第十二話 閻獄峡ノ急『黒墨の帳に』(前編・その2)

1.



 大昔に、初代部長が「怪事件」を解決したと伝えられているこの村で、また何か怪事件(?)が発生、って……。


 これが推理小説なら、「探偵のおもむく処、事件あり」なんだろうけど。……いや、そんなのってやっぱり出来すぎですってば!

 どうなんだろう、この状況って。

 しかも、まだ詳しいことはわからないけど、いきなり「怪死」って……?

 おさんの訃報を受けながら、このノンビリとした綺羅さんの態度も理解できない。

 綺羅さんの視線は、そんな報せなどどこ吹く風と、遠くの空に向けられている。

 それに。


 ──もしかして……これがなら、『』が、私かも知れないわね──


 そんな言葉を、いきなり口にできるものなのだろうか。


「八幡綺羅さん……でしたわね? ご家族が亡くなったというのに、先ほどの言葉は、どういった意味なのかしら?」


 やや険のある口調で部長が詰めよった。


「さあ? 『意味ありげな含みを口にする、かくらんのための不審な登場人物』なんてでしょう? それをどう推理するかも、あなたたちの役目かしら、少女探偵さんたち」


 はぐらかすように、綺羅さんは微笑みを向ける。定番……ねえ。何かをしでかしたような人の態度には見えないんだけど……。


 ……人生経験の少ない私に、そんな「」での人の判断は、無理かもしれないけれど。

 とはいえ、さすがに理解できない。


「第一、お婆様はもう九〇を過ぎてたもの、いつお迎えが来ても不思議じゃないわ。家族全員、とうに覚悟くらいはできてますから」


(※昭和29年に25歳の娘がいたお婆さんでは、令和の観点では軽く100を超えている筈ですが、時空の歪みという事で勘弁して下さい)


「……確かに、大往生といって良い年齢だと思いますけど」

「むしろ、やっと楓おば様のもとに逝けたなら、きっとお婆様だって嬉しいでしょう。溺愛なさってましたものね……」


 う~ん……。

 とはいえ、「怪死」って……。


「ワシも詳しゅうはわからんのじゃが、さっきパトカー見て、何じゃいな思うて、吉田の爺様に聞いたばっかりじゃ。お孫さんがお屋敷におってじゃけな。確かに、粂様は今更召されたからゆーて、慌てるような御歳でもないが、そんときに変死と聞いたが……」


 そういって、力輝さんも考え込む。


「変死……」


 つられるように考え込む私の隣で、また部長が御無体なことをおっしゃる。


「変死なの? 怪死なの?」


 いや部長、そこはいいでしょ別に。


「そうねぇ……私も、状況がまだ飲み込めないし。何でしたら、皆さんも八幡の家に案内しますわよ?」


 その綺羅さんの一言に、さすがに目を見張った。あの……幾ら何でも、そんな常識知らずなこと出来ま、


「わかりましたわ、是非ご一緒させていただこうかしら!」


 うわぁ。


 な、何いってんですか部長ォ!


 周囲に目を泳がす。

 さすがに先輩たちの誰かが、きっとこの部長の暴走は止めてくれる筈、


 ……かな、


 と。


 宝堂姉妹も、カレンさんも、花子さんも、これといって何も口を挟まない。


 え? ……あ、あのっ!!


「綺羅お嬢様……ええんですか?」


 いぶかしむように、アルプスの山にでも居そうな木こり風のおじさんは、私たちをじっと見ていた。ああ、良かった! この人にだけはちゃんと常識がある!


「フフ、良いに決まってるじゃない。探偵なのよ、この子たち。それより、力輝さんこそどうするの? お婆様とも、知らん顔でやり過ごせる程の縁でもないでしょう?」


 うわぁ。綺羅さん、しれっと流してる……。


「ワシゃ……八幡のお屋敷にゃ、もう近づくわけにいかんけーの」

「呆れた。こんな狭い村で、今更何をいってるのよ。そもそも、どこかに隠遁するにしては、ここでは八幡の家に近過ぎるわ」

「……正直、わしゃ綺羅お嬢様ともこんよーに話しかけて良ェようなモンでもなぁわ。まァ……ここにゃ楓様が眠っとるけーの」


 力輝さんは、視線を祠跡の方に向けていた。献花の一つは、この人の物だろう。


「……楓おば様の命日だって、とうに過ぎたわ」

「あぁ……そうじゃな。ま、ワシが何かいえた義理もなーわ、好きにすりゃーえぇ」

「Guten Tag」


 花子先輩がそう声をかけると、力輝さんは一瞬驚いたような顔を向けた。


「ごきげんよう。ワシゃドイツ語はわからんよ。ええっと、ああ、あんたらが確か……」

「私は日本籍だけど生粋のフランス人なの。こちらの赤毛の彼女はクォーターイタリアン・クォーターアイリッシュのハーフジャパニーズで、」

「私は生粋の日本人よ、あらかじめいっておくけど」


 部長のこの一言には、ちょっと驚いた。


「ワシゃ生まれも育ちもこの村じゃ。親の方はどーなんか知らんがな。……ほうか、そーやぁ真冬さんと同じ制服じゃの」


 親……幾度か話に出たドイツ人の子なら、若いように見えて六〇以上の歳なのだろう。


(※令和の観点ではこちらも、軽く七〇以上のはずですが、これも脳内補正して下さい。っていうか「このエピソードに限り2004~2010年頃」にしておくべきでしたね!じゃあ今からそうします!)


