第十二話 閻獄峡ノ急『黒墨の帳に』(前編・その18)
「えぇ……あの、お屋敷のまわりをぐるぐる何周か……オートバイに乗ってましたけど」
怯えながら話すお手伝いさんの言葉を、駐在さんはメモに取る。
「この村に余所者ちゅう時点で珍しーのに、そんよーなあからさまなんはのぉ……」
ああ、山の外側の杉峰楼はともかく、内側の村にまでは観光客も来ないのか。
……う~ん、でも今更急に不審者なんて引っ張り出されても……どうなんだろう、それ。
一日そこらで起きた事件でもないだろうし、急に出てきた怪しい第三者の仕業? じゃあ、その証言の信憑性は? ……う~ん。
お手伝いさんが嘘をいってるかどうか、嘘ならお手伝いさん本人の自発的な物か、誰かからそう証言するよう
疑いだせばキリがない。「人を疑うこと」というのは、そもそもそう良い気分になるような行為でもなし、同時に「推理」とは「疑うこと」でもある。
探偵の仕事とは、常に人を疑うこと。証言の正否を検証すること。誰かの嘘を見破ること。どう考えたって「イヤな人」のやることじゃないですか、それ。それも「探偵役」に背負わされし因業といえば確かにそうだけど。
そして、お手伝いさんの証言が事実としても、いくら何でも「謎の怪人物χの存在」を組み込んで推理しろなんていわれても、ねぇ……。言い出しっぺは、確かに私だけど。
でも、真冬さんの解決した過去の事件と違って、この事件には私たちに、何ら推理によって解決が可能だという
だからといって、八幡家の誰かの仕業って話になると……正直、そんなのはもう、
どっちに転んでも、そんなのって探偵の出る幕もない話なんじゃ……。
……なるほど、部長の先見の明は大したものだ、と今更痛感する。
カレンさんからお婆さんの蔵の内部や遺体の様子を聞き終え、これといって部長が驚いた様子も見せないのは、そこまで想定してのことかもしれない。
少し考え込んだ後、部長はびしっと指を立てる。
「ほぼ、決まったわね。あとは外堀を埋めるだけだわ」
「いや、あの……」
だから、
「じゃあ、何が他にあるっていうのかしら? 私の観る限り、要点はただ一つね」
部長は、すっと頭を近づけて、囁くように私の耳元で小声で話しかける。
「これが偶々発見した、事故や病死、もしくは自殺での、お婆さんの遺体を利用して死者を愚弄する『悪趣味な悪戯』を施したものであるか、それとも――殺人であるか」
「後者は考えたくないですけど……」
考えたくない、という点では前者もだけど。
「考えたいか考えたくないかは探偵が口にする言葉じゃないわ」
「は、はい……。
「ようは動機の究明のみね。ハウやフーが必要ないなら、それこそあなたの領域で、私向けじゃないわ。あとはねちねち理由を探るか証言の隙や矛盾を突くか誘導でひっかけるか。そんなの
「で、ですからぁ……」
「だいたいふざけてますわよ。和装の美女が犯人で老婆が被害者じゃ、ミスキャストだわ。取り替える
部長も、あれだけ綺羅さんに敵対的な姿勢を見せながら、ちゃんと美女だと認めてはいるんですよね……。
「まあそこは特例もありますし、……いや、あのまだ犯人ってわけではですね、」
「だったらお婆さんの生首でも宙に浮かせて死体にはおどろおどろしい装飾を施すくらいイカレポンチキにする
「ぅー」
「仕方ないわ。私の美意識には反するけど、八幡家の全員に、少々聞き込みをする必要があるわね。勿論、犯人は最初からわかっているようなものですけど! 絞り込んで、ギャフンといわせる為にもよ!」
いや関係者への聞き込みくらいは、どんな名探偵だってフツーはやりますから。依頼人一人の証言だけで解決する「安楽椅子探偵」の方が、本来異常なんだし。
っていうか部長、最初っから綺羅さんに対して酷い「疑いっぷり」だなぁ。
……無理もないけど。
★
「さあて、まずはどなたからどう伺おうかしら。時間の問題もありますものね」
「じゃ、誰を誰にどう当てるかっていう効率化から考えるかなぁ。順番はクジ引き……を作るのも面倒だな、ジャンケンで良いか」
「そこはカレンに任せたわ」
私はというと、八幡家の立派な本館をぼーっと眺めていた。
お屋敷の広さのわりに、住んでいるのは当主の一家四人、伸夫さんの従兄弟になる恒夫さんの家族三人、じつにこれだけ。あとはお手伝いさんが三人と、他にも雑用兼運転手の男性が一人。うまい具合に休日で、今日は八幡家全員が揃っているらしい。
伸夫さんはゴルフの予定が中止で家にいたそうだし、恒夫さん夫妻は午後から会食に出る予定を中止したとのこと。
奇しくも、十一人。楓さんの事件の時と同じ人数というのも気にかかる。
偶然なんだろうけど、符合が多い気も。
事件の性質こそ、まったく違うけれど。
八幡家の母屋は予想通り四棟が繋がった構造で、東側の棟を伸夫さん家、西側を恒夫さん家が主に使う形で、奥まった北館が厨房兼、お手伝いさんたちの住居になっているようだ。
入り口は、紫の鞍馬石で出来た
気も進まないうちからずいずいっと部長に腕を引っ張られ、入り口に立つ。左右に竹の花筒……あれ、これって蔵にもあったような。
「……あの。その聞き込み調査ですけども、私、パスさせていただいてよろしいでしょうか?」
以前の職員室で懲りましたし。私には、どうもそういったことは苦手で……。
部長は、何もいわずただニヤリと嗤うだけで返答した。うぅぅ……。
「私たちも一緒だから、ね?」
「心配しないで。大丈夫よ、巴ちゃん」
宝堂姉妹が、左右から私の手をきゅっと握る。……いや、その。
心配とかそんなのじゃないですけど。
それに、そんな態度を取られたらほんと、逃げるに逃げられないというか。
……逃げてもいいよね? これ。
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