第十三話『殺戮天使』(前編・その2)



 小柄で華奢な、薄明かりの中でもハッキリわかるほど可愛らしい娘だ。

 少女モデルのような容姿の、鮮やかな茶髪のツーテールにピアス、パール系の薄化粧。ゴス系メイド風のやり過ぎなユニフォームが平然と似合っているのにも驚いた。

 オタ臭いといわれようが、茶髪は俺の趣味じゃない。茶髪に限らず、ヘアカラーやらヘアマニキュアで変な色に染めてる全般、正直好みではない。でも、そんな俺から見ても可愛いと思えるんだから、こりゃあ相当なものだろう。

 夜間に飲み屋でバイトしてるくらいだから、まあ高校生ってことはないだろう。しかし、どう見たって俺より年上には見えない。中学生でも通じそうな小柄さと雰囲気の幼さだ。いわゆる合法ロリってやつか?

 ……困ったよねぇ、か。

 確かに、俺はこのヨッパライの前で困っているように見えただろうな。そりゃそうだ。いや実際困ってたんだ、間違っちゃいない。

 でもさ。俺が本当に困ってるのは、そんなことじゃないんだよ……。この子に、わかる話じゃないけどさ。

 鼻で苦笑いを漏らしながら、頷くような仕草だけで返答に代えさせてもらった。

 ああ、そうだとも。確かに困ってるよ!

 反吐が出るほど、ウンザリするほど!

 忌々しいったら、ありゃしない。

 あぁ! ぜーんぶ俺がバカだったんだよ。

 見る目がなかったし、相手は選べって話。

 良い教訓だ。くそっ。


「ホント、予定が狂っちゃった。君まで一緒に片付けるのは私の主義に反するんだ」


 ……片付ける?


「聞いていたでしょ? コイツらが何をやってきたか。あそこまでペラペラ喋るとは思わなかったけど」

「……聞いてたの?」


 少し、イヤな気分になる。盗み聞きをされたことにじゃない。こんな子に、あんなゲスクズ会話を聞かれたってことに、だ。幾ら俺が関わっていない話とはいえ。


「知ってたの」


 にやりと、少女は笑う。

 足音もなく近づく。

 仔猫のように丸く、大きな瞳が、一瞬緑色になったような気がした。


「力なき正義は無力なり。正義なき力は……さて、何だろう」

「……なに?」


 ん? な、何?


「では正義とは何かを考えれば、私にはそれを結論付けられないんだ」


 唐突だ。

 面食らったまま、俺は少女を見つづけていた。イキナリ、この娘は何をいってんだ?

 だいたい、「知ってた」って……?


「なら、『悪』の方が楽でワカリやすいよね。悪って何かな?」

「ええっと、ゴメン、君が何の話をしてるのか、俺にはサッパリ……」


 間近にまで少女は近づいた。余裕で俺より頭一つ二つは小さいのに、妙な威圧感がのしかかる。


「侵すこと。奪うこと。己が利の為に誰かを、何かを、虐げること。しかしそれもまた、社会の、世界の基本だから、誰かが定めた『ルール』の中にしかない話──」


 少女は、すっと指で後部席をさす。


「ルールの外にあるなら、奪うも犯すも殺すもきっとそれは悪じゃない。こいつらは刑法上では悪かも知れないけど、法がそれを許した時点で悪じゃないの」

「……なんだよ、それ」


 悪じゃない?

 いや、悪党だろう!?

 どー考えたって!

 さっきの話が事実だとすれば、だけど。


「な、何なんだよ、君は!?」

「何でしょう? みたいなこともするし、調べ、紐解き、解明もするけど、それが私の仕事じゃーないんだな」


 コツリとヒールの足音が一歩、踏み込む。


「この三人は判ってる限りでこの二年に計三十二件の婦女暴行を行い、そのうち被害届が出てるのは五件のみ――」


 ……え。さんじゅう……えっ?


「それすら捜査段階の妨害や被害側の家庭環境その他の理由から譲歩、示談、取り下げ等でウヤムヤにされてるの。被害者のうちPTSDで通院してる者は十四名、うち重度の者は六名、自殺者は四名」


 淡々と、何かを読み上げるように、さらりと恐ろしいことを少女は口にした。


「え、な、なに? マジ?」

「まじ」


 微笑んだまま少女は、青白い光の中で話を続ける。

 ちょ、ちょっと待て。本当……なのか?

 ……この、先輩どもの話って。

 つーか、探偵って……?


「彼等は罪人か? 答はノー。誰も彼等を『まだ』捕まえてないもの。ただの一般市民、被疑者でも容疑者でもなくって。とりあえず先の五件は取り下げられてるし。警察官だって、検察庁で訴追の権限を持つ人だって、別に『正義』の行使者でもなし、まあ安定収入を目指した公務員よね。そもそも法は人にとっての『絶対』でもなし。でしょ?」


 法って、ええっと。

 いや、一応その辺りはチョロっと俺も大学で習ったはずだけど。


「輪……いや、集団暴行なら親告罪じゃないんだから、いっぺん提起された公訴はそうそう取り下げられないんじゃなかったっけ?」

「それを誰がどう証明できるのかな? 被害者以外に」

「そりゃあ、……そうだけど。でも、罪は罪だろ。もし、それがホントなら警察に、証拠を集めて、証人も呼んで、被害者がちゃんと被害届けを……」


 そこで、言葉につまった。


「罪は罪。なら、その罪は誰が決めるの?」

「……だから、法律だろ? その、警察……じゃないや、検察……いや裁判官か」


 ええと司法立法行政、ああダメだ、そんな中学生レベルの話を今更いったって、意味はない。

 一応複合学部で法学もついてたはずだけど、人文社会学の方で忙しくて、まともにそっちの授業には顔を出していなかった。

 急にそんな話を振られても、何も頭に残っちゃいない。だいたい数学が苦手ってだけの理由で文系を択った時点で、俺は何もかもダメかも知れないが。


「被害者が届けを出さないで、そのまま黙って泣き寝入るのもまた、一つの『判断』じゃない。『それで良い』と思っての結果。ゆえに被害者の意志で彼等は堂々胸を張って、お天道様の下をねり歩いていられるわけなの」

「……泣き寝入りせざるを得ない事情だって、あったかも知れないだろう? こーゆー事件だと……君だって女の子ならそれぐらい、」

「わかるけど?」


 にこやかな笑みのまま、それでもその笑顔の中には、少女は何の感情も見せない。

 笑み? どうなんだろう。

 楽しいようにも可笑しいようにも見えない。

 微笑んだ状態で固まった、リアルドールの無表情に近い。



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