「美佐っち……うん、美佐さんは、元気にしよってか」

「ええ。美佐さんから、ご招待頂いて参りましたの」


 そう微笑む部長は、つくづくその……本性を隠してる時は本当に絶世の美少女なんだなぁ、と。


「まァ祐二さんからそれは聞いちょる。えろーよぉけおってじゃが、君らみんな探偵かいね? わしゃ、そういや美佐さんがその制服を着よる所は一度も見とらんかったな」


 いかつい外観にしては妙に優しく、力輝さんは目を細める。


「……まあ、何ぞ、妙なことになったら……あんたらには、宜しゅう頼むわ」


 いや、またとかいわれましても。

 ぶっきらぼうな挨拶を残して、ひげもじゃの人は再び、塔の方へと去ってゆく。


「……今の人が、例の?」

「えぇ。恐そうな顔だけど、力輝さんはとても良い人よ」


 まるで絵空事のように話していた、当時の事件の関係者が、目の前にいる。……何だか、少し複雑な気分になる。


「ごきげんよう、はないわね。わかってるじゃないのドイツ語」


 呆れるような部長の声。まあ……うん。


「ネイティブ・スピーカーじゃないのは確実だから、どこかで『習った』のね。教室で習うが丸出しじゃない?」


 やや険のあるこの部長の言葉を、やんわりと綺羅さんは流す。


「そういう点も含めて、力輝さんは不器用な人なの。笑っちゃうくらいに」


 う~ん。確かに、悪い人じゃなさそうだけど。


「事件当時は八幡家の使用人だった方ですよね。今は、どちらに……?」


 おそるおそる、私も尋ねる。


「事件からほどなく家を出て、しばらくは全国を転々としながら大工仕事をしてたようだけど、今ではこのお山に住んで、杉峰楼の修繕や雑務、宮大工の真似事なんかもしてるわ」

「真似事って……良いんですか? それ」

「例の毘沙門堂に関してなら、文化財として登録もされてないし、どこからも何ら歴史的建造物として、指定はおろか、調査すらもされていないわ」


 う~ん……。杉峰楼のお婆さんの話が本当なら、四百年は前の物だから、その古さだけで重要文化財にもなれると思うけど。

 いや、「仏像建立の縁起」はあまりに類型的で、さすがに史実じゃないだろうけれど。じゃあ、案外新しい物なのかな? 私には、そこは判断できない。


「文化財でもないのに嘘をついて保存の呼びかけとか、随分ひどい話ですわね」


 そういって、部長がハガキ大の紙をバインダーから出す。


「あぁ、この当時はもうボロボロだったらしいの。今ある形に直したのは、殆ど力輝さんの独力なのよ。あの慰霊碑も建てたのは力輝さんね。その時点でもう祠なんて影も形もなくて、何の神様をまつったのかもわからないのに、どこかからぶんして貰う訳にもいかなかったようね」


 綺羅さんのその言葉に、ふむ、と部長もその状況に考えを馳せているようだ。


「地元民が大切にしない物を保全といってもどうなのかしらね」

「そこは、三〇年ばかり放浪してた力輝さんが偶々戻ってきて、お堂や祠の現状に嘆いて、独りで頑張ったことだから。その葉書だってたぶん、力輝さんが作ったものでしょ」


 この統一感のって、力輝さんのせいなのかなぁ……。いや、勝手な解釈を盛り込んでの修復はないか。私も、ひとつ質問する。


「つまり、力輝さんは、それからずっとこちらに?」

「居たり、居なかったりだわ。八幡の家の者とはがあわないようだから。今いった修復だって、八幡家からはビタ一文出していないもの。酷い話……。その頃、一度その女探偵さんがこちらに来て、幾らか協力してくれたようだけど、八幡家の者は顔も会わせたかどうか」


 初代部長、美佐さんの話だと、この村じゃ尊敬されていたんじゃなかったっけ?

 ……いや、「八幡家」に限ればちょっと事情も違ってくるのかな……?


 となると、その頃にこの魅織さんって人と園桐の事件を巡って、何かあったのだろうか。


「ええと、部長。この魅織さんって、つまり真冬さんの娘さんですよね?」

「違うわ」


 えっ。


「真冬さんの娘さんは沙織さん。香織お姉様の叔母様にあたるわね。二人はミシェールの同級生で、とても仲の良いコンビだったそうだけど、沙織さんのお兄様の聖太さんと魅織さんが結婚なさって、親友同士から義理の姉妹になったわけ。ああ、そんな意味では魅織さんは真冬さんの義理の娘でもあるわね」


 なるほど。義娘……というか、息子の嫁ね。嫁を叱る口調だったから、こんな厳しい感じのメモだったのかな……?

 いや、美佐さんの話からすればこの時代はまだ、香織さんのお母さんも女学生か……。


「ただ、魅織さんたちがどんな活躍をなさってたかは、記録が何も残ってないのよね。学生時代のことは一切話してくれないし。一度、真冬さんがポロっと漏らしたのを聞いたくらいだけど……」

「あ、部長って、真冬さんにはお会いしたことあるんですね」

「何のお話しかしら?」


 綺羅さんが小首をかしげる。あ、いっけない、こっちの話ばっかり……。


「あら、これはすみません、私たちの身内の話でしたの、お気になさらないで!」


 綺羅さんに向かってほほほ、と大げさにお上品笑いをして、そこで部長はさくっと話を打ち切った。

 探偵同士の嫁姑……ちょっとどんな会話をしていたのか、私には想像つかない。ていうか、想像しようもない。

 ただ、そこで真冬さんがどんな「真実」を飲み込んだのか。そこは、まだ私には引っかかっていた。そもそも――。

 その、言い回し。「」なんて、軽々しく口にする探偵はどうなんだろう。もし私だったら、そこは「事実」にするけど。

 このニュアンスの含みに対して感じるモヤモヤが……うん、きっと私の「」なんだろう。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る