性に通じる言葉だと思うかしらね?」

「……ああ、わかったって。もう良いよ、それは」


 ヤレヤレだ。大きく首を振る。

 ウンザリだ。男の俺にとっちゃ、どこまで行っても性被害だの何だのの話は、結局の所「他人事」で、ただ気が滅入るだけで、いちいち義憤に燃えたり心底怒ったりするような話でもないさ。なかったんだ。つい先ほど、このと関わるまでは。

 今は? あぁ、勿論他人事だ。

 ただの他人事として、ニュースとかでそういった犯罪を見る度に、人並みに舌打ちし憤ったりはしても、ただそれだけで、次の瞬間には別の番組を見てヘラヘラ笑ったり、政治家の汚職だの芸能人のゴシップを見ながら、やっぱり憤ったり鼻で嗤ったりしながらすぐに忘れる。そんな、どこまで行っても他人事の話だけど、それでも今は、これは、「」しまった話なんだ。

 身近な所で関わってしまった。それだけでももう、相当気が重いし、胸くそ悪い。

 でも、だからといってどうにもなる話じゃないし、どうできる訳でもないだろう。そんなのは、もう最初っからわかりきってるコトじゃないか!?


「なら自殺した娘たちの死はだれのせいだろう? 自殺なんだから自己責任? 本人の心の弱さ? それとも社会? それとも、こいつら?」

「……わからないよ」


 だいたい性被害者三十二人はどうかしてる数だが、常習者のニ年ならそれくらいは行くだろう、と納得はいく。でも、そのうち四人自殺は割合としては多すぎだ。本気にできるわけもないだろう? そんな話!


「だよね。死者は何も語らないもの。死者は何も訴えられない。存在は無になり、塵になり、壷に入った小さなカケラになって。魂はあるのかな? 天国は? 誰もそんなの見たヤツいないじゃない。臨死体験を語る人にしたって、じっさいソイツ生きてるじゃない。なら、死者を弔うすべって何? 生者の心の安定のため? 気休め? 宗教儀式の一切は詭弁に近いよね」

「君は、俺にいったい何をいいたいんだ?」


 さすがに、俺も声を荒らげる。何なんだ? 一体。……何のつもりなんだ!?


「最後の最後であと一手、確証を取りたかったの。まーさか自分から話すとは思わなかったなー、まあアクシデントといえば確かにそうだけど。危うく私は、無関係者まで巻き込む所だったから結果オーライ、かな」

「さ、さっきから君は何の話をしてるんだ!?」

「だから──『選択』を任せたいの、君にね」


 すっと、さした指がまっすぐ俺に向かう。


「命運を選ぶのは――君の役目。うん、適任。──ものいわぬ『死者の代弁者』として。その権利は、君にはあるの」

「……命運って?」

「生殺与奪」


 何をいっているのか、理解できなかった。

 ラリってるようでもなし、かといって、ふざけているようにも見えない。

 真面目に話をしてて、こんなことをいう女の子がいるものだろうか。


「だから結局、善悪は『誰か』が決めた時点で発生するもの。ルールを作った側の思惑で、テロも聖戦になる。無差別爆撃も正義になる。では法で裁けぬ罪に悪、みちを外した人の罰、ルールの枠外は無法で良い? 良いならだれも『許せない』なんて思わない。誰かがそれにジャッジを下さなきゃいけないの」

「何をするつもりかは知らないが、俺にコイツらをこのまま警察に連れて行けっていうのか……?」


 冗談じゃない。証拠だってない。

 もしこの子が、さっきの会話をレコーダーで録音してたとしても、そんなのは何の証拠にもならないだろう。


「そんな面倒なコトはしたくないんでしょ?」


 ……確かに。

 後々恨まれるだろう。警察で事情聴取に何時間もとられて、裁判とか何とか色々クソ面倒そうだし、同じ大学の先輩ってなると今後も話がややこしい。

 だいたい起訴されんのか? できないだろ。

 仮にもし万が一、起訴できたとして。それで有罪にこぎつけられたとしても、精々書類送検とかで終わるんじゃないか?

 確かこのうち二人は医者の息子や代議士の息子のはずだ。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る