第十二話 閻獄峡ノ急『黒墨の帳に』(前編・その17)
あ~! と、カレンさんたちが納得したような声を漏らす。半世紀前の事件と違い、こちらはじつに
「まあ、ともかくそれで……音声は事前に、生前のお婆さんの声を録音して。食事はまだかとか、お膳を下げてとか、何々を持って来てとか、そういった単純な物をいくつか揃えればどうにかなるかな、って……」
「あと、座敷に上がろうとしたら大声で『来ないで!』とかね。話しかけられても『放っといてくれ!』とか、聞いた感じ、お婆さんの性格ならアリかな」
うんうん、とそういってカレンさんも相槌を打つ。ハイテクガジェットの使用例となればさすがに理解も早い。というかまあ、他ならぬカレンさんは「前科持ち」ですし……。
「でも、そんなのどうやって?」
大子さんは小首をかしげる。
「具体的にはわかりませんけど、例えば……お婆さんのインターフォンに盗聴器を仕掛ければ、声だけ録音できます。誰か電機屋さんとかで見知らぬ人がお邪魔したことはありませんか?」
「……クーラーの取り付けとか、あと何だ、光回線にするとかケーブルTV業者なんかもこの夏から何人かウチに来たことはあったが、いくら何でもそれは、どうだろうな?」
さすがに伸夫さんも
「そこは業者さんに確認をとれば、ある程度判断つくことですから、まだ何ともいえない点ですけど。それに……」
勝手口の前に詰まれた、大量の酒瓶、灯油缶、軽油、野菜、米を指さす。
「失礼ですが、立派な門をお持ちですけど、通用門からはどなたでも簡単に出入りできるみたいですね」
「祖先の見栄で建てたような物だしな。米も野菜も、持ってくるのは勝手知ったる近所同士、これといって問題もない。だいたいこの庭、他人に見せなきゃ維持している意味もないだろう?」
「あ、はい……それはわかります」
「どっちにせよ母屋まではあがらないし、あがらせもしない」
庄屋筋の――ようは農家の家に、立派な
「ええっと、他に裏口もありますよね?」
「一応、四方に一カ所づつはあるが。その正面の方は昼の間は開けっ放しだが、他は内側から錠前をかけてるな」
ぐるりと周囲を眺める。お屋敷を覆う黒板の壁の、他の出入り口がどこにあるかは、庭木や巨岩、母屋で遮られて、目視ではわからない。
正面の門、門の左右側に車庫と洋式貯蔵庫。庭に蔵が三つ。見た目ではわからないけど、本館は左右に廊下で別館を繋げて三棟、背後にももう一つあるはずで、うん……数は合致する。
延段、飛び石は門から母屋へはまっすぐ伸びず、右へ、左へとジグザグに景趣を出すよう構成されている。ここも。一見すれば小堀遠州風の作庭なんだけど――。
「これだけご立派なお屋敷ですけど、塀に赤外線とか警報機とか、カメラとか、そんな物はありますでしょうか?」
「あと有刺鉄線に電流とか、機関銃とか」
カレンさん、混ぜっ返さないで下さいよ。
「ないな。まあ、この村で盗難や強盗は、この何十年か聞いたこともない」
「そういえばカナダじゃ、強盗に入られたって鍵は閉めないお国柄みたいよ?」
「いや花子先輩、ここカナダじゃないですし」
「しかし、そんな話をされてもなぁ……」
伸夫さんは首をかしげる。
ですよねぇ、と、自分でも少し恥ずかしくなる。確かに、
それに、音声まわりの「仕掛け」だけならまだしも、三度三度変装して、毎日長期にわたり忍び込むなんて、どう考えたって無理だろう。
ちょっと今のは「発想の飛躍」が過ぎた気もする。……そんな話を持ち出した自分の、
理由は……自分でもわかる。
みんなの「疑惑の目」が、
「……うん、まあ、あり得るか」
あり得るんですかっ!?
今の伸夫さんの言葉には、自分でいっといて何だけど、少々虚を突かれた。
「何年か前にな、見知らぬ他人がうちに隠れてたことがあったんだ」
「はいっ? あ、ええっと。泥棒とか入ったことないって、さっきおっしゃって……」
「だから、泥棒じゃなかったんだよ」
苦々しい口調で、伸夫さんがそう吐き捨てる。
「恒夫の息子の馳夫がな、友人……だかどうだかわからんが、他人をしばらくの間、こっそり家で寝泊まりさせてたことがあってな。恥ずかしながら、あの時は家族も使用人も誰もそれに気付かなかったな」
「……ええっと、しばらくって、どれくらいでしょうか」
「二ヶ月だ」
うわぁ。
「赤の他人が自宅に二ヶ月って、さすがに普通はお気付きになりませんの? 例えば、お食事とかは……」
「ええっと、使用人含め常時十一人はいますので、多めにご用意してますから……」
お手伝いさんの一人が、すまなそうにそう口にする。
「正直、庭ならまだしも、家屋の中にまで、あまり他人をあげたくはないんだが……まったく忌々しい」
「あ。ええっと、私たちもその……失礼しました……」
そんな前例が過去にあったんじゃ、確かに赤の他人が長期潜伏も「
「あ、不審者といえば……昨晩から、黒づくめの革ツナギの人を見かけましたけど」
お手伝いさんの一人が、怯えながらそう口にした。
「なぬ?」
駐在さんが慌てて聞き込みを始めた。屋敷への出入りは容易、そしてお婆さんの離れにも、たぶん誰でも侵入できたなら、侵入者の可能性も、まんざら絵空事でなくなるのだから。
